二度目の渇き。
レイズが転生して、二日目の朝。
まだ空気に夜の名残が残る早朝、その身体はすでに屋敷の外に立っていた。
「――ぬぉおおっ……!」
情けない叫び声とともに、木刀が持ち上げられる。
いや、正確には、持ち上げようとしているだけだった。
(……おい)
意識の奥で、本来のレイズが呆れたように呟く。
(こんな朝っぱらから、外に出て何してやがる)
木刀はぷるぷると震え、数瞬後には力尽きる。
そのたびに身体の主は大きく息を吐き、また構え直した。
(……本気でやめてくれ。
木刀を持ち上げただけで、何を得意になってる)
本来のレイズにとって、それは耐え難い光景だった。
こんな情けない鍛練など、誰にも見せたことはない。
見せるくらいなら、最初からやらない。
――だが。
「……すごい……」
静かな声が、朝の空気を揺らした。
り返ると、リアナが立っている。
その瞳には疑いも嘲りもなく、ただ純粋な感心だけが宿っていた。
(……は?)
(演技も大概にしろよ。
どうせ内心じゃ、俺のことを見下してるんだろ)
だがリアナは、そんな気配を一切見せない。
むしろ、どこか誇らしげに微笑んでいた。
その直後だった。
「……朝から励んでいるな」
いつの間にか、ヴィルがそこに立っていた。
彼は淡々と今日の予定を告げる。
「昼食後はイザベルに魔法を教わりなさい。」
(……は?)
本来のレイズの意識が跳ね上がる。
(正気か……?
イザベルだぞ……あいつは……)
記憶の中のイザベルは、冷たかった。
再会してから、一言も言葉を交わさない。
視線すら、向けてくれなかった。
嫌われているのだと、ずっと思っていた。
それが誤解だったことを、本来のレイズはまだ知らない。
昼食の時間。
卓に並んだのは、豪快な豚の丸焼き。
そして、申し訳程度に添えられたサラダ。
(……おい)
(まさか……それを……?)
身体の主は何の迷いもなくフォークを伸ばし、サラダを口に運ぶ。
咀嚼し、飲み込む。
(……は?)
(やりやがった……)
本来のレイズの驚きなど、この身体には届かない。
食堂を出ると、リアノが立っていた。
心配そうな表情でこちらを見ている。
身体の主はなぜか腕に力を込め、意味不明な言葉を口にした。
「……是非もなし」
(やめろ……ほんとに……
頼むから、これ以上恥をかかせるな……)
意識の奥で、レイズは顔を覆いたくなる。
大書庫へ向かう途中、リアナに同行を命じるが、当然のように断られる。
(……当たり前だ)
(本来なら、俺と一秒だって一緒にいたくないはずだ)
そう思いながら書庫に入ると、そこにはイザベルがいた。
身体の主は緊張した様子で声をかける。
イザベルは嫌悪の色ひとつ見せず、自然に応対した。
(……なんでだ)
(なんで、こいつとは普通に話してるんだ)
理解できなかった。
(ヴィル爺の差し金か……?
俺とは話すなって、言われてたのか……?)
誤解だけが、胸の中で積み重なっていく。
やがて二人は草原へ出る。
交わされる会話の一つ一つが、本来のレイズの心を削っていった。
(ふざけるな……)
(俺の身体で……
イザベルと、そんなふうに……)
だがイザベルは気づいていた。
目の前のレイズが、レイズではないことを。
事情が語られる。
痩せたいこと。
そして、レイズを救いたいこと。
(……俺を……救う?)
意味がわからなかった。
(かっこつけたいだけじゃないのか……)
嫉妬に似た怒りが、意識の奥で渦巻く。
屋敷へ戻り、入浴の場にはクリスの姿まであった。
(……クリス)
(俺とは、まともに会話すらしなかったくせに……)
なぜ、こんなにも世界は変わってしまったのか。
木刀を振り、情けない姿を晒しながら、それでも受け入れられていく今のレイズ。
かつての自分は、誰からも目を合わせてもらえなかった。
――理由は、わかってしまった。
能力でも、容姿でもない。
自分の在り方、そのものが、間違っていたのだ。
部屋に戻ると、綺麗に整えられた室内が広がっていた。
そして――
(……ない)
(……絵が……)
(メルェの……絵が……)
激しく意識が叫ぶ。
(返せ……!
あれだけは……あれだけは……!)
だが身体は、何事もなかったかのように横になり、眠りに落ちる。
必死の抵抗が続く。
そのたびに、あの渇きが、再び身体を蝕み始めた。
水を求め、這い出す身体。
限界を迎える。
そこへリアノが駆け寄る。
再び口に手を突っ込まれ、水が流し込まれる。
抱き上げられ、ベッドに横たえられる。
(……リアノ)
(おまえも……わかってるだろ……
あの絵が……)
だが、その意思は届かない。
こうしてレイズは、二度目の「死にかけた渇き」を、味わうことになるのだった。




