おまけ。――リアナという少女
アルバード家の広い屋敷の中、ひときわ明るい声を響かせる少女がいた。
彼女の名はリアナ。
金色の髪を二つに結び、いつも陽の光を背に笑うその姿は、どんな闇の中でもひと筋の光を思わせる存在だった。
かつて、少年レイズの傍にいたのは彼女ではない。
妹のリアノが、彼を支え続けていた。
けれど、レイズの仲間である。魔族の少女――メルェの死を境に、すべてが崩れ落ちた。
レイズは荒れ、世界を呪い、己を責めた。
リアノもまた、メルェの死を受け入れられず、精神をすり減らしていった。
そして――アルバードの長であるヴィルは、静かにひとつの決断を下す。
「リアナ。おまえに頼みがある」
底抜けに明るく、誰よりもまっすぐな少女なら、きっとレイズの心に“風”を吹かせてくれる。
そんな淡い期待とともに、ヴィルは彼女に使命を託したのだった。
リアナは迷わなかった。
彼女と妹を拾い、育ててくれたアルバード家への恩がある。
何より――彼女の中には、レイズという少年を救いたいという純粋な願いが芽生えていた。
「私にできることなら、なんでもいたします。……レイズ様を、支えさせてください」
だが、その“支え”という言葉の意味を、リアナはまだ知らなかった。
それは、どこまでも苦しく、どこまでも試される道だった。
レイズは、荒みに荒んでいた。
言葉は刃、視線は憎しみ。
彼の前に立つ者は皆、やがて沈黙していく。
そんな中でもリアナは、笑顔を絶やさなかった。
「ご飯を作れ」と命じられれば、どんな時間でも厨房に立ち、焦げた鍋の中で必死に料理を作った。
そして、返ってくるのは――
「まずい。おまえの料理は最低だ!!」
その罵声に、彼女はただ頭を下げた。
「申し訳ございません! すぐ作り直します!」
泣くことも、逃げることもなかった。
アルバードの恩に報いるため。
ヴィルの信頼に応えるため。
なにより、あの少年が“どこかで助けを求めている”と信じていたから。
だが、レイズの暴走は止まらなかった。
言葉だけでなく、時に手も出た。
リアナは打たれても笑い、誰にも告げ口はしなかった。
その光景を目にした使用人たちは、胸を痛めながらヴィルに報告した。
そして、ヴィルは雷鳴のような声で言い放つ。
「もしリアナにこれ以上の非道を働くなら、レイズ。おまえを監禁する」
それでも、少年は変わらなかった。
悪意に染まりきった目を持つその姿は、まるで“悪役”の原型のようだった。
――リアナは、それでも祈り続けた。
(いつかきっと、この人は変わる。変わってくれる)と
そして、ある日。
十四歳になったレイズが、屋敷の外で空を見上げていた。
太った体をつまみながら、自分を嘲笑うようにため息をつく。
無気力、倦怠、そして……消えない怒り。
彼は、ひとりで魔法を研究していた。
亡きメルェを救えなかった後悔から、“死”を操る魔法を。
それは、己の魂を削る危険な術。
使えば使うほど、心が空白になっていく。
レイズはその対価を知らなかった。
しかし、レイズはその力に魅入られていった。
やがて“死属性”の一部の力を自在に操るようになり、
気配を消し、闇の中で敵を討つ“影”となる。
そうして――かつての少年は、“チュートリアルの悪役”へと堕ちていた。
彼の魂は、光を忘れていた。
それでも、彼のどこかに残っていたのは――
「助けてくれ」という小さな声。
そしてその声を、ひとりの“プレイヤー”が聞いた。
何度も周回を繰り返したプレイヤーは、ついにその声に飲み込まれる。
――気づけば、少年レイズの中にいた。
それが、すべての転機だった。
リアナはいつものように声をかけた。
「レイズ様、、、」と
だが、その瞳に映った少年は――違っていた。
怒鳴り声も、罵声もない。
ただ、自分の腹を掴んで叫ぶ。
「大丈夫なわけないだろ!!」
ぽよんぽよんと腹を揺らすレイズに、リアナは呆気にとられ、次の瞬間くすりと笑った。
――“怒っていない”。
その事実だけで、胸の奥が温かくなった。
食事を出せば、彼は文句を言う。だが、落ち込む彼女を見ると申し訳なさそうに頭を下げる。
さらには野菜を注文し、ダイエットを宣言する。
どこか不器用で、でも優しいレイズ。
リアナは、すぐに気づいてしまった。
(この方は、もう“あのレイズ様”ではない……)
それからの日々は、奇跡のようだった。
リアナがイタズラをすれば、彼は焦って突っ込みを入れる。
怒鳴ることも、叩くこともなく、ただ呆れたようにため息をつく。
優しさが滲むその仕草が、リアナにはたまらなく嬉しかった。
たとえその中身が“別人”だとしても――
彼女は心から思った。
「このままでいい。いまのレイズ様でいてほしい。」と
ある日、クリスとリアナとレイズ三人で村へ出かけた。
酒場で無礼者にエールをぶっかけられたレイズは、静かに頭を下げた。
リアナが怒っても、彼は首を振る。
「この人は悪くない。……悪いのは俺だ」
その言葉を残して、走り去る背中。
夕暮れの中、リアナはただ見つめていた。
――涙なのか、汗なのか、わからなかった。
でも、胸が熱くてたまらなかった。
(この人は、本当に優しい人なんだ……)
恐怖から、安心へ。
安心から、愛おしさへ。
リアナの心は、静かに――けれど確かに、愛へと変わっていった。
リアナという少女
彼女は笑顔で世界を照らし、
涙で罪を洗い流す、レイズの“もうひとつの救い”である。




