魔女について。
その頃、夜の屋敷の一室では、
イザベルとレイズが小さな声で言葉を交わしていた。
「ほんっとに……レイズくん。
クリスにちょっかい出すの、いい加減やめなさいよね?」
レイズは罰が悪そうに視線を逸らす。
「ちょっかいっていうか……いや、その……」
言いかけたところで、
イザベルが眠りについたレイナの髪を、そっと撫でた。
――ああ、もう昔とは違う。
イザベルも、俺も、親なんだよな。
胸の奥で、そんな思いが静かに形を持つ。
「もう、戦わなくていいんだから。……ね?」
イザベルの声は柔らかく、
それでもどこか、確かめるようだった。
「……そうだよな」
レイズは小さく頷く。
「戦わない。
それが、どれだけアルバードが望み続けた世界か……今なら、わかる」
争いを嫌い、平和を望んだが故に、
皮肉にも誰よりも戦い続けた一族。
だが、いま目の前にある光景は、
その願いが確かに叶っている証だった。
「戦いは……もう起きない」
ぽつりと呟いたその言葉を、
イザベルは否定しなかった。
しばらくして、ふと彼女が口を開く。
「ねえ、レイズくん。
リリィって……魔女の子なんでしょう?」
「ああ。簡単に言えば……未来の、カイルの仲間だ」
「未来の、カイル?」
イザベルは眉をひそめる。
「……どうしてそんなに、カイルのことを知ってるの?
ルイスの、あの子のことを」
レイズは、少しだけ笑った。
「俺は未来で、レイズとして生きてたわけじゃない。
カイルとして、生きてた」
「……初耳なんだけど?」
「言い方が悪かったな。
カイルの中に俺がいたわけじゃない。
カイルを操作して、代わりに戦ってた……そんな感覚だ」
「余計わからないわよ……」
ため息混じりにそう言いながら、イザベルは問いを戻す。
「それで、リリィってどんな子なの?」
「いい子だ。……凄く臆病で、凄く優しい。
それで、死属性の“使い方”を、最初に示した魔女でもある」
「……リリィも、死属性を?」
「ああ。
そこからカイルの物語は、一気に変わった」
勝てない相手に勝てるようになり、
勇者として、さらに先へ進めるようになった。
「……大切な仲間だった」
イザベルは、静かに息を吐く。
「でも今は……勇者はルイスよね?」
「本来なら、ルイスはカイルが幼い頃に王国に捕らえられて、殺されてた。
父の復讐だけを支えに生きる運命だった」
短い沈黙。
「……でも、今のカイルを見ただろ?」
「ええ」
「復讐なんて、欠片もない。
親に愛されて、仲間に囲まれて、生きてる」
イザベルは、そっとレイズを見る。
「……アルバードだけじゃなくて、
カイルも、ルイスも、システィーも……救ったのね」
「違う」
レイズは首を振る。
「俺が救ったんじゃない。
みんなが、争わなくていいって知れたからだ。
……だから、守れた」
イザベルは何も言わず、
そっとレイズの手を握った。
「ねえ……本で読んだ話なんだけど」
「うん?」
「魔女って、とても怖い存在だって書いてあった。
それも……歴史が歪んだ結果、なのよね?」
「一概には言えないな」
レイズの声が、少しだけ低くなる。
「リリィは、かなり異例だ。
中には……本当に、とんでもない魔女もいる」
イザベルの背筋に、冷たいものが走る。
「……どれくらい、知ってるの?」
「一番ヤバいやつから話すか?」
「ちょっと待って」
苦笑しながらも、続きを促す。
「長女の、アルティナだ」
「……アルティナ?」
「レアリスが敵だったら、相当ヤバかっただろ?」
イザベルは頷く。
「アルティナは……それ以上か、同等だ」
言葉を失うイザベル。
「……それ、放っておいていいの?」
「勘違いするな。
アルティナは、もういない」
「……え?」
「数百年前に、死んでる」
「じゃあ、なんで知ってるのよ……」
レイズは肩をすくめる。
「魔女は、死ぬけど……死なない。
魂は巡って、どこかでまた目を覚ます」
「……体を乗り換えて、生き続けてるってこと?」
「この世界には魔法も精霊もある。
アンデッドだっているだろ?」
「……いるわね」
「なら、魔女も同じだ」
その魂は、成仏することなく、
今も世界のどこかを彷徨っている。
「……探してるんだろうな」
「さらっと怖いこと言わないで」
イザベルは小さく身を縮める。
「でも、リリィは違う。
魔女の“安らかな終わり”を望んでる」
「……魔女にも、思想があるのね」
「ああ。
だから、リリィは警戒しなくていい。
むしろ……魔女の問題を解く鍵になる」
イザベルは、静かに頷いた。
やがて二人はベッドに横になり、
部屋には、レイナの穏やかな寝息だけが残る。
「……なあ」
レイズは欠伸を噛み殺しながら言う。
「なんでこんなに平和なのに、こんなに疲れるんだろうな」
「それは……」
イザベルは、くすっと笑う。
「全部、あなたのせいでしょ?」




