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グレサス=グレイオン



グレサスは若くして父を失った。

――その死因は、父メイガスとヴィル・アルバードの戦いによるものだった。

いや…戦いにすらなっていない。


まだ十代前半。

剣を握る手も未熟だった彼は、ただ遠くからその光景を見ていた。

目を離すことができなかった。


興味があったのは、父の強さ。

そして――敵の強さだった。


やがて、戦場の空気を裂くようにして、一人の男が現れる。

リヴェル・アルバード。


「やめろ! メイガス!! すぐに引き返せ!」


父の前に立ちふさがったその男は、決して臆することなく、剣を構えた。


メイガスは嘲笑う。

「何を言っている。アルバードが黙っていれば、被害は出ぬだろう…?」


「それをさせないために、我らがいる!」

リヴェルの声が響く。

「アルバードの名は、戦を止めるための名だ! 俺は、それを許さない!!」


メイガスは舌打ちした。

「血迷ったか……。王国は貴様らを攻めぬだけでも感謝すべきだ! なのに邪魔をするか!!」


「――それを許さないと言っているッ!!」


二人の剣がぶつかり合う。

王国最強の剣士と、平和を信じる男の激突。

剣戟が大地を震わせ、砂煙が舞い上がる。


互角――そう見えた。

だが、わずかに。ほんのわずかに、リヴェルの動きが遅れ始める。


「このままでは死ぬぞ……?」とメイガスが低く呟く。

それでもリヴェルは笑っていた。

「死なせたりはしないさ……メイガス……。頼む、もうやめてくれ……」


その瞬間だった。

背後から、黒い影が忍び寄る。


最上位魔族、ルゥェイラ。

「人間同士が争うとは……滑稽なことだ。

だか、その男は殺すッ!!」


爪を伸ばし、魔力を練り、毒を込めて一撃。

その爪は、メイガスを狙っていた――

だが、気づいたリヴェルが身を投げ出し、代わりに受ける。


「ッ――!」


メイガスの瞳が見開かれた。

「余計なことをッ!!」


怒りに任せ、メイガスは剣を構える。

だが、その前に――女性が立ちはだかった。


「やめて! リヴェルを殺さないで!! あなたを守ったのよ!」

涙を浮かべ、叫ぶセシル。


リヴェルを抱きしめながら、震える声で言う。

「いや……いやよ……リヴェル……」


メイガスは冷たく吐き捨てる。

「見ろ、そいつは毒に侵されている。助からぬ。――早く、楽にしてやれ!!」


「……さがれ、セシル……」

リヴェルの声はかすれていた。


「いい加減にしろッ!!戦場をなめるなッ!」

怒声とともに剣が振り下ろされる。


――だが、セシルは退かなかった。


「そうか……なら、貴様もろとも送ってやる!!」


鋭い刃が閃き、血飛沫が散る。

セシルの体が崩れ、リヴェルを抱いたまま地に伏した。


ルゥェイラはその光景を見つめ、低く呟いた。

「リヴェル…すまない…アルバードが先に逝くとは……だが…戦はまだ終わらないッ!!」


メイガスは怒りに駆られ、叫ぶ。

「貴様ら魔族――皆殺しだッ!!」


その怒号とともに王国軍と魔族の大戦が勃発する。


前線を押し上げるメイガス。

彼はもはや、ただの騎士ではなかった。狂気と化した戦士。

魔族を葬り去りながら、破壊の嵐を撒き散らす。


その光景を、グレサスはただ見ていた。

笑って。


――強い。

――それでこそ正しい。


「父上……あれでこそ“最強”だ……!」


しかし、その狂気は長くは続かなかった。

戦場に――二人の化け物が現れたのだ。

この場にいる誰よりも激しい怒りを帯びて


ヴィル・アルバード。

そして、セバス。


次の瞬間、メイガスは一太刀で倒された。

その亡骸を、セバスが片手で掴み、王国の陣地へと投げ返す。


グレサスは叫んだ。

「みんな!!なにをしているッ!!」


だが、返ってきたのは――さらなる絶望。

ヴィルはルゥェイラを含む上位魔族たちを瞬く間に切り裂いた、ルゥェイラは理解した。

そして心の中でヴィルへ謝罪をしていた。

(すまない……リヴェルを、殺してしまって…)

そうしてルゥェイラもそのまま命を落とした。


セバスは王国の騎士団を薙ぎ払った。


人間も魔族も関係ない。

その場にいたすべての者たちが、二人の暴威に震え上がる。


“アルバードを怒らせてはならない”

その言葉が、この瞬間、世界に刻まれた。


グレサスは唇を噛みしめ、血を流しながらその光景を見ていた。

恐怖ではない。

燃え上がる憧れと怒りが、同時に胸を灼いていた。


「アルバード……!! 貴様らを……この俺が倒す!!」


グレサスは笑った。

父の死も、王国の崩壊もどうでもよかった。


――ただ、強者がいる。

――倒すべき相手がいる。


それだけが、彼にとっての“生きる理由”だった。


敗者には資格もない。

勝者だけが慕われ、崇められる。

それが、グレイオン家の掟。


そしてその日、グレサスは悟った。

“正義”とは力のこと。

“信念”とは、勝者の言葉でしかない――と



この戦いで――

幾つもの“親子”が、運命に引き裂かれた。


王国最強の騎士、グレサス=グレイオン。

彼は、戦場の炎の中で父を失った。

最強でありながら、あまりにも脆く散ったその背中を、

若いグレサスはただ、焼き付けることしかできなかった。


その少し離れた場所では、リリアナに抱えられながら、ひとりの赤子――レイズ=アルバードが鳴いていた。

彼もまた、父と母を同じ戦の渦で失っていた。

守られるはずだった幼子が、守る者をすべて失うという、あまりにも皮肉な現実。


そして、魔族側にもまた――悲劇があった。

最上位魔族ルゥェイラ。

彼は“敵”でありながら、ひとりの父でもあった。

その娘の名は、メルェ。


ルゥェイラとメルェの母はこの戦場で命を落とし、メルェはその報せを、遠い地で受け取る。

“人間の争いに巻き込まれて、父と母が死んだ”――

それが、幼い彼女に刻まれた初めての絶望だった。

そしてメルェは人に対して恐怖と哀しみを胸に背負う。


この戦いは…

グレサスも、レイズも、メルェも――

それぞれの形で“父”を"母"を失った。


余りにも被害の大きい戦いだった。



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たくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございます。 完結済の長編です。レイズたちの物語をぜひ最初から。
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