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ヴィル=アルバードの生。

    ヴィル=アルバードという最強


ヴィルは深く息を吸い込み、長く吐いた。

その瞳は穏やかに細められ、しかしどこか遠いものを見つめていた。


――レイズ。


彼に宿るのは、もはや「かつての孫」ではない。

それでも、どの角度から見ても、その姿はヴィルの孫そのものだった。

声も、表情も、指先の癖さえも。

ヴィルには、どうしても“別の者”とは思えなかった。


だが何よりもヴィルを深く安堵させたのは――

あのメルェの事件を境に、壊れ、憎しみに沈んでいたレイズが、

再び人として歩き出したことだった。


周囲との関係を修復し、

己の弱さを知り、

それでもなお前へ進もうとする意志を取り戻していた。


もはや、ヴィルにとってレイズは“守るべき子”ではない。

彼自身が、他者を守る側になっていた。

その事実が、ヴィルの胸を温かく満たしていた。



そして、クリスとの初の模擬戦。

それは酷い有様だった。

レイズは全身に打撲を負い、剣を握る手も震え、

気絶するまで戦い抜いた。


だが――ヴィルは笑っていた。


あの光景こそ、彼が待ち望んでいたものだった。


どんなに無様でも、立ち上がる。

どれほど弱くても、なお前を向く。

その愚直なまでの意思こそが、

アルバードを継ぐ者の本質だと、ヴィルは知っていた。


「これでいいのです、レイズ。……本当に、これで」


その声は震えていた。

長きにわたる迷いも、憂いも、いま静かに溶けていく。

ヴィルの心には、もう迷いなどなかった。

――この子にすべてを託す。

その決意が、確かに固まっていた。




ヴィル・アルバードの人生は、あまりにも壮絶だった。


弟――ヴィズ・アルバード。

かつての王国二位の騎士。

理想に殉じ、裏切りの汚名を着せられ、処刑を受け入れた男。


ヴィズは最後に、ダークエルフの女性レイとの間に生まれた娘――セシルをヴィルに託した。

「どうか、この子をお願いします。兄上…」と。


ヴィルは約束を果たした。

だが、その約束の代償に、自らの家族を次々と喪っていくことになる。


彼には二人の子がいた。

長男リヴェル。

そして娘ルーベル。


ルーベルは早くにガルシア=レイバードという青年と結ばれ、幸せな家庭を築いていた。

リヴェルは、ヴィズの娘セシルと愛し合い、

種族の垣根を越えて絆を結んだ。


それは――かつてヴィズが夢見た未来。

人と魔族が共に生きるという、希望の形だった。


だが、その夢はあまりにも脆く、あまりにも早く砕かれた。



王国と魔族の戦火が再び燃え上がったとき、

リヴェルは両軍の間に立ち、剣を構えた。

「どちらも滅びてはならない」と。


だが、彼の声は届かない。

戦場は狂気と憎悪に支配され、

最強の王国騎士――メイガス・グレイオンが立ちはだかる。


リヴェルは最後まで剣を振るった。

幾度も斬られ、血を流し、それでも立ち続けた。

そして――その身を貫いたのは、敵ではなく、混乱に乗じた魔族の刃だった。


倒れゆくリヴェルのもとへ、セシルが駆け寄る。

彼女もまた、夫を守るために盾となり、メイガスの刃を受けて倒れた。


リヴェルとセシル――二人は抱き合うようにして息絶えた。



その報せを離れた場所で聞いたヴィルは、理性を失った。

怒りは嵐となり、

彼の魔力が暴風のように荒れ狂う。


王国はヴィルとセバスが不在のときを狙い。

魔族との戦争を仕掛けたのだ。


そしてかつてないほどの怒りに支配されたヴィルはグレサスとクリスの父でもある。メイガス・グレイオンを討ち。

彼を守ろうとした王国騎士団を焼き払った。

魔族の最上位種までもが、彼の怒りに呑まれて消えた。


その光景に、王国も魔族も震え上がり

改めて理解する。

――アルバードを…ヴィルは怒らせてはならない。

誰もがそう口にする。


セバスは、血に塗れた王国の陣へ向かい、

無言でメイガスの亡骸を放り投げた。


そして一人で王国の騎士たちを薙ぎ払い、

誰も近寄ることすらできなかった。

セバスはヴィルの邪魔をさせないために立っていた。


ヴィルは、安らかに眠る二人――リヴェルとセシルの亡骸を抱きしめた。

その瞳からは、静かに涙が流れ落ちる。


「……本当に、すまなかった」


その声は嗚咽に変わり、ヴィルはその場に崩れ落ちた。

セバスはその背を見て、ただ黙って頭を垂れた。


魔族たちは戦意を失い、領へと引き返した。

ヴィル=アルバードは――怒り狂った獣ではなく、悲しみに沈む父親だった。

その姿を見て、誰もが悟った。

この男だけは、もう二度と怒らせてはならない。


戦場の後、リリアナがヴィルのもとへやって来た。

腕には、生まれたばかりの赤子――レイズが抱かれていた。


リリアナの頬には涙の跡があった。

それでも、その目だけは強く、揺らぎがなかった。


「……この子をセシル様に託されました…どうか……」


ヴィルは黙ってレイズを受け取り、

小さな体をそっと胸に抱きしめた。


「この子だけは――どんなことがあっても守る…」


それは誓いというより、祈りだった。

血を吐くような願いが、その言葉の裏にあった。


その日から、ヴィルの生は“守るための人生”へと変わった。



リリアナは母のようにレイズを包み、

ヴィルは祖父として、すべてを捧げた。


そして時が流れ、ようやく心の痛みが少しずつ薄れ始めたころ、

新たな報せが届く。


――ルーベルが死んだ。


レイバード領に嫁いでいた、最愛の娘。

穏やかで、誰よりも優しかったあの子までもが…。


その瞬間、ヴィルの心の中で何かが音を立てて崩れた。


弟ヴィズ。

息子リヴェル。

娘ルーベル。

そして義娘セシル。


――最愛する者たち、四人の死。


それでもヴィルは生きた…。

生きねばならなかった…。

休むことは許されなかった…。


なぜなら、残された二人――

レイズとイザベルがいたからだ。


自分の血と意思を継ぐ、最後の絆。

それがヴィルを支えた。


ヴィルにとって、二人は世界そのものだった。

希望であり、救いであり、

もはやこの命の理由そのものだったのだ。



そして…今のヴィルの瞳には

レイズとイザベルの姿が映っていた。

その光景が、たまらなくヴィルは嬉しかった。

言葉にできない想いがヴィルの中を駆け回る。



そして――すでに報われていた。


孫達の今が、ヴィルを安心させていた。


レイズも、イザベルも知らない。

かつて幼い頃に交わした約束が、

その時…果たされていたことを。



ヴィルの最期が、

誰よりも穏やかで、幸福なものだったことを――誰も知らなかった。



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たくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございます。 完結済の長編です。レイズたちの物語をぜひ最初から。
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