夜祭りの理由。
リリィがそっと口を開いた。
「その……ニアさん。聞きたいことが、あって……」
ニアはすぐに振り返り、気さくに笑った。
「ニアでいいよ、リリィ。どうしたの?」
リリィは指先をぎゅっと握りしめ、うつむきながら言った。
「その……“夜のお祭り”とは、一体なんなのでしょうか……
恥ずかしいことに、私はずっと一人で暮らしていたので……なにも知らなくて……」
その言葉に、ニアの表情がみるみる驚きへと変わる。
「えっ……一人で!?
ど、どうして!? 一人なんて……そんなの寂しいじゃない!」
「え、と……あの……私……魔女、なんです……」
リリィが恐る恐る告げると、ニアはさらに目を丸くした。
「ま……魔女!?
えええええ!? 魔女って、あの“魔女”!? 世界に数人しかいない伝説の……?」
「はい……ごめんなさい……隠すつもりはなかったのですが……」
「何を謝るの!? すごいよ!!
世界に数人だよ!? 私、いまめちゃくちゃすごい人と話してるんじゃん!」
ニアは目をきらっきらに輝かせながら跳ねるように言う。
リリィは耳まで赤くして、かすかな声で、
「そんな……すごいなんて……」
と言うが、ニアの興奮は止まらない。
「でね、夜祭りの理由だけど……
なんだったかな……たしか“アル……なんたらのレイズ”って人が目覚めたんだって!」
「レ……レイズさん……?」
その名を聞いた瞬間、リリィの心臓が跳ねた。
ガイルに言われた言葉が脳裏によみがえる。
――世界樹に行けば、お前と同じ“死属性”を使う強者がいる。
興味があったのは“強さ”ではなかった。
死属性が何で、何のために存在するのか。
自分がなぜそれを持っているのか。
それを知るための道標だと感じた。
「でも……最近目覚めたとは……どういう……?」
ニアは少し困ったように眉を寄せた。
「んーーー……聞いた話だとね、この街を管理してるのは帝国のルイス陛下で……
そのルイス陛下にとって、レイズさんは“恩人”なんだって。
一緒に戦って、そのあと眠るみたいにずっと意識を失ってたらしいよ」
「戦って……」
「うん。私も詳しくは分かんないけど……
その話が広まったとき、泣いてる人がいっぱいで……
きっと、本当に大変な戦いだったんだと思う」
リリィの胸がざわつく。
死属性を使う強者に会えというガイルの言葉。
その意味は、リリィにとっては死属性の使い方を習えという意味で捉えていた。
だが現実は違う。
レイズはすでに目を覚ましている。
その事実をガイルもルルも知らない。
リリィは静かに誤解していた。
“レイズに会えば、死属性の意味を知ることができる”
“世界を変えるほどの力に触れられる”
それは間違っていなかった。
だが、ガイルが言っていたその言葉の意味は、
昏睡していまも眠っているレイズが目を覚ますきっかけになるかもしれない。という直感が彼女に会いに行け。という意味を含めたものだった。
――しかし、その誤解は皮肉にも彼女をレイズへと導く運命の灯火となる。
「ほら!! そろそろ始まるみたいだよ!」
ニアが外を指さす。
窓の外、夜の闇がふっと揺れた。
次の瞬間——街のあちこちに無数の光がともり始めた。
「……っ! こ、これは……光属性……?」
「ううん! 魔力石を置くと光る装置だよ!」
ニアが自慢げに胸を張る。
「ルイス様が王国に行ったときに授かったらしくて、この街にも置いてくれたんだって!」
リリィは言葉を失った。
魔力石で光る装置——そんなもの、聞いたことがない。
その光は夜を昼のように照らし、
街中を幻想的な青と金の輝きで染めあげていた。
「……なんて……綺麗……」
リリィは胸に手を当て、ただただ見惚れた。
その光は祝福のように降りそそぎ、
やがてリリィの運命を——大きく動かしていくのだった。




