グレサスとエルビスの結び
レアリスとの戦いを終えた静寂の王都。
夕暮れの風が瓦屋根を撫で、淡く色づいた空を背に、グレサス=グレイオンはゆっくりと帰還した。
城門をくぐると、そこにひとり立つ影があった。
風に銀の髪をなびかせ、まっすぐな瞳でこちらを見据える――エルビス。
「……おい、エルビス。おまえ、帝国に帰れ。ルイスを支えてやれ。」
不意にかけられた声に、エルビスははっと息を呑む。
グレサスが自分に声をかけるなど思ってもいなかったのだ。
「い、いえ……私は帰りません!」
その返答に、グレサスは眉をひそめる。
「戦いはもう終わった。エルビス、おまえも自分の居るべき場所に戻れ。」
しかし、エルビスは一歩も退かない。
戦いの終わりを迎えたというのに、どこか満たされない表情を浮かべているグレサスを、放っておけなかった。
「……グレサス様が、みんなを救ってくれたんですよね?」
グレサスは小さく笑い、首を振る。
「私より強いやつが救ったんだ。私は……自身が最強だと思っていた。だが結局、何もできずにいた。ただの愚か者だった。」
エルビスはその言葉を遮るように、声を震わせて叫んだ。
「そんなわけない! あなたが――グレサス様がいたから、私たちは生きているんです!」
涙が頬を伝う。
「グレサス様だけじゃないのはわかってます。でも……私にとっては、今でも最強で……誰よりも美しいのです……!」
グレサスは苦笑し、肩をすくめた。
「ハッ。弟に負け……そして、その弟すら凌ぐ者が現れた。私は結局、何も示せてはいないさ。」
「違います!」
エルビスは拳を握りしめ、言葉を続けた。
「あなたは――誰よりも真っ直ぐで、誰よりも自由な人です。だからこそ、皆があなたを信じ、あなたに頼った。
グレサス様がいなければ、この結末はなかった。
あなたは……誰よりも輝いています!」
グレサスはふっと笑い、静かに問う。
「……おまえ、まさか私が好きなのか?」
エルビスは真っ直ぐな瞳で答えた。
「はい! 大好きです! だめですか!?
初めてあなたを見た時から……誰よりも強く、誰よりも優しいと思いました……! 私だけでも、こんな風に想っていたいんです」
グレサスは小さく息をつき、苦笑した。
「物好きなやつだ。私を好きだと言うやつは、おまえが初めてだ」
エルビスは遠くの空を見つめ、静かに言葉を紡いだ。
「ルイスが強くなれたのも、レイズ様が歩んできたのも、クリス様が力を得たのも……全部あなたが導いたからです。
みんな、あなたに追いつこうとした。
あなたが“最強”だったから!」
グレサスは思わず笑い声を上げた。
「ははは……そうか。私が強すぎたせいか!」
エルビスは頬を染め、微笑む。
「そうですよ……だから、私はあなたのそばにいたい。
帝国への未練はあります。でも、それ以上に――
私は、あなたの隣で生きていたいんです」
その言葉に、グレサスは静かに歩み寄り、
そっとエルビスを抱き締めた。
「……ハハハッ!…ありがとう。おまえの言葉は……誰よりも私に届く。
きっと、これが“愛”というやつなのだろうな」
そして、グレサスはためらいなくエルビスに唇を重ねる。
突然の温もりに、エルビスは目を丸くした。
「ぐ、グレサス様……こ、これは……?」
グレサスは照れ隠しのように笑う。
「おまえが私を好きだというなら……私もお前を好きで返す。最強に愛される気分はどうだ?」
エルビスは涙をこぼしながら笑った。
「う…うれしいに…決まってるじゃないですか……!」
――こうして、帝国の王女と王国の最強騎士は、
誰よりも真っ直ぐで、誰よりも不器用な愛を貫き、結ばれた。
シンプルだからこそ、心は深く。
深い想いだからこそ、言葉はいらない。
互いをまっすぐ見て、まっすぐ認め合う。
それだけで十分だった。
――この二人の恋に、余計な道など、ひとつもいらなかった。




