本物の魔女
朝方。
金色にきらきらと反射する大地が、視界の果てまで広がっている。
砂漠。
ガイルはその地へ降り立った瞬間、顔をしかめた。
「ぺっ、ぺっ……」
口の中に入り込んだ砂を吐き出す。
「ぁあ、もう……また来ちまったなぁ……。
鬱陶しいったらありゃしねぇ」
悪態をつきながら、真っ先に向かう。
――自分が掘り起こした、あの溝だ。
だが、そこに広がっていたのは、
レイズが言っていた“崩壊の光景”ではなかった。
「……あ?」
ガイルは足を止める。
溝の壁に手を触れる。
砂が、崩れない。
まるで薄い膜に包まれているように、異様なほど滑らかだ。
「……コーティング、されてやがる」
爪を立てても、剥がれない。
「おいおい……。
この規模を、もう……?」
思わず、乾いた笑いが漏れる。
「……やりやがったな」
安堵とも、諦めともつかない息を吐き、
ガイルは水を引いた根本へと向かった。
そこに――いた。
一人の女。
砂の上に立ち、静かに魔法を紡いでいる。
派手さはない。
だが、砂の粒子一つ一つが、彼女の意思に従っているかのようだった。
ガイルはスカイドラゴンを操り、近くへ降り立つ。
……音を立てたはずだ。
だが、女は振り向かない。
まるで、**最初から“来ることを知っていた”**かのように。
視線が合う。
その瞬間、ガイルは悟る。
(……あぁ。
こいつ、ただもんじゃねぇ)
女は、ゆっくりと口を開いた。
「――ドゥアルリテ。ヌァルゥリガ?」
聞き慣れない言語。
だが、問いかけであることだけは分かる。
「……ぁあ?
わっかんねぇよ」
女は、少しだけ首を傾げた。
そして――笑った。
口角が上がるだけの、感情のない笑み。
「ああ……そうですか。
こちらの言葉が、分からないのですね」
次の瞬間、
女の声は“普通”の言語に切り替わる。
違和感がない。
切り替えたというより、最初から選んでいなかっただけだ。
「……おまえ……何もんだよ」
ガイルは警戒を隠さない。
「これは……おまえが、やったのか?」
女は、軽く笑う。
「やった……?」
一瞬、考える素振り。
「違いますよ。
あなたが起こした“跡”を、
私が“整えてあげた”だけです」
“跡”。
その言い方が、引っかかる。
「……どこまで知ってやがる」
ガイルが睨む。
女は、何の躊躇もなく口にした。
「ガイル・ディアハート。
……いえ」
ほんの一拍。
「ガイル・ジアハート。
そう呼ぶべきですか?」
ガイルの背筋が、凍る。
「……てめぇ……」
喉が鳴る。
「なんで、その名前を……」
女は表情を変えない。
「私ですか?」
問い返す声音は、無垢ですらあった。
「……なんとなく、察していると思いますが」
間。
「解読の魔女。
ウルティア」
名乗りながら、女はほんの少し楽しそうに付け足す。
「“次女”と言えば……分かります?」
ガイルは、乾いた笑いを漏らす。
「あぁ……なるほどな。
……ウルティ、って呼べばいいか?」
「ええ。
その方が、私も楽です」
「……魔女に会うのは、これで二人目だ」
ウルティアの瞳が、わずかに細くなる。
「……私以外の魔女に?」
首を傾げる。
「おかしなことを言いますね。
私以外の“姉や妹”たちは、
まだ“依り代”を得ていませんが?」
「……ぁあ?」
ガイルは苛立ちを隠さない。
「リリィがいるだろ。
俺は会ってる。話もした」
「……あぁ」
ウルティアは、納得したように頷いた。
「“あの愚妹”ですか」
その言葉に、
ガイルの空気が一変する。
「……愚妹、だと?」
ウルティアは気にも留めない。
「私は言いましたよ?
リリィも、まだ“魔女”ではありません」
「ふざけんな」
ガイルの声が低くなる。
「俺はこの目で見てる。
リリィは“いる”」
ウルティアは、淡々と告げる。
「それは“魔女のリリィ”ではありません」
一拍。
「ただのリリィ。
依り代として選ばれず――
それでも、受け入れてしまった
哀れな少女です」
……その瞬間。
ガイルは、はっきりと理解した。
(……こいつ、
人の感情を“理解してねぇ”)
「……てめぇ」
低く、吐き捨てる。
「リリィを、馬鹿にしてんのか?」
ウルティアは、不思議そうに首を傾げる。
「馬鹿にする?」
そして微笑む。
「いいえ。
ただ“事実”を言っているだけです」
視線が、ガイルを貫く。
「……ガイル。
君は“魔女”を、舐めすぎていますよ」
ガイルは無言。
そして、はっきりと言う。
「……うぜぇ」
一歩踏み出す。
「俺は舐めてねぇ。
てめぇこそ、俺を舐めてやがる」
ウルティアは、何も言わず、指を一本立てた。
「ええ。
これほど無計画なことをした貴方を、
舐めずにどうするのです?」
ガイルは、舌打ちする。
……だが。
「……それでもだ」
一度、息を吐く。
「災害を止めたのは事実だ。
そこだけは……礼を言う。だがてめぇは嫌いだ」
「そうですか」
ウルティアは、作り物のように悲しそうな顔を
した。
「……私は、貴方のこと、好きなんですけどね」
「ぁあ!?」
ガイルは思わず叫ぶ。
「意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇ!!」
「だって」
ウルティアは、楽しそうに言う。
「これだけのことを“簡単に”やってのける。
とても……興味深い」
一歩、近づく。
「それに――
私と貴方の子なら」
さらりと。
「アルティナお姉様の“器”にもなれるでしょう」
「……は?」
ガイルの顔が引きつる。
「アルティナ?誰だそれ!
てか……子!?
きめぇ!!」
即座に背を向ける。
「もういい!!
俺は帰る!!」
「スカイ!!」
ドラゴンに跨り、砂漠を離れていく。
背中に――
声が届く。
「ふふ……」
ウルティアは、動かない。
「魔女に興味を持たれた時点で……
ガイル」
微笑んだまま、囁く。
「……逃げられると思わないことですね」
その言葉に、
ガイルの背筋を、ぞわりと何かが這った。
(……やべぇ)
本能が叫んでいる。
――こいつは、関わっちゃいけない。
“本物”の魔女。
理解不能で、
感情がなく、
それでいて――
すべてを自分の尺度で測っている存在。
ガイルは、
心の底からそう思った。




