勝つだけが、正しくない世界。
模擬戦が終わり、ざわめきが徐々に引いていく中で、レイズはイザベルと二人きりになった。
剣を収めたばかりの手には、まだ戦いの余韻が残っている。だが、それ以上に胸に残っていたのは、観衆の視線と――子どもたちの表情だった。
「レイズくん!」
イザベルの声は鋭かったが、怒鳴り声ではなかった。叱責でありながら、そこには明確な感情が込められている。
「戦いにおいて真剣なのは分かるわ。でも――もう大人なんだから。ああいう形で相手を追い詰めて、恥をかかせるような真似はだめよ」
レイズは一瞬、言い訳を探しかけた。
勝つためには最善だった、あれ以外に選択肢はなかった――そんな言葉が頭をよぎる。
だが、イザベルの視線を正面から受け止めた瞬間、それらはすべて喉の奥で消えた。
「……ごめんなさい」
自然と、頭が下がる。
「大人の自覚が……少し、足りていませんでした」
そう口にしてから、レイズはようやく理解した。
実感は薄い。だが、それでも――自分はもう“父”なのだ。
クリスもまた父であり、レイズ自身も父である。
もし、どちらにも子がいなければ、あの模擬戦は「正しい戦い」だっただろう。
だが、正しさは状況によって姿を変える。
平和となった今の世界では、勝つことそのものよりも、どう勝つかが問われてしまう。
力を誇示する戦いは、時に人を勇気づける。
だが同時に、誰かの心を置き去りにしてしまうこともある。
(……クリスに、悪いことをしたな)
後からじわじわと、恥ずかしさが胸を満たしていく。
あの場で見せた戦いは、勝利のために最短距離を選んだだけの、大人気ないやり方だった。
かつての自分なら、それでよかった。
勝つために全力を尽くし、あらゆる手段を使い切る――それが正義だった時代も、確かに存在していた。
だが、世界は変わった。
そして、自分の立場もまた、確実に変わっている。
レイズは深く息を吐き、反省を胸に刻む。
――もっとも。
その教訓が、レイズだけに染みついているわけではなかった。
少し離れた場所で、クリスは一人、腕を組みながら不敵な笑みを浮かべていた。
(魅せ方、か……)
だが彼の胸中にあるのは、反省よりも企みだ。
魅せ方など気にせず、ただ“勝つ”ための方法を、すでに考え始めている。
「ガイル……早く来るがいい」
低く漏れる笑み。
その目は、楽しげに光っていた。
平和になった世界であろうと、変わらないものがある。
結局のところ――
どこまで行っても、この二人は、どうしようもなくアホなのだった。




