離別の森
その頃、帝国の港では――
アリス、ジェーン、リリィ、ピスティアの四人が船に乗り込む準備を進めていた。
汽笛の音が低く響く中、ピスティアは名残惜しそうに港町を振り返る。
きらめく石畳、行き交う人々、帝国の空。
「……うん」
小さく息を整え、胸に刻むように呟いた。
「また、必ず来ます」
誰に向けた言葉なのかは、彼女自身にもわからない。
ただひとつ――次にこの地を訪れるときは、必ず兄を連れてくる。
ピスティアは静かに、しかし確かな決意を固めていた。
「どうせ、すぐ戻ってくるさ」
ジェーンが朗らかに笑う。
「王国に行って、また戻る。その途中で、どうせ帝国を通ることになるんだから」
「ふふ」
アリスも頷く。
「わたしも、なんだか聖国が恋しくなってきちゃった」
「じゃあ、もう帰るかい?」
その言葉に、アリスは頬を膨らませて抗議する。
「なに言ってるのよ!
王国にも行くし、それからアルバードにも行くんだから!」
元気いっぱいに言い放つその姿は、旅の始まりを祝福するかのようだった。
リリィは一歩前に出て、深く頭を下げる。
「それでは師匠……いつ戻れるかは、わかりま
せんが……」
「そういえば」
ジェーンはふと思い出したように問いかける。
「リリィが暮らしていた場所って、どのあたりなんだい?」
リリィは一瞬、言葉を選ぶように視線を伏せ――やがて口を開いた。
「ええと……ガイルディアと帝国の間で、北へまっすぐ進んだ先です。
“ルティーの森”と言えば、通じるかと……」
その名を聞いた瞬間、ピスティアが息を呑む。
「ルティー……まさか。
あの場所に、リリィさんは……?」
ルティーの森。
別名――離別の森。
人がそこを訪れるとき、帰還を前提とはしない。
人生を終える覚悟を決め、生から離別するための場所。
老い、働けなくなった者。
貧困に追い詰められ、生きる意欲を失った者。
帝国の人々は、静かに命を終えるために、その森を選ぶ。
不吉であり、墓場でもある土地だった。
「……は、はい」
リリィは小さく頷く。
「人と出会うことが、ほとんどありませんでしたし……
それに、師匠は死霊術に長けた方でしたので……」
死霊術。
それは死属性とは異なる、魔女特有の力。
魂を見る感性。
魂と対話し、時にそれを行使する力。
魔女と呼ばれる存在は、人からも魔族からも忌避される。
特に聖国においては、魂への干渉は許されざる行為のひとつだった。
だが――
聖国騎士であるジェーンは、気にも留めない様子で問いかける。
「……そうか。
リリィは、魂が見えるのかい?」
その声には、わずかな期待が滲んでいた。
「えっと……師匠ほどではありませんが……」
リリィは照れたように言う。
「ぼんやりと、色として見えるくらいです。
魂の感情や欲……それを読み取る程度で……」
「へぇ……」
ジェーンは楽しげに目を細めた。
「その力、もしかしたら――
頼る時が来るかもしれないね」
なぜ彼女が、忌避される力に期待を寄せるのか。
その理由を、今はまだ誰も知らない。
こうして――
四人を乗せた船は、静かに港を離れた。
新たな旅路の始まりだった。
ピスティアは遠ざかる帝国を見つめながら、胸
中で呟く。
「ルイス……
どれほど立派になったのでしょうか……」
弟であり、皇帝であるルイス。
再会への喜びと、わずかな恐れを胸に抱きながら――
ただただ、その日を待ち望んでいた。




