王国の最強も動き出す。
その頃、王国では――
どうにも落ち着かない様子の男が、二人ほど存在していた。
一人は、現国王リオネル。
日々、国政と外交、軍務の調整に追われながらも、王として国の安定を第一に考え続ける男である。
そしてもう一人。
言わずとも、誰のことかは察しがつくだろう。
王国最強の騎士。
そして、あの「アホの一角」クリスの実兄――
グレサスであった。
玉座の間には、奇妙な緊張感が漂っていた。
それは敵襲の前触れでも、政変の兆しでもない。
もっと単純で、もっと厄介な“何かが起きそうな気配”だった。
その沈黙を破ったのは、グレサスの妻エルビスだった。
「ねぇ……グレサス。あなた、まさか……」
言葉を途中で止めたその問いに、答えは最初から決まっている。
グレサスは、否定するどころか、口元を歪めて不敵に笑った。
「面白いことが、アルバードで起きているらしい」
その一言で、リオネルの眉がわずかに跳ねる。
「ならば……」
グレサスは、あえて間を置いてから続けた。
「行くしかあるまい」
「だめだ! グレサス!!」
リオネルは即座に声を荒げた。
「我々はただでさえ忙しいのだぞ!
政務も軍務も、どれほど立て込んでいると思っている!
お前まで王都を離れたら、指揮系統が――」
「行ってはならぬ! 絶対にだ!!」
強く言い切ったはずだった。
だが、その視線はどこか泳ぎ、心の奥にある“別の感情”が滲み出ている。
それを、グレサスが見逃すはずもなかった。
「何を仰います、陛下」
彼は胸に手を当て、いかにも理路整然とした口調で言う。
「これもまた仕事でしょう。
アルバードにて、いまとてつもない“異変”が起きている。
隣国である我らが、それをいち早く把握するのは当然の責務です」
「いつの間に、そんなに口が回るようになったのよ!?」
思わずエルビスが声を上げる。
妻である彼女ですら、ここまで流暢なグレサスを見るのは久しぶりだった。
リオネルも、思わず言葉に詰まる。
「た……確かに……
もし、レイズ殿に……
あるいはアルバードそのものに、何かが起きれば……
それは我が国にも、大きな混乱をもたらす……」
だが、実のところ――
この場にいる者たちは、ほぼ同じ光景を思い描いていた。
レイズとクリスが、なにやら戦いを始め。
それを感知したガイルが、探索魔法を放ち。
その気配に引き寄せられるように、最強格が次々と集結する。
そして――
力と力が、ぶつかり合う。
かつてであれば、それは世界全体を揺るがす異常事態だっただろう。
だが、今は違う。
今の彼らにとって、それは
最強同士が顔を合わせた結果、自然と起きてしまう“馴れ合い”のようなものに過ぎなかった。
この状況で、ただ一人、何も予測できていない者がいる。
――魔王ガイルである。
彼の内心は、至って単純だった。
「早くレイズに会いたい」
それだけだ。
まさか、
「子供に格好いいところを見せたい父親」という、
極めて厄介で、どうしようもない存在に巻き込まれるなど、露ほども思っていない。
グレサスは、リオネルに向き直る。
「では、まずは私が行こう」
胸を張り、堂々と宣言する。
「王国最強の騎士として、
名に恥じぬ働きを見せて参ろうではないか!!」
「グレサスおまえ!!」
リオネルは叫ぶ。
「都合よく“王国の騎士”という立場を使うな!!」
その内心では、
(ずるいぞ……!!)
という感情が渦巻いていた。
エルビスは頭を抱える。
「グレサス……
あんまり、やり過ぎないでね……?」
グレサスは、そんな妻に穏やかな笑みを向ける。
「任せておけ。
私が“最強である証”を――
エルビス、貴様に贈ってやろう」
「だから戦う気まんまんじゃないか!!」
リオネルは思わず頭を抱えた。
「偵察だぞ!?
偵察に行くだけだからな!?
勘違いするなよ!!」
グレサスは深々と頭を下げる。
「では、陛下。
国の名を、さらに高めて参ります」
そう言い残し、
王国最強の騎士は、颯爽と玉座の間を後にした。
その背中を見送りながら、
王国第二位の騎士デュランが、静かにため息をつく。
「陛下。
王国の政務は、私と上位騎士たちで引き継ぎます。
どうか……あのバカを、よろしくお願いいたします」
「……いつもすまない」
リオネルはそう答え、
一瞬だけ迷い――
そして、迷うことなく立ち上がった。
「……行くか」
こうして王国からもまた、
止める気はあるが止まらない“最強”が一人、動き出すのだった。




