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聖女と魔族



――その頃。


 アリスたちの小型船は、波を切りながら帝国の港へと近づいていた。

 紺碧の海が陽光を跳ね返し、潮風が頬を撫でる。


「見えてきた……あれが帝国……?」


 アリスは船べりから身を乗り出し、目を輝かせる。


 だがピスティアは、その光景を見た瞬間、息を呑み、言葉を失った。


 懐かしい――けれどどこか違う。

 かつて彼女が知る帝国と、まるで別物だったからだ。


 船が港へ着くと、三人は甲板に立ち、目の前の景色を見渡した。


 そこは、圧倒的な活気の海だった。


 白い石造りの街並み、海風に揺れる旗、屋台の歓声。

 そして――何より目を奪うのは、そこに集う“種族たち”。


 巨大な角をもつ魔族。

 耳の長いエルフ。

 鱗を持つ亜人の商人。

 魚人の子どもが水たまりで遊び、

 その横を人間が笑いながら通り過ぎる。


 ピスティアは震える声で呟いた。


「こ、これが……帝国……? どうして……こんな……?」


 ジェーンが肩をすくめる。


「あなたの弟様がやったことでしょうねぇ。

 ほんと、とんでもない子だわ」


 ピスティアは船を降りながら、かつての帝国を思い返す。


 武人の怒号。

 剣の音。

 血の匂い。

 常に戦が隣り合わせで、誰も余裕がなく、

 笑い合う者など滅多にいなかった。


 それが“帝国らしさ”だった。


 だが今は違う。

 あまりにも違いすぎた。


 海辺の大通りからは、潮の香りよりも笑い声が大きい。

 屋台には色鮮やかな料理が並び、

 子どもたちは魔法の光を追いかけて遊んでいる。


「もしニトが見たら言うでしょうね。

 『……消さなくちゃ』って」


 ジェーンは苦笑する。


「に、ニト様は……世界の均衡を保つ方で……」


「ええ、それは理解してるわ。でも……」


 ジェーンの声が少しだけ悲しげになる。


「ニトの“均衡”って、私たちが思う幸せとか優しさとは違うのよ。

 あの子は世界全体の重さを背負ってる。

 だから……こういう変化をどう見るのかは、正直読めないわ」


 その時――。


「見て!! あの人!!」


 アリスが指をさす。


 そこにいたのは――

 獅子の顔を持つ、黒い毛並みに巨大な角を宿した魔族。


 周囲の子どもたちが「ヴェルガだ!!」と駆け寄る。


「アリス!! 指をさすのは失礼――」


 ジェーンの注意より早く、魔族ヴェルガはアリスに気づいた。


 巨大な体が影を落とし、アリスは思わず身をすくめる。


「……人間の娘よ。いま……我を指差したな……?」


「ひ……あ、あの……っ」


 だが次の瞬間――。


「我はどうだ? かっこよかったか!?」


「へっ……!? か、かっこいいです!!!」


 ヴェルガは満面の笑みで翼を広げた。


「なら!! 我が肩に乗れ!!」


「えええええええええっ!!?」


 黒い翼が海風を巻き上げ、

 アリスはそのまま肩に担ぎ上げられた。


「ア、アリス! 知らない魔族について……って……!!」


 ジェーンの声を置き去りに、

 ヴェルガは空へと舞い上がる。


 下では子ども達が騒ぎまくっていた。


「ずるい!! 僕も乗りたい!!」

「ヴェルガさーん!! 私も連れてってー!!」


 そんな中、通りがかった女性が笑って言う。


「ヴェルガさんは子供好きなんですよ。

 ああして空から街を見せてあげるのが楽しいらしくて」


「こ、子供好き……!? あの見た目で……?」


「ええ、とっても優しい方ですよ」


 ピスティアは完全に口を開けたまま固まっていた。


 ――帝国は、ここまで変わってしまったのか。


 空の上では、アリスが歓喜に満ちた声を上げる。


「すごい!! 街が全部見える!!!」


「ハハハ!! 人間よ!!

 人は空を飛べぬが、魔族となら飛べる!!

 悪くないだろう!!」


「うんっ!! 楽しい!! ありがとう!!」


 海と街と空。

 そのすべてが光に包まれ、

 二人の笑い声が風に溶けていく。


 ――魔族と聖女が共に空を飛び、共に笑っている。


 それは、かつて誰一人として想像できなかった光景。


 だが今、それは確かな現実だった。

 世界は変わったのだ。


 戦いの歴史も、憎しみも越えて。


 そして、その変化の中心には――

 たった一人の男、レイズがいた。


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たくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございます。 完結済の長編です。レイズたちの物語をぜひ最初から。
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