少しずつ進めばいい。
――そして翌朝。
寝不足の重さを引きずりながらも、レイズはいつものように木刀を握り、黙々と鍛練を続けていた。
「んぬぬぬぬぬぬ……っ!」
その姿は、昨日の疲れを感じさせない気迫をまとっている。
リアナは思わず両手を胸の前で組み、目をキラキラと輝かせた。
「当主様……! なんて立派なお姿……!」
一方で、少し離れた場所からその様子を見ていたリアノは、唇を噛みしめていた。
イザベル様と会話を交わしてから――レイズ様は、どこか吹っ切れたように元気を取り戻している...?
「……レイズ様、イザベル様のおかげで……元に戻ったんだね」
その声は小さく、悔しさを含んでいた。
自分にはできなかったことを、イザベルがあっさりと成し遂げてしまった。
リアノの胸に、淡い劣等感が芽生えていくのだった。
木刀を振るう音が響く中、
「おはよ〜、レイズくん!」
ふわぁ〜……と大きな欠伸をしながら、寝癖のついた髪を指で整えつつ、イザベルが無邪気に姿を現した。
どこか眠たそうに目をこすりながらも、笑顔はいつも通り明るい。
「昨日、ぜんっぜん眠れなかったんだよね〜。レイズくんのせいで!」
そう言いながら軽やかに近づいてくる彼女の姿に、リアナはさらに目を輝かせ、リアノは小さく肩を落とす。
レイズは木刀を振り下ろしたまま、ため息をつきつぶやく。
「……邪魔すんなあほ。」
レイズがため息交じりにそう言い捨てると、イザベルはくすりと笑って木刀を振るう彼の横に並んだ。
「え〜? せっかく応援に来てあげたのに〜」
わざとらしく両手を口に添えて、大げさに声を張る。
「がんばれ〜、未来の当主さま〜!」
「うざ!やめろっ! 集中できねぇ!」
顔を真っ赤にしたレイズが本気で吠える。
そのやり取りに、リアナは目を輝かせて「仲良しだ……!」と心の中で微笑み
リアノはぎゅっと拳を握りしめて胸を痛める。
その賑やかなやり取りを、少し離れた場所から静かに見守る影があった。
ヴィルだ。
「……そうやって少しずつでいい。成長する芽があるのなら、それで十分です」
深い皺に刻まれた目元を細め、ゆっくりと頷く。
急がなくていい。焦らなくてもいい。
その背中にそう語りかけるように、ヴィルはどこか誇らしげに孫たちの姿を眺めていた。
賑やかな空気が落ち着きを取り戻したその時――
「……」
鍛練場に、再びクリスの姿があった。
だが、先ほどまでの爽やかな笑顔はない。
どこか落ち込んだ影を背にまとい、静かに歩み寄ってくる。
その姿を見たレイズは――一瞬で昨日の「黒歴史」を思い出してしまった。
泥に沈み、格好悪く転がったあの記憶が脳裏に蘇る。
「……っ」
思わず顔をそむけるレイズ。
奇妙なことに、向き合うはずのクリスもまた、視線を逸らしていた。
両者は対面に立ち、木刀を構え――しかし目を合わせようとはしない。
緊張と気まずさが入り混じる鍛練場に、妙な静けさが広がった。
両者は対面に立ち、木刀を構え――だが、どちらも視線を合わせない。
妙な静けさが流れ、鍛練場の空気が固まっていく。
その様子をしばらく眺めていたイザベルが、耐えきれずに吹き出した。
「ぷっ……あはははっ! なにそれ!
ねぇ、あなたたち、それでどうやって戦うのよ!」
ケラケラと笑いながら身をかがめ、涙が出るほどに笑い転げるイザベル。
レイズは顔を真っ赤にしながら吠える。
「う、うるせぇ! 俺は昨日のこと思い出してんだよ!」
クリスも気まずそうに頭をかき、苦笑いを浮かべる。
こうして張り詰めた空気はあっけなく砕け散り、鍛練場は再び賑やかさを取り戻すのだった。




