兄上
長い一日が、ようやく終わりを迎えようとしていた。
アルバードの屋敷では、久しぶりに大きな食卓が囲まれている。
かつてこの場所に並んでいたのは、イザベルとレイズ、そしてヴィルの三人だけだった。
だが今は違う。
イザベル、レイズ、レイナ、リアノ、リアナ。
そしてクリス、ディアナ、クリアナ。
さらに今夜は特別な客人として、
カイル、ルイス、システィーヌ、ルルの姿もあった。
グレサスとリオネルも招かれてはいたが、
「王国へ急ぎ戻らねばならぬ」と丁重に断られている。
グレサスは別れ際、どこか芝居がかった調子で言った。
「妻が待っているのでな」
その台詞を思い出し、レイズは内心で苦笑する。
(おまえ、いつの間にそんなキャラになったんだよ……)
だが同時に、クリスはその言葉にどこか共感するように、
無意識のうちにディアナへと視線を向けていた。
クリアナもそれに気づき、
ディアナは不思議そうに首を傾げる。
そんな空気を察したのか、
レイズが箸を置いて口を開いた。
「なあ、クリス。
さっきグレサスと話してたみたいだけど……何の話だったんだ?」
一瞬、場が静まる。
「ここで言いづらいなら、あとで聞くけどさ」
クリスははっとした表情を見せ、すぐに頭を下げた。
「申し訳ございません。
後ほどご報告すると申し上げておきながら……」
レイズは笑って手を振る。
「いいって。
それより……聞いてもいい話か?」
クリスは少し迷ったあと、いつもの爽やかな笑顔で頷いた。
「はい」
レイズは、わずかに背筋を伸ばして耳を傾ける。
「グレイオンに関わる者は、
“愛した女性を、何よりも大切にしろ”
……そう兄上から教わりました」
その言葉と同時に、クリスはディアナを見る。
「そして、私も……
愛する者を得た今、その意味がよく分かりました」
ディアナは慌てて声を上げる。
「ちょ、ちょっとクリス!?
こんなところで言うことじゃ……!」
だがクリスは真剣なまま、はっきりと言った。
「ええ。
私は本当に、幸せです」
一瞬、食卓が静まり返る。
レイズは思わず苦笑した。
「……なんだそれ。
グレサスがそんなこと言うようになるとはな」
だが、その笑顔の奥で、レイズは違和感を覚えていた。
――“兄上”。
その呼び方が、どうにも不自然だった。
何かを隠している。
それも、この場では決して語れない種類のものを。
レイズはそれ以上踏み込まない。
「まあ、大事な教えだよな。
ディアナを泣かせるような真似はするなよ?」
その一言に、すぐさまイザベルが噛みつく。
「じゃあ、レイズくんに散々泣かされた私たちはどうなるのかしら?」
リアノも静かに頷き、
リアナは腕を組んで言い放つ。
「次に泣かせたら、許しませんからね。レイズさま」
レイズは完全に言葉を失った。
「……ああ。
本当に、その通りだな……アルバードの教訓にもするか。」
そう呟き、肩を落とす。
笑い声が広がる中、
クリスとグレサスが胸に秘めている真実を、
この場の誰も知ることはなかった。
それぞれが、
それぞれの想いを抱えたまま――
夜は、静かに更けていく。




