表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
558/586

おまけ。――リアナという少女



 アルバード家の広い屋敷の中、ひときわ明るい声を響かせる少女がいた。

 彼女の名はリアナ。

 金色の髪を二つに結び、いつも陽の光を背に笑うその姿は、どんな闇の中でもひと筋の光を思わせる存在だった。


 かつて、少年レイズの傍にいたのは彼女ではない。

 妹のリアノが、彼を支え続けていた。

 けれど、レイズの仲間である。魔族の少女――メルェの死を境に、すべてが崩れ落ちた。


 レイズは荒れ、世界を呪い、己を責めた。

 リアノもまた、メルェの死を受け入れられず、精神をすり減らしていった。

 そして――アルバードの長であるヴィルは、静かにひとつの決断を下す。


「リアナ。おまえに頼みがある」


 底抜けに明るく、誰よりもまっすぐな少女なら、きっとレイズの心に“風”を吹かせてくれる。

 そんな淡い期待とともに、ヴィルは彼女に使命を託したのだった。


 リアナは迷わなかった。

 彼女と妹を拾い、育ててくれたアルバード家への恩がある。

 何より――彼女の中には、レイズという少年を救いたいという純粋な願いが芽生えていた。


「私にできることなら、なんでもいたします。……レイズ様を、支えさせてください」


 だが、その“支え”という言葉の意味を、リアナはまだ知らなかった。

 それは、どこまでも苦しく、どこまでも試される道だった。



 レイズは、荒みに荒んでいた。

 言葉は刃、視線は憎しみ。

 彼の前に立つ者は皆、やがて沈黙していく。


 そんな中でもリアナは、笑顔を絶やさなかった。

 「ご飯を作れ」と命じられれば、どんな時間でも厨房に立ち、焦げた鍋の中で必死に料理を作った。


 そして、返ってくるのは――


「まずい。おまえの料理は最低だ!!」


 その罵声に、彼女はただ頭を下げた。


「申し訳ございません! すぐ作り直します!」


 泣くことも、逃げることもなかった。

 アルバードの恩に報いるため。

 ヴィルの信頼に応えるため。

 なにより、あの少年が“どこかで助けを求めている”と信じていたから。


 だが、レイズの暴走は止まらなかった。

 言葉だけでなく、時に手も出た。

 リアナは打たれても笑い、誰にも告げ口はしなかった。


 その光景を目にした使用人たちは、胸を痛めながらヴィルに報告した。

 そして、ヴィルは雷鳴のような声で言い放つ。


「もしリアナにこれ以上の非道を働くなら、レイズ。おまえを監禁する」


 それでも、少年は変わらなかった。

 悪意に染まりきった目を持つその姿は、まるで“悪役”の原型のようだった。


 ――リアナは、それでも祈り続けた。

(いつかきっと、この人は変わる。変わってくれる)と


 そして、ある日。


 十四歳になったレイズが、屋敷の外で空を見上げていた。

 太った体をつまみながら、自分を嘲笑うようにため息をつく。

 無気力、倦怠、そして……消えない怒り。


 彼は、ひとりで魔法を研究していた。

 亡きメルェを救えなかった後悔から、“死”を操る魔法を。


 それは、己の魂を削る危険な術。

 使えば使うほど、心が空白になっていく。

 レイズはその対価を知らなかった。

 しかし、レイズはその力に魅入られていった。


 やがて“死属性”の一部の力を自在に操るようになり、

 気配を消し、闇の中で敵を討つ“影”となる。

 

 そうして――かつての少年は、“チュートリアルの悪役”へと堕ちていた。


 彼の魂は、光を忘れていた。

 それでも、彼のどこかに残っていたのは――

 「助けてくれ」という小さな声。


 そしてその声を、ひとりの“プレイヤー”が聞いた。

 何度も周回を繰り返したプレイヤーは、ついにその声に飲み込まれる。


 ――気づけば、少年レイズの中にいた。


 それが、すべての転機だった。


 リアナはいつものように声をかけた。

 「レイズ様、、、」と


 だが、その瞳に映った少年は――違っていた。

 怒鳴り声も、罵声もない。

 ただ、自分の腹を掴んで叫ぶ。


「大丈夫なわけないだろ!!」


 ぽよんぽよんと腹を揺らすレイズに、リアナは呆気にとられ、次の瞬間くすりと笑った。


 ――“怒っていない”。


 その事実だけで、胸の奥が温かくなった。


 食事を出せば、彼は文句を言う。だが、落ち込む彼女を見ると申し訳なさそうに頭を下げる。

 さらには野菜を注文し、ダイエットを宣言する。


 どこか不器用で、でも優しいレイズ。

 リアナは、すぐに気づいてしまった。


(この方は、もう“あのレイズ様”ではない……)



 それからの日々は、奇跡のようだった。

 リアナがイタズラをすれば、彼は焦って突っ込みを入れる。

 怒鳴ることも、叩くこともなく、ただ呆れたようにため息をつく。


 優しさが滲むその仕草が、リアナにはたまらなく嬉しかった。

 たとえその中身が“別人”だとしても――

 彼女は心から思った。


「このままでいい。いまのレイズ様でいてほしい。」と


 ある日、クリスとリアナとレイズ三人で村へ出かけた。

 酒場で無礼者にエールをぶっかけられたレイズは、静かに頭を下げた。

 リアナが怒っても、彼は首を振る。


「この人は悪くない。……悪いのは俺だ」


 その言葉を残して、走り去る背中。

 夕暮れの中、リアナはただ見つめていた。


 ――涙なのか、汗なのか、わからなかった。


 でも、胸が熱くてたまらなかった。


(この人は、本当に優しい人なんだ……)


 恐怖から、安心へ。

 安心から、愛おしさへ。


 リアナの心は、静かに――けれど確かに、愛へと変わっていった。




 リアナという少女


彼女は笑顔で世界を照らし、

涙で罪を洗い流す、レイズの“もうひとつの救い”である。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
たくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございます。 完結済の長編です。レイズたちの物語をぜひ最初から。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ