受け入れられない
三日目の朝。
レイズは、何事もなかったかのように鍛練を続けていた。
昨日も、一昨日も――何もなかったかのように。
だが、その内側では、もう一人の“本来のレイズ”が冷え切った意識でそれを見下ろしている。
(……はぁ。だが、ようやく見えてきた)
ヴィルに認められ。
イザベルに認められ。
クリスに認められ。
リアノとリアナにも、大切にされている。
それは、残酷なほどに順調だった。
あまりにも早く――本来の歴史から逸脱している。
いまのレイズが、当主として扱われている理由。
それは才能でも、血筋でもない。
かつての自分が、
メルェへの復讐だけに縋り続けた選択。
その一点が、すべてを狂わせていた。
復讐しか見えず、
当主の道から自ら遠ざかり――
その結果、ヴィルは魔族との戦いで命を落とし。
セバスもまた、後を追うように魔族の領土へ踏み込み、帰らぬ人となった。
レイズは知っている。
いつ、どの瞬間に、二人が消えるのかを。
そして――
その後に自分が取った行動も。
イザベルと対立し。
当主となった彼女は、アルバードの重圧に押し潰され――
やがて、自ら命を絶つ。
すべて、知っている。
すべて、覚えている。
それらは後悔ではない。
ただただ、怒りだった。
そんなレイズに、手を差し伸べてきた存在がいる。
ある意味での“救い”だった人物。
――レオナルディオ。
もし歴史が変わらないなら。
この時間は、必ず訪れる。
だが、いまこの体を動かしているレイズは、その事実を知らない。
ただ、痩せるために。
ただ、アルバードを救うために。
理由も、結末も知らぬまま、
愚直に、鍛練を続けている。
(……遅いんだよ)
意識の奥で、吐き捨てる。
(もう、そんな先じゃねぇ。
おまえは……何を選ぶつもりなんだよ)
このままでは、変えられない。
未来は、確実に――そのまま訪れる。
そう確信した瞬間。
レイズの前に、クリスが現れた。
(おい……嘘だろ。
まさか、やる気か……?)
嘲笑が滲む。
(馬鹿だな。
クリスの強さも知らねぇくせに)
意識のレイズは、完全に舐めていた。
いまの自分の体を操る存在を。
だが――
次の瞬間、その認識は砕け散る。
なぜなら。
いまこの体を動かすレイズは、
ここにいる誰よりも、クリスの恐ろしさを理解していたからだ。
模擬戦が始まる。
無様な叫び声。
力任せの突進。
あっさりとかわされ、
足を絡め取られ、
顔面から地面へ叩きつけられる。
泥が口に入り、
視界が歪む。
(……ひでぇ)
意識のレイズは冷たく思う。
(戦い方、何一つわかってねぇじゃねぇか)
再び立ち上がる。
ふらつきながら、また向かっていく。
そして、ヴィルの声。
「続けてください」
(……おい、ヴィル爺)
怒りが込み上げる。
(あんただって分かってるだろ。
こんな状態じゃ、逆立ちしたってクリスに届かねぇって)
だが、止まらない。
クリスは容赦しない。
弾き、叩き伏せ、地面へ沈める。
情けも、躊躇もない。
それは苛めではなく――
強さへの最短距離だった。
(もうやめろ……!
立つな……!)
意識のレイズは、目を覆いたくなる。
無様だ。
あまりにも。
人前で。
仲間の前で。
何もできない姿を、
何度も、何度も晒しながら――
それでも、諦めない。
リアノが止めに入る。
(……リアノ。
その言葉、ヴィル爺に通じると思ってるのか……)
次の瞬間。
レイズは、叫んだ。
「俺は弱い!!
だが――
すぐに、誰よりも強くなってやる!!」
その直後。
体は限界を迎え、地面に崩れ落ちる。
視界が、暗転する。
(……誰よりも、強くなる?)
嘲る声が響く。
(馬鹿かよ。
俺の方が、まだマシだってのに)
誰よりも、いまの実力を理解しているからこそ――
(ほんと……カッコわりぃ……)
だが。
闇の中で、ヴィルの声が届く。
「――なんと、立派なことか」
(……は?)
理解できない。
(なんでだよ、ヴィル爺。
こんなの……アルバードの恥だろ……)
レイズは、まだ知らない。
強いから、立派なのではない。
格好いいから、立派なのでもない。
ヴィルが心から褒めたのは――
無様でも、先頭に立つと決めた意志。
誰よりも早く、誰よりも弱いと認め、
それでも進むと選んだ覚悟。
それこそが――
人を導く者の、偉大な意思そのものだった。




