戦犯は誰だ。
レアリスディアの表情には、どこか冷たく、鋭い光が宿っていた。
感情を映さぬその瞳は、ただ静かに――しかし確実に、アルバードの中心を捉えている。
彼女は無言のまま、ゆっくりと片手を持ち上げた。
空気が、わずかに軋む。
魔力の流れが歪み、目に見えぬ圧が世界を押し潰そうとする。
もしこのまま力が振るわれていれば――
アルバードという地名は、今日この瞬間に歴史から消えていた。
だが、レアリスは、ふと指先を止めた。
そして、何事もなかったかのように、その手を下ろす。
――そう、あの子が。
もしも、彼女が何をしようとしていたのかを正確に理解している者がいたなら、背筋が凍りついていただろう。
魔力の噴流を、存在ごと否定し、世界から「無かったこと」にする。
それほどの力を、レアリスは確かに行使できた。
だが、彼女はそれを選ばなかった。
理由は、あまりにも明白だった。
それでもなお、アルバードが知らぬところで、
滅びの淵に片足をかけていたという事実を――
この場にいる誰一人として、理解してはいない。
「……よし」
場の中心に立ったレイズが、深く息を吸い込む。
「整理するぞ。
なんで、こんなことになったんだ?」
張り詰めた空気の中、ルイスが一歩前に出て、静かに手を上げた。
「レイズ様……私から説明します」
そうして、ルイスは淡々と、しかし一切の誤魔化しもなく語り始める。
ガイルが、ルルと共にスカイドラゴンに乗り、レイズに会うためアルバードを訪れたこと。
そこへ、クリスが立ちはだかり、半ば強引に戦いへと引きずり込んだこと。
さらにその最中、グレサスが乱入し、止めるどころか状況を悪化させたこと。
事態を収拾するため、リオネル王が現れ、停止を命じたにもかかわらず、逆に混乱が拡大したこと。
そして自分自身も、止めるために戦いへ介入してしまったこと。
「……その後、レイズ様が到着され、現在に至ります」
説明が終わった、その瞬間。
「……レ、レイズ様!!」
クリスが、はっと目を見開いた。
「ご無事で……!」
だが、レイズの表情は冷たかった。
普段の柔らかさは影を潜め、静かな怒りだけが滲んでいる。
「おい、クリス」
低く、抑えた声。
「……さすがに今回は、許さない」
その言葉に、周囲の空気が凍る。
「イザベルも、ディアナも……
クリアナも、レイナも……
もし、巻き込まれていたら……」
レイズは、クリスを真正面から見据えた。
「おまえ、どうするつもりだったんだ」
クリスの顔から、一気に血の気が引く。
「も、申し訳ございません!!」
深く、深く頭を下げる。
「んっとによぉぉ!!」
横から、ガイルが噛みつくように叫んだ。
「てめぇ、いい加減にしろよ!?
どれだけ周り巻き込めば気が済むんだ!!」
「クリス!!」
レイズの声が、さらに大きくなる。
「どれだけの人に迷惑をかけたら気が済む!!」
その怒声を、鋭く切り裂く声があった。
「……そもそもなんだけどね?」
イザベルだった。
「レイズくんが、いきなりクリスに模擬戦を仕掛けなかったら、
こんなことになってなかったんじゃない?」
「そうです!!」
続いてディアナが声を上げる。
「レイズ様にも非がありますよね!?
クリスは……私からきつく言いますから。
どうか.....今回は許してあげてください」
レイズの肩が、小さく震える。
そして――
「パパが悪いんだよ」
レイナの、まっすぐな声。
それが、決定打だった。
レイズは、ゆっくりとクリスに向き直る。
「……よし、クリス」
言葉を探すように、一瞬だけ視線を彷徨わせる。
「……ちょっと、頑張りすぎちゃったな?」
「は、はい!!」
即答だった。
「ちょっと!!レイズくん!?」
イザベルが抗議する。
「ふっざけんな!!
それで済む話かよ!?」
ガイルも吠える。
だが、その腕に、そっと絡みつく温もり。
「ガイル……」
ルルが、優しく微笑む。
「レイズさんに会えたんですから……落ち着いて? ね?」
「……ちっ」
ガイルは視線を逸らす。
「お、おお!!ガイル!!」
レイズが声を弾ませる。
「会いたかったぞ!!
元気にしてたか!?」
「ぁあ!?
当たり前だろうが!!」
勢いよく言い返したガイルは、言葉の途中で黙り込み、そっぽを向いた。
「……てめぇのために、どれだけ――」
それ以上は言えなかった。
ルルが、そっと補足する。
「レイズさんが眠っていた間……
ガイルは、どうにか目を覚ます方法がないか、 あちこち探し回っていたんですよ」
「ガイル!!」
レイズが笑う。
「ありがとう!!
ガイルに会いたくて……つい、目が覚めちゃったよ!!」
「……ぁあ?」
ガイルは小さく唸り、
「……良かったな」
怒りは、すっかり霧散していた。
一方、リオネルはグレサスに詰め寄っていた。
「グレサス!!
なぜおまえまで混ざった!!」
「陛下……」
グレサスは胸に手を当てる。
「私は、弟を守るために力を振るっただけです。
愛しい弟ウラトスが、魔王に倒されかけていたのですから」
「ぁあ!?
そいつが先に仕掛けてきただろうが!!」
ガイルが噛みつく。
「私は、あの程度では傷一つ負いません」
クリスが胸を張る。
リオネルは頭を抱えた。
「……正直に言え、グレサス」
「なに」
グレサスは、笑顔で答える。
「力を誇示する輩がいたので、
上には上がいると教えてやろうとしただけです」
「やっぱりおまえだ!!」
「よせ!!」
レイズが、声を張り上げる。
「事情があったのは分かってる!!
これは……誰も悪くない!!」
一拍置き、強く言い切った。
「これは再会を喜ぶための……
儀式みたいなものだ!!」
「みんな!!
俺たちの再会を祝ってくれて、ありがとう!!」
その一言で、民衆が沸き立つ。
「ガイル様ぁぁ!!」 「グレサス様、素敵!!」 「クリス様こそ、守護神です!!」
歓声の渦の中で、レイズは必死だった。
これ以上拗れれば、原因は自分にある――
それを、誰よりも理解していた。
ふと、白い小動物の姿が目に入る。
「……おまえは、何者なんだ?」
問いかけても、返事はない。
小動物はあくびを一つすると、まっすぐアルバードの屋敷へ歩き出した。
「お、おい!!
そこ俺の家だぞ!!」
ちらり、と振り返る視線。
だが小動物は、器用に扉を開け、中へ消える。
「わ、私、見てきます!!」
リアノが慌てて追いかける。
「リアノ!!
やめろ、得体が――」
声は、歓声にかき消された。
そのとき。
「よぉ!!
それよりレイズ!!」
ガイルが肩を叩く。
「リリィって魔女に会ったんだけどよ」
「……リリィ!?」
レイズが、息を呑む。
「おまえ、リリィに会ったのか!?」
「お、おう。
知ってんのかよ?」
「会ったことはない!!
でも……どこにいる!?」
「今ごろ、こっちに向かってると思います」
ルルが答える。
「……本当か?」
レイズの声が弾む。
「リリィに……会えるのか?」
「リリィって、女性ですか?」
リアナの声は、どこか冷たかった。
「……ああ。魔女だ。
俺と同じ能力を使える」
イザベルが眉をひそめる。
「同じ……? 魔女……?」
「いるんだ。この世界に」
レイズは静かに語る。
「リリィは、その一人だ」
言葉を、途中で飲み込む。
――もし、もっと早く彼女が現れていたら。
世界は、まったく違う結末を迎えていた。
「……そうか」
レイズは、深く息を吐く。
「リリィも……動き出したんだな」
「ガイル、ありがとう」
「ぁあ。
まぁ、目ぇ覚ましてたし、取り越し苦労だったけどな」
「でも……これで、ようやくゆっくりできるな? ルル」
「はい」
ルルは微笑む。
「ガイルとの旅は……とても幸せでした」
「お、おまえ!みんながみてるとこで……きめぇこと言うな!!」
その言葉に、女性陣は揃って、にやりと笑うのだった。




