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【悪役転生 レイズの過去 】―悪役の過去を知り未来は変わる。  作者: くりょ
レイズになる

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朝の変化。

 昨日も。

 そして今日も。

 変わらず訓練場へ立ち、重木刀を振り上げるレイズの姿があった。


「んぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……っ!」


 両腕は震え、額からは大粒の汗が流れ落ちている。

 振り上げるだけでも精一杯

 それでも、レイズは決して手を止めなかった。

 そんな彼の姿を、少し離れた場所から見つめる三人の少女がいる。

 リアナは胸の前で両手を組み、どこか誇らしげに目を輝かせていた。

(今日も続けていらっしゃる……)

 昨日だけではない。

 一時の気まぐれでもない。


 レイズは今日も訓練場へ立ち、自分の身体と向き合っている。

 その事実が、リアナにはたまらなく嬉しかった。

 一方、イザベルはまだ眠気の残る目を擦りながら、小さく欠伸を漏らしている。


「ほぇ〜……今日もやってる……」


 呆れているようにも聞こえる。

 だが、その口元には僅かな笑みが浮かんでいた。

 毎朝のように響くレイズのうめき声も、今では屋敷の日常へ溶け込み始めている。

 そしてリアノは、胸元で手を握りながら、心配そうにレイズを見つめていた。

(もう少し休まれても……)

 昨日も限界まで身体を動かしていた。

 今日も朝早くから訓練を続けている。

 成長してほしい。

 強くなってほしい。


 そう願う気持ちは確かにある。

 それでも、倒れてしまうほど無理をしてほしいとは思わなかった。


 三人とも、まだ恋に落ちたわけではない。


 自分の胸にある感情が何なのか、それぞれが明確に理解しているわけでもない。


 ただ。

 誇らしさ。

 興味。

 心配。


 形の異なる三つの感情が、一人の少年――レイズへ向かって、少しずつ重なり始めていた。

 まるで彼を中心に、これまで交わることのなかった者たちの物語が、静かに紡がれ始めているかのように。


 そして、その場へ新たな足音が近付いてくる。

 ヴィルだった。

 三人の横を静かに通り過ぎ、訓練場の中央へ視線を向ける。


 レイズの動きには、まだぎこちなさが残っていた。

 腰の位置は安定せず、木刀を振り上げるたびに身体全体が左右へ揺れる。


 剣筋と呼べるほど整ったものではない。

 力強くもない。

 速くもない。

 軽々と扱えているわけでもなかった。

 だが――確かに昨日までとは違う。


 ヴィルは、その変化をすぐに見抜いた。

 最も変わったものは、腕力ではない。

 姿勢でもない。

 レイズの顔だった。


 少し前までのレイズは、木刀を持ち上げるだけで顔を情けなく歪め、苦しさを隠す余裕すらなかった。


 歯を食いしばり。

 目を細め。

 今にも泣き出しそうな顔で、ただ重さに耐えていた。

 しかし今は違う。

 苦しそうではある。

 顔も赤い。

 汗も止まってはいない。


 それでも、視線は真っすぐ前へ向いている。

 苦しさに飲み込まれず、自分が木刀を振り下ろす先を見据えていた。


「……力がついてきましたね。」


 ヴィルが小さく呟く。

 それは単なる筋力の話ではない。

 苦しさへ耐える精神。

 逃げずに続ける覚悟。


 己の限界を、ほんの僅かでも押し広げようとする意志。

 昨日までのレイズにはなかったものが、確かに芽生えていた。


 ヴィルはそれ以上何も言わず、訓練場の端に立て掛けられていた一本の木刀を手に取った。


 レイズが扱う重木刀よりも更に重たい木刀を。


 それも更なる重い訓練用のものだ。

 ヴィルはそれを片手で持ち上げる。

 そして。

 何の予備動作もなく、静かに振り下ろした。

 ヒュン――。

 鋭い風切り音が響く。

 無駄がない。


 力任せでもない。

 肩。

 肘。

 手首。

 身体の全てが滑らかに連動し、木刀の先端まで力が一切途切れていない。


 鋭く。

 美しく。

 それでいて、恐ろしいほど静かな一振り。


 長い年月を積み重ねた者だけが辿り着ける、完成された剣筋だった。


 レイズも思わず振り下ろす手を止める。

「……」

 隣へ立つヴィルを見る。


 片や、年老いてなお威厳と力を纏い、見る者の目を奪うほど美しい剣を振るう老人。


 片や、顔を真っ赤にし、全身を震わせながら必死に重木刀を振る太った少年。

 一方は完成。

 一方は未熟。


 一方は美しく。

 一方は不格好。


 まるで正反対。

 だが、二人が並んで木刀を振る姿には、不思議な調和があった。

 完成された者と。

 これから成長していく者。

 受け継ぐ者と。

 受け継がれる者。


 二人の姿は、まるでアルバード家の未来そのものを映し出しているかのようだった。


 リアナは思わず息を呑む。

 リアノも、不安そうだった表情を忘れ、その光景を見つめている。


 イザベルでさえ眠気を失い、目を僅かに見開いていた。

 張り詰めた空気。

 誰も声を発さない。

 訓練場には、二人が木刀を振る音だけが響いていた。


 だが。

 その荘厳な空気を切り裂くように、レイズが突然叫んだ。

「……あの、恥ずかしいからやめてぇぇぇええ!?」

 全員の視線がレイズへ集まる。


 レイズは木刀を地面へ立て、息を切らしながらヴィルを睨んでいた。


「なんで隣でやるの!?」


 ヴィルは木刀を構えたまま、僅かに首を傾ける。


「何か問題でも?」

「問題しかないだろ!?」


 レイズは木刀から片手を離し、ヴィルを指差した。


「ねぇ!? 分かる!?」

「何がでしょうか」

「隣でさぁ!」


 レイズはさらに声を大きくする。


「そんな簡単そうに!」


 ヴィルが再び木刀を振り下ろす。

 ヒュン――。


 先ほどと寸分違わぬ美しい剣筋。


「ほらぁぁぁ!」


 レイズの悲鳴が響く。


「そういうの! そういうのだよ!」

「何がでしょう」

「華麗すぎるの!」


 ヴィルは相変わらず冷静だった。


「剣を振っているだけですが」

「その振ってるだけが問題なんだって!」


 レイズは自分の重木刀を持ち上げようとする。


「んぬぬぬぬ……っ!」


 腕が震える。

 身体も震える。


 どうにか肩の高さまで持ち上げ、勢いをつけて振り下ろした。


 ドンッ。


 鋭い風切り音など出ない。


 木刀の重みに身体ごと引っ張られ、危うく前へ転びそうになる。


 どうにか踏ん張ったレイズは、すぐにヴィルを見る。


「で!」

 ヴィルは片手で振る。

 ヒュン――。

「ねぇ!?」


 レイズは両手で必死に持ち上げる。


「んぬぬぬぬぬぬぬっ!」


 ドンッ。

 ヴィルが振る。

 ヒュン――。


「比較されるでしょぉぉぉ!?」


 レイズの叫びに、イザベルが思わず吹き出した。


「あははっ…!!」


 リアナも耐えようと口元を押さえる。


 リアノだけは笑っていいのか迷い、申し訳なさそうに視線を伏せていた。


「恥ずかしいことなどありません」


 ヴィルは淡々と答える。


「あります!」

「鍛錬とは、他者と比べるものではありませんよ?」

「今、横で比べさせてるのヴィルだからね!?」


「私はただ、剣を振っているだけですが?」


「だーかーらぁぁぁ!」


 レイズは地面を踏み鳴らす。


「それが嫌だって言ってんの!

「何故ですか!」

「俺がものすごく情けなく見えるから!」

「そのようなことはありません」

「あるよ!」


「むしろ、よく振れているではないか。」

「慰めが一番つらい!」


「慰めではない!」


 ヴィルは木刀を下ろし、レイズの動きを静かに観察する。


「昨日よりも、確実に力がついている!」

「……」


 レイズは一瞬だけ黙った。


 真っ赤だった顔に、ほんの少しだけ別の色が混じる。


 褒められた。

 そう理解したのだろう。

 だが、素直に喜ぶのも何となく悔しい。


 レイズは顔を逸らしながら、小さく息を吐いた。


「……本当に?」

「はい」

「昨日より?」

「間違いなく」


「かなり?」

「僅かに」

「そこはかなりって言えよ!」


 再び叫ぶレイズ。

 イザベルは今度こそ声を上げて笑った。


「ふふふっ……あははっ!」


 リアナも堪えきれず、肩を揺らす。

 リアノもようやく緊張を解き、小さく微笑んだ。


 ヴィルはそんな少女たちへ一度だけ視線を向けた後、改めてレイズを見る。


「ですが、成長はしている。」

「……そう」


「ええ」

「なら、まあ……いいけど」


 レイズは不満そうに呟きながら、再び重木刀を握り直す。


 そして、ふと思い出したようにヴィルを睨んだ。


「でも隣で振るのは禁止だからな」

「断る!」

「なんで!?」


「正しい動きを覚えるためだ!」

「見せつけたいだけじゃないの!?」


「そのような意図は…ない。」

「絶対ある!」

「ありませんよ?」


「ある!」

「ありません!」


「あるって!」

「ないといっている!!」


 二人の言い争いが、訓練場へ響き渡る。


 先ほどまで漂っていた荘厳な空気は、もはや欠片も残っていない。


 未来への継承。

 完成と未熟。

 光と影。


 そんな美しい言葉で表すには、あまりにも騒がしい光景だった。


 それでも。


 ヴィルの隣でレイズは再び木刀を振り上げる。


 不格好で。

 遅くて。


 まだ美しいとは到底言えない一振り。

 だが、昨日よりほんの少しだけ高く。

 昨日よりほんの少しだけ安定していた。


 ヒュン――。


 ヴィルの木刀が風を切る。


「んぬぬぬぬぬぬぬぬっ!」


 ドンッ。

 レイズの重木刀が地面すれすれで止まる。


「だから華麗に振るなってぇぇぇ!」


「無理な相談だ。」


「ばけもんがぁぁ!」

「力がついてきている!!」

「うるせぇよぉぉ、ばけもん!!」


 少女たちの笑い声が響く。

 朝の訓練場は、今日も騒がしかった。


 けれど、その騒がしさこそが。


 少し前までのアルバード家には存在しなかった、新しい日常の始まりだった。

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たくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございます。 完結済の長編です。レイズたちの物語をぜひ最初から。
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