まおー、ゆうしゃ、おうこくさいきょー
その頃――夜の海の上空を、ひとつの影が凄まじい速度で駆け抜けていた。
ガイルだ。
スカイドラゴンの背に跨り、風を切り裂きながら、彼は焦りを隠そうともせず叫ぶ。
「スカイ! 急げ!!
俺の……俺のせいで、とんでもないことになってる!!」
海面が遠く下に流れ、星明かりが夜空に滲む。
今この空間にいるのは、ガイルとドラゴン――ただ一人と一匹だけ。
「ったく……めんどくせぇ!!」
そう吐き捨てた直後、ガイルはふっと笑った。
「けどよ、失敗は何度してもいいんだ。
最後に成功すりゃ、それでいい」
自分に言い聞かせるように、声を張り上げる。
それに応えるかのように、スカイドラゴンが咆哮をあげた。
空気が震え、夜の海に衝撃が走る。
――それは、遠く離れた場所にも届いていた。
*
夜の船の上。
甲板の片隅で、四人は波音に耳を澄ませていた。
アリス、ピスティア、ジェーン、そしてリリィ。
「ねぇ! 今の音、すごくなかった!?」
アリスが目を輝かせる。
ザザーン、と波が船腹を打つ音が重なった。
「こら、アリス。船の外に身を乗り出すんじゃないよ」
ジェーンが笑いながらたしなめる。
「夜の海には、怖〜い魔物がたくさんいるんだからね」
ピスティアは眉をひそめ、静かに呟く。
「……今の音、どこかで聞いたことがあるような……」
リリィは顔を強張らせ、空を見上げた。
「ドラゴン……ですね。
それも、かなり巨大な……。もし、襲われたりしたら……」
「その時は、あたしの出番さね」
ジェーンはあっけらかんと笑う。
「リリィ、大丈夫だよ!」
アリスが元気よく続ける。
「ジェーンはね、こう見えてもすっっごく強いんだから!」
リリィは改めてジェーンを見る。
女性でありながら鍛え上げられた肉体。
年齢を感じさせない、凛とした佇まい。
……どう見ても、強い。
「そ、そうですよね……」
そのとき、ピスティアがふと思い出したように言う。
「ドラゴンといえば……
魔王ガイルが使役していた“スカイドラゴン”を、思い出しますね」
ジェーンは苦笑する。
「勘弁してくれ。
ドラゴンはともかく、魔王は骨が折れる相手だよ」
「ガイルさんって……そんなに強いんですか?」
リリィの問いに、ピスティアは少し考えてから答えた。
「そうですね……
ひとつの国が丸ごとかかっても、互角とは呼べないでしょうね。
それくらい、魔王ガイルは規格外です」
「聖国なら勝つさ!」
ジェーンが胸を張る。
「まおー! まおー!」
アリスが楽しそうに叫ぶ。
リリィは笑顔を作りながらも、背筋に走る寒気を拭えなかった。
(……そんな存在と、普通に話していたなんて)
「で、でも……悪い人じゃ、ないんですよね……?」
ピスティアは首を振る。
「悪いかどうかは別として……
絶対に怒らせてはいけない存在、ですね」
ジェーンがぽつりと続ける。
「魔王に勝てる可能性があるとしたら……
ニトはもちろん、あとはレイズか、王国最強と呼ばれる騎士――グレサスくらいだろうね」
「おうこくさいきょー!?」
アリスの目がきらきらと輝く。
「そんな人もいるんだ! どんな人なんだろー!」
ピスティアは静かに答える。
「直接会ったことはありませんが……
ルイスが師事している、と聞いたことがあります」
「勇者が師事する、か」
ジェーンが感心したように頷く。
「それは、ただ事じゃないさね」
「えっ!?
ルイス様って……勇者なんですか!?」
リリィの声が裏返る。
「ゆうしゃ!?
ゆうしゃに、まおーに、おうこくさいきょー!!
すごいね!! みんな会ってみたいなぁ!」
無邪気なアリスの声が、夜の海に響く。
――だが、この場にいる誰も知らなかった。
勇者も、魔王も、王国最強も、すでに敵ではなく。
むしろ、友と呼べるほどの距離にいることを。
そして、否応なく――
近い未来、彼ら全員と顔を合わせることになるという事実を。
このときは、まだ誰も思っていなかった。




