死属性は更なる期待へ。
そうして、この体のレイズは、またひとつ――
誰も知らなかった“知識”を示した。
それは、イザベルとの魔力鍛練の最中に起きた出来事だった。
いつものように、イザベルは軽やかに魔力を展開する。
透明な膜のような魔力壁が、二人の間に張り巡らされる。
それは防御としては基礎的なものだが、
今のレイズにとっては、どうしようもない壁のはずだった。
――本来なら。
魔力の総量で負け。
質でも負け
術式の制度も負け。
突破する術など、あるはずがない。
本来の歴史では、そこで終わっていた。
だが――。
このレイズは、一歩踏み出した。
力を込めるでもなく、気負うでもなく、
ただ“理解している”という顔で、手を伸ばす。
そして、死属性を――使った。
派手な魔法ではない。
爆発も、閃光もない。
ただ、消えた。
イザベルの魔力壁は、抵抗する間もなく、
まるで最初から存在しなかったかのように霧散した。
次の瞬間。
レイズの手が、イザベルの腕を掴んでいた。
「……え?」
思わず声を漏らしたのは、イザベルの方だった。
鍛練は、そこで完全に止まった。
――意識の奥で。
本来のレイズは、言葉を失っていた。
(死属性……)
思考が、追いつかない。
(そんな……そんな使い方が、できたのか……?)
自分も、確かに死属性を持っていた。
だが、それは“呪い”のようなものだった。
破壊も生まない。
制御はできない。
理解できない。
だから、避け、そして恨んだ。
だからこそ――使いこなせなかった。
(なんで……)
喉の奥が、ひりつく。
(なんで……そんな簡単なことに、気づけなかったんだ……)
壁を壊すのではない。
貫くのでもない。
存在そのものを否定する。
死属性とは、そういう力だった。
理解していなかったのは、世界ではない。
――自分自身だったのだ。
(……こいつなら)
胸の奥で、何かが大きく脈打つ。
(こいつなら……絶対に、やれる)
死属性の異常性。
その“有用性”。
そして、それを理解した上で扱える、このレイズ。
(今の……俺なら……)
否。
今の俺ではない。
今、この体にいる“別のレイズ”だからこそ、だ。
期待は、抑えきれないほどに膨らんでいく。
イザベルとの距離が、
どこか違う方向へ進み始めていることなど、
本来のレイズの意識には、もはやどうでもよかった。
それよりも。
本当に――嬉しかった。
心の底から、安堵していた。
(いいぞ……)
静かに、噛みしめるように思う。
(……実に、いい)
最初に抱いていた疑念。
「こいつに任せて、本当に大丈夫なのか?」
そんな不安は、もうどこにも残っていなかった。
いま、そこにあるのはただひとつ。
――当主として立ち、
――人を導き、
――皆を引っ張ることができる“可能性”。
それを持つのは、自分ではない。
このレイズだ。
(それがあれば……)
未来の光景が、脳裏をよぎる。
(戦える……魔族とも……)
そして。
(……ヴィルを……セバスを、救えるかもしれない)
この先、必ず起こる。
避けられない、とてつもない戦争。
アルバードと魔族が激突し、
多くの命が失われる、あの悲劇。
だが、今のレイズなら――。
間違いなく、戦力になる。
流れを変えられる。
誰かを、救える。
そう、確信していた。
だが。
悪役レイズは、まだ知らない。
ヴィルとセバスを殺したのが、
決して魔族ではなかったということを。
魔族が怒り、アルバードへと刃を向けた理由が、
“メルェ”であったという真実を。
そして――。
本当に倒さなければならない相手が。
本当に、殺さなければならない復讐の相手が。
まさか。
自分を救ってくれたと、
そう信じて疑わなかった――
レオナルディオであったという事実を。
その残酷な答えを、
この時のレイズは、まだ何ひとつ知らぬまま。
未来に、希望だけを見つめていた。




