――再誕、朝の光の中で
朝日が差し込む。
それは長く続いた夜をやっと終わらせるような、やわらかな光だった。
静かな部屋の片隅で、その光を頬に受けた瞬間、レイズの瞼がわずかに震えた。
そして――ゆっくりと、世界がひらかれていく。
「……っ……」
目の奥が熱い。
視界がぼやけ、頬を伝う温かなものを感じる。
涙だった。
どれほどの時間が過ぎたのかもわからない。
だが、確かに理解していた。
――“自分の意思”で目を開けたのだと。
まだ体は動かない。
けれど、確かな感覚が戻ってきている。
自分が“生きている”ということを、久しぶりに実感していた。
扉が静かに開く音がする。
ふと、足音。
部屋に柔らかい気配が満ちる。
――リアノだった。
彼女は長い金髪を揺らしながら、静かに部屋へ入ってくる。
そしてベッドの側まで歩み寄ると、息を呑んだ。
レイズの頬に流れる涙を見たのだ。
だが、すぐにその表情は穏やかに変わる。
もう何年も、この光景を見てきた。
わずかに流れる涙。
けれど、それは“奇跡”ではなかった。
レイズが戻ってきたのではなく――ただの反射か、夢の中の涙。
そう自分に言い聞かせることを、何度も繰り返してきた。
「……レイズ様……」
リアノは小さく微笑みながら、そっとその涙を指先で拭った。
「今日は……天気が良いですよ。お日さまが、すごくあたたかいです」
彼女はそう言ってカーテンを開ける。
光が差し込み、室内が金色に染まる。
その光に照らされながら、リアノは小さく息をついた。
そして、帰ろうとしたその瞬間――。
「……ま……っ……て……」
空気が震えた。
その声は、かすれ、掠れ、それでも確かに“声”だった。
長い眠りの果てに、ようやく生まれた、たった一音。
リアノは、全身が止まるのを感じた。
心臓が激しく跳ねる。
「……え……?」
信じられない。
だが確かに聞こえた。
あの声を――この数年、夢にまで見た“彼の声”を。
リアノは震える手でレイズの枕元へと駆け寄った。
「レ、レイズ……くん……?」
指先が、彼の手に触れる。
冷たい。けれど、その下に確かに“命の熱”があった。
レイズの指が――わずかに、ピクリと動いた。
その瞬間、リアノは両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。
「……ま、間違いない……間違いない……! レイズくん!!!」
声が屋敷中に響き渡る。
その泣き声に反応して、階下から人の気配が次々と走り寄ってくる。
「リアノ!? どうしたのですか!?」
リアナが駆け込んでくる。
「な、なにがあったの!?」イザベルも叫ぶ。
「レイズ様!? 一体なにが!?」と、クリス。
そしてディアナとクリアナも続く。
屋敷全体が騒然となった。
「まさか……今度は……本当に……?」
誰もが信じられない思いで、その寝台を見つめていた。
小さな足音が響く。
扉の向こうから、レイナが姿を見せた。
その顔には、強がりにも似た怒りが滲んでいた。
「お父様は……戻ってなんかこない!!」
幼い声が震える。
「みんな、いい加減にしてよ!!」
レイナは小さな足音で、ずかずかとベッドに近づく。
その瞳には、信じたいのに信じられない痛みがあった。
「ほら……私が来ても、なにも言わないじゃない……!」
そう言って、彼女はレイズの手を掴む。
――その瞬間。
手のひらが、ふるりと動いた。
優しく、確かに、娘の小さな指を包み込むように。
「……う、うそ……?」
レイナの瞳が大きく見開かれる。
そして、かすれた声が空気を震わせた。
「……お……おれの……こ……?」
その言葉に、誰もが息を呑む。
次の瞬間、全員が一斉に泣き崩れた。
クリスは嗚咽を堪えきれず、床に膝をつき、
イザベルは震える手でレイズを抱きしめた。
リアノは涙を止められず、
リアナは笑いながら泣いていた。
それは、封印されていた希望が、ようやく解き放たれる瞬間だった。
レイナが小さな声で問う。
「……お父様……なの……?」
レイズは、まだぎこちない表情で、ゆっくりと微笑んだ。
「……お……れ……は……レイ……ズと……レイ……ナ……」
娘の名を呼ぶ。
その声は、まるで長い旅路の果ての“ただいま”のように優しかった。
屋敷中が泣き声と笑い声で包まれる。
誰もが、奇跡を信じた。
レイズが、再びこの世界に帰ってきたのだ。
レイナは、震える声で何度も言った。
「ほんとに……お父様……? ほんとに……?」
レイズは、微笑みながら短く答えた。
「……ぁあ……」
――朝の光が、ふたりを包む。
涙で滲んだその光景は、
まるで“新しい世界”のはじまりのようだった。




