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【おまけ】 ― 帰還、そして氷の花 ―



 「――レイズさまぁぁぁ!!!」

 その声は、空気を震わせるほどに響いた。

 白く光る部屋の中で、クリスは全身を震わせながら、駆け寄っていた。


 ベッドの上には、薄く呼吸を繰り返す男――レイズがいる。

 頬の血色はまだ戻っていない。それでも、その眼は確かに、彼らが知る“レイズ=アルバード”そのものだった。


 「毎日……会うたびに泣くなよ、クリス。

  それに声がでかい。ちゃんと……ここにいる。」


 レイズは苦笑を浮かべた。

 それは、どんな戦場にも見せたことのない穏やかな笑みだった。


 だが、クリスは泣き止めない。嗚咽の合間に、ようやく言葉を絞り出す。


 「このクリス……いえ、クリス=アルバードは信じておりました。

  必ず……レイズ様は戻ってきてくださると!」


 その声に、レイズは目を細める。

 「……ああ、そうか。ありがとう。ほんとにな。」


 ゆっくりと、ベッドの端に手をかけ、レイズは立ち上がる。

 足はまだふらついていたが、それでも彼は確かに“立っていた”。


 「クリス。……俺がいなかった間のことを、聞かせてくれ。

  レアリスとの戦いが終わったあとの――みんなの話を。」


 クリスは震える唇で頷くと、涙声のまま語り出した。

 それは、彼の記憶に焼きついた、あの日の残響――。




レアリスと戦いの後--


 「おい、ウラトス……。」


 低く響く声が戦場に落ちる。

 グレサスの視線の先には、崩れた大地に膝をつくクリスの姿があった。

 その腕の中には、ぐったりとしたレイズの身体がある。

 返事はない。

 息は微かにあるが、その魂は、どこか遠くへ旅立ったように感じられた。


 「……レイズ様……」

 クリスの声は掠れていた。血と涙で顔が汚れているのも気づかないまま、彼はただ、レイズの頬を撫で続けていた。


 リオネルが駆け寄り、嗚咽混じりに叫ぶ。

 「クリス様! レイズ様は必ず戻ってきます! だから……どうか……!」


 ルイスも震える拳を握りしめ、唇を噛む。

 「レイズ様……! 私の力が……足りなかったばかりに……!」


 その瞬間、戦場に響き渡る怒鳴り声。

 「ふざけんな!!」


 ガイルだった。

 怒気を纏いながらも、声はどこか震えている。

 「おまえら、そんなこと言ってっと……レイズが安心して休めねぇだろうがよ!」


 グレサスが苦笑を浮かべる。

 「ハハ……つまり、おまえも“レイズはもういない”と認めているんだな?」


 「はぁ!? ちげぇよ!」

 ガイルは睨み返すが、次の瞬間、表情を落とした。

 「……いや、認めたくねぇがよ。

  こいつは、たぶん……自分のいるべき場所に戻った。

  そんな感じだ。」


 そのとき、空から舞い降りたのはフェイフィアだった。

 白銀の羽をたたみ、地に膝をつく。

 「ガイル様……私たちは……どうすればよいのでしょうか……」


 ガイルは、夜明けの空を見上げて笑う。

 「最果てに集めた魔族どもに顔を見せてくる。

  “全部終わった”って、ちゃんと伝えてやらねぇとな。」


 「それで……ガイル様はどうするのです?」


 「そうだな……世界を見てくるぜ。

  もう戦いは終わった。だろ?」


 その言葉に、グレサスが低く笑った。

 「終わりかどうかは知らん。

  だが、また火種が生まれれば争いは再び起きる。

  そのときまでは、私はまだ終わらん。」


 「ケッ、勝手にしろや。」

 ガイルは肩をすくめ、遠くへ歩き出す。

 「喧嘩してぇやつは、そいつらでやってろ。」


 静寂の中、残った仲間たちは、それぞれの決意を胸に抱いた。



 「私は……彼をアルバードまで見届けます。」

 デュランがそう言うと、グレサスは頷いた。


 「ウラトス、まだ終わりではない。」

 グレサスの声に、クリスはかすかに顔を上げる。


 「おまえがそのままでは……誰も救えぬぞ。」


 「救う……?」

 クリスの瞳が揺れた。

 「レイズ様を救えなかった私に……もはや、存在価値など……」


 「はぁ!? またそれか!」

 ガイルが振り返り、怒鳴りつけた。

 「うじうじしてんじゃねぇ! てめぇには子どもも、嫁もいるだろ!

  そいつらを大事にしろや! それが、レイズの……望みじゃねぇのかよ!」


 その言葉に、クリスは息を飲む。

 腕の中のレイズを見つめると、その瞳は虚空を見つめていた。

 息はある。だが、魂だけが遠く離れているように見える。


 「ウラトス。」

 グレサスの声が静かに響く。

 「やるべきことがある。おまえは……その男のそばにいてやれ。

  私は、そいつに頼まれていたことを果たす。」


 その背に、誰も何も言わなかった。



世界樹の下で


 アルバードに戻った一同は、互いに肩を支えながら歩いた。

 グレサスは残る魔力を振り絞り、ルイスを呼ぶ。


 「ルイス。手を貸せ。」

 「は、はい! なにをすれば……?」


 「俺の氷の魔法に、おまえの神聖を重ねるんだ。

  知らせるぞ――終わったと。」


 グレサスは天に向けて手を掲げる。

 魔力が溢れ、氷が舞い、空に巨大な花が咲き始めた。

 ルイスが祈りを重ねると、花弁は淡い光を帯び、青白い輝きが世界樹の森一面を染めていく。


 それを見上げた民たちは、涙をこぼした。

 ――終わったのだ、と。


 帝国、王国、アルバード、エルフ、ダークエルフ。

 すべての種族が肩を並べて涙を流した。


 「……帰れるんだな。」

 誰かが呟き、誰かが抱き合った。


 その光景を見ていたフェリルは、汗を拭いながらも笑っていた。

 「ほら! 座って! お茶を煎じるから!」


 王国騎士たちは庶民と肩を並べ、火を起こす。

 世界樹の下では、命の温もりが確かに戻りつつあった。



 「私は……ここに残る。」

 その言葉に、エルビスは目を見開いた。


 「お父様!? なにを言っているのです!」

 ギルバルドは静かに笑う。

 「王ではなく、一人の生命として……残りの時間を生きる。

  ルイスに会えたら、伝えてくれ。――帝国を託した、と。」


 「そんな……自分でいってください!!」

 エルビスの頬を涙が伝う。

 だがギルバルドは、どこか穏やかな顔をしていた。



知られぬ真実----


 アルバードの空に咲く氷の花を見上げ、リアノが歓声を上げた。

 「レイズくん! 終わったんですね! イザベル様、帰りましょう!」


 イザベルは微笑む。

 「本当に……あっというまだったわね。これでようやく、みんなでレイズに甘えられるわね。」


 リアナも笑う。

 「はいっ! 甘えるのなら、私、誰にも負けませんから!」


 笑い声が溢れる。

 その中で、ディアナは赤子――クリアナを抱きしめながら、静かに呟いた。

 「……お父さんに、また会えるのね。」


 ――だが、誰も知らなかった。


 レイズは、もうこの世界にはいなかった。

 アルバードの人々は、空に咲いた氷の花を、レイズが咲かせた奇跡だと信じていた。

 それが、誰もが信じた“希望”であり――同時に、誰も知らぬ“別れの証”でもあった。



 夜。アルバードの屋敷では、今だかつてないほどの悲壮な音が響き渡ることとなる。

 それは、王も騎士も民も分け隔てなく流した涙の音。

 英雄の帰還を信じる祈りと、喪失の静寂が混ざり合う夜。


 ――氷の花は、まだ消えない。

 その青い光が、永遠に彼の存在を語り続けていた。


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たくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございます。 完結済の長編です。レイズたちの物語をぜひ最初から。
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