【静かなる黎明】ゲームのタイトル
レイズは、遠くを眺めていた。
それは、これまでの数多の物語――
出会いと別れ、誤解と赦し、そのすべてを噛みしめるように。
平和が訪れた今だからこそ。
ようやく、この未来を実現できた今だからこそ。
彼はその喜びを胸に、そしてかつての歪んだ過去を思い出し、
小さく笑った。
――本当に、笑えるよな。
誰も悪役なんかじゃなかった。
それが、この世界の真実だったのだ。
グレサスはエルビスとの子を授かり、
ガイルはルルと旅路を歩む。
ウラトス=クリスはディアナとの間に子をもうけ、
王国に反旗を翻したグランは、父デュランのもとで健やかに成長している。
そして――自らの娘、レイナ。
彼女の存在が、レイズにとって生の証だった。
そのすべてが、本来の“ゲームの未来”とは大きく異なっていた。
ゲームの主人公――カイル。
彼は憎しみに囚われた存在ではなく、
父ルイスと母システィーヌの愛情を受け、
まっすぐに育っている。
大精霊ニトマーベラスは、この世界には存在しない。
代わりにレアリスには確かな意思が宿り、
いまや世界の守護者として、魔力の調律を司っていた。
けれど――まだ出会っていない者たちがいる。
リリィとアリス。
彼女たちは今どこで、何を思い、生きているのだろうか。
レイズは静かに思いを馳せた。
数えきれないほどの別れと、数多の誕生。
痛みを知り、喜びを知り、失い、得る。
そうしていま、彼は初めて“生きる”ということを理解した。
――これこそが、本当の《ディアレスペディア》の姿。
悪役など、どこにもいなかった。
本当は優しい世界に、不幸を描いたあのゲーム。
それに込められていたのは、きっと“願い”だった。
一体、なぜ――
プレイヤーに、これを見せたのだろう。
この世界を創った者は、何を伝えたかったのか。
考えるほどに、胸の奥がざわめく。
こんなにも幸せな結末があったというのに、
心のどこかに、答えを探す自分がいる。
――レアリス=ディア。
彼女ならば、何かを知っているかもしれない。
レイズはそう思いながら、窓辺の光を見つめた。
遠い空の向こうに、かつての戦場を見た気がした。
その夜、静かな部屋の中で、彼は目を閉じる。
眠りの底へ沈みながら、
確かな未来のぬくもりを感じていた。
ディアレスペディア ― 世界に刻まれた名の起源
ゲームのタイトルでもある。
――それは、いつから呼ばれるようになったのか。
誰が最初にそう名づけたのかを知る者は、もういない。
《ディアレスペディア》。
この名は、ある時期を境に自然と語られはじめた。
それは単なる記録書の名ではなく、世界そのものを指す言葉となる。
“ディアレ”とは、古き王国の言葉で 「親愛」「祈り」「赦し」 を意味する。
“ペディア”は、古代魔族の言葉で 「知識」「教え」「記憶」 を意味する。
つまり《ディアレスペディア》とは――
「愛と赦しの記録」、または「祈りの知識」を意味する言葉だった。
それは争いの果てに生き残った者たちの“願い”そのものだった。
誰も悪役ではなかった。
誰も正義ではなかった。
ただ、生きようとしただけの人々の記録。
そのすべてを後世に残すため、名もなき語り部たちはその時代を“ディアレスペディア”と呼んだのだ。
――そして、やがて語り継がれる。
レイズ=アルバード。
この世界の調和を成し遂げ、すべての悲劇を赦しへと変えた男。
彼の旅と記憶こそが、
この世界に“叡智と優しさ”をもたらした。
その魂が刻んだ記録が、
後の世に「ディアレスペディア」として残る。
それはもはや書ではなく、生きた世界そのものだった。




