扉の向こうと、小さな想い
その頃――。
リアノとリアナは、白いドレスを二人とも身に纏っていた。
柔らかなレースが光を受け、微かにきらめく。
まるで朝靄の中に咲いた双つの花のようだった。
「リアナ……とてもきれいだね」
リアノがそっと呟くと、リアナは少し照れながら笑った。
「リアノも綺麗だよ!」
顔を見合わせた双子は、思わず声を上げて笑い合う。
笑うたびに、ドレスの裾がふわりと揺れ、光が反射して天井を照らした。
「ねぇねぇ、これって……レイズ様、わたしたちどっちがどっちか、わからなくなるんじゃないかな?」
リアナがいたずらっぽく言う。
リアノは少しだけ微笑んで、首を横に振った。
「いえ……きっと、すぐに気づかれますよ。」
その言葉に、リアナは小さく頬を染めて「そっか……そうだね」と呟いた。
二人の胸の中には、期待と緊張、そして少しの幸福が入り混じっていた。
一方その頃――。
扉の外、レイズは相変わらず緊張していた。
「……なんでだろうな。戦場のほうが、まだ落ち着いてた気がする……」
苦笑しながらも、拳を握りしめる。
この扉の奥には、二人の姿。
けれど――彼はまだ知らない。
この扉を開いたら、そこに待つのは“想像を超える”光景だということを。
(……はたしてこの式、無事に終わるんだろうか……)
自嘲気味に呟きながらも、胸の奥の鼓動は止まらない。
王の威厳も、勇者の冷静も、今ばかりはどこかに置き忘れてきたようだった。
その少し離れた場所。
まだ幼い二人の少女が、廊下の影からその様子を覗いていた。
ひとりは、レイズの娘――レイナ。
もうひとりは、クリスとディアナの娘――クリアナだった。
レイナは小さな両手で胸をぎゅっと押さえていた。
「ねぇ、クリアナ……お父さま、すっごく緊張してる顔してるね……」
クリアナは頬をぷくっと膨らませる。
「レイナのお父さま、なんであんな顔してるの?
レイズ様って、いつも“どんな敵にも負けない”んじゃないの?」
レイナは少し考えてから、ぽつりと答えた。
「……たぶんね。負けないけど……今日は“戦い”じゃないから、怖いのかも…」
その言葉に、クリアナは目をぱちぱちと瞬かせた。
「ふーん……じゃあ、きっと“好きな人”の前では、剣よりドキドキのほうが強いんだね」
レイナは思わず笑ってしまった。
「クリアナ、なんか大人みたいなこと言うね」
「えへへ。でもね、わたしのお母さまも言ってたよ。
“好きな人の前じゃ、誰でもちょっと弱くなる”って!」
その言葉に、レイナはふと顔を伏せた。
(……お父さまも…パパも…きっとそうなんだ)
窓の外では鐘の音が遠くで鳴っていた。
風に揺れる花びらが二人の髪に舞い落ちる。
レイナは小さく手を握りしめ、囁いた。
「お父さま、がんばって……」
クリアナはにっこり笑い、同じように手を合わせた。
「うん、きっと大丈夫。だって、レイズ様だもん!」
二人の小さな声は誰にも届かず、
けれど確かに、その願いは静かに扉の向こうへと流れていった。
そして――
その扉の向こうで、運命の一歩を踏み出そうとするレイズの姿があった。
彼は、まだ知らない。
その瞬間を、小さな二つの瞳が見つめていたことを。




