アリスの旅
聖国。
陽の光が静かに降りそそぎ、風が白き礼拝堂の鐘を鳴らす。
その中で、五人の影が祈りを捧げていた。
――ハルバルドは、今や聖国の神官として人々に尽くす男となっていた。
かつての激情と闘争の面影はすでになく、穏やかで慈悲に満ちたその横顔は、
どこか神そのものを思わせる。
朝も昼も夜も、彼はひたすらに祈る。
それは誰かのためであり、かつての自分を赦すためでもあった。
そんな兄の背を見て育ったピスティアもまた、シスターとして祈りの道を歩む。
彼女の声は澄みわたり、礼拝堂に響くその響きは聖なる歌のように人々の心を癒した。
そして、かつて剣をふるったジェーンとグレンは、
聖騎士としてこの二人の変化を静かに受け入れ、共に祈りを捧げる。
――その中に、ひときわ明るい光を放つ少女がいた。
アリス。
本来であれば、ゲームの物語でカイルと結ばれる“ヒロイン”として描かれるはずの少女。
だが、この世界での彼女はまったく違う道を歩んでいた。
彼女はハルバルドとピスティアに深くなつき、まるで父母のように慕っていた。
血の繋がりこそないが、その絆は誰よりも強く温かい。
アリスの中に流れるのは、神聖属性とは異なる純粋な“聖性”――純聖属。
本来ならば「聖女」として世界を救う力を持つはずだったが、
今の平和な時代にその力の出番はない。
彼女は聖女ではなく、ひとりの少女として静かにこの国で息づいていた。
ある日、祈りを終えたあと、アリスがハルバルドに尋ねる。
「ハルバルド様……どうして、祈りを捧げるようになったのですか?」
ハルバルドは、優しい目を細めて微笑んだ。
「必要なことだからです。
ここにかつていた“ニト様”は……今も私たちを見ています。
そして、私たちはその存在を忘れないために、祈り続けるのです。」
ピスティアが穏やかに笑う。
「ニト様って言うけどね……きっと本当は、みんなの“平穏”を望んでるのよ。」
ジェーンは肩をすくめながら笑った。
「ほんと……数年前は想像もできなかったよ。
まさか、あなたが聖国で一番信頼される神官になるなんてね。」
グレンは静かに頷く。
「これもニト様の導きなのでしょう。
ハルバルド殿には多くの試練が与えられた。
間違いを知り、絶望を越え、希望を託され……
そのすべてが、いまの彼を形作ったのです。」
ジェーンは少し間を置いてから、提案した。
「ハルバルド、ピスティア。もう世界は平和になってる。
帝国に顔を出してみるのはどう?」
ハルバルドは小さく息をつく。
「帝国には……すでに託した者がいます。
自慢の弟です。きっと上手くやっているでしょう。
私はあの地を踏む資格など、もうありません。」
ピスティアは目を伏せながら、かすかに微笑む。
「でも……もう一度、ルイスにも……エルビスにも会いたいな。」
ハルバルドはその想いを受け止めるように言った。
「ピスティア。君だけでも行きなさい。
あの人たちは、君を待っているはずです。」
アリスが頬をふくらませながら元気に言う。
「ねぇ! 私も行ってみたい! “勇者ルイス様”って人に会ってみたいの!」
ハルバルドは微笑みながら頷いた。
「えぇ。アリスも一度、外の世界を見てくるといいでしょう。
ピスティアを守ってあげてください。」
ピスティアがくすっと笑う。
「何から守るっていうのよ?」
アリスは胸を張って答える。
「邪な者を全部はじいてあげるんだから!」
ジェーンは呆れたように笑う。
「まったく……勝手に旅の話を決めちゃって。」
しかしグレンは、穏やかに頷いた。
「まぁまぁジェーン。それほどまでに平和だということですよ。
今のうちに、いろんな世界を見て回るのもいいでしょう。」
ジェーンは少し考え込むようにしてから、ぽつりと言った。
「そうね……私も行きたい場所があるの。」
「レアリス様が眠る地、ジュラですね?」とグレンが続ける。
ジェーンは静かに頷く。
「ええ……なぜか、あの地に“ニト”が今もいる気がしてならないの。
遠い旅にはなるけれど、一度は行っておきたいのよ。」
グレンはその意志を受け止め、深く頷いた。
「わかりました。
ではこうしましょう。ジェーンとアリスとピスティアで帝国へ向かい、
その後、王国へ。
そして最後にジュラの地へ向かう――
そんな旅をしてみてはいかがでしょうか。」
アリスの瞳が輝いた。
「王国! 王国も見られるの!?」
ピスティアは少し不安げに目を伏せる。
「……王国ですか。私、受け入れてもらえるのかな……。」
ジェーンは、そんな彼女の肩に手を置いて笑った。
「大丈夫。もう、そういう“悔恨”はとっくに終わってるさ。」
そして――。
三人の旅立ちが決まった。
穏やかな光が、聖国の空を包み込む。
鐘の音が再び鳴り響き、彼らの祈りを祝福するように空へと昇っていった。
やがてその旅で、アリスは多くの人と出会い、
新たな絆を結び、そして――またひとつ、新しい運命の扉を開いていくことになる。




