邂逅 ― 二つのレイズ
暗い闇の中。
思考が、もはやこの体と混ざり合い、形をなくしていく。
考えることをやめてしまう――そんな段階に、俺はいた。
けれど、それは諦めではなかった。
それは“受け入れ”だった。
静かに、孤独に。
このままレイズの体が終わりを迎えるその瞬間まで、
この世界に在れるのなら――それでいい。
それが、俺の出した答えだった。
だが、その受け入れが、思いもよらぬ結果を生む。
心の世界。
俺しかいないはずの場所に、
――太った小太りの男が立っていた。
最初は幻覚だと思った。
俺の頭の中が勝手に作り出した幻影だと。
けれど、その男は確かに語りかけてきた。
「……みんなを、救ってくれてありがとう。」
その声に、胸の奥が震えた。
見間違えるはずがない。
――チュートリアルで必ず殺される、悪役レイズ。
俺は思わず笑ってしまった。
「……ああ、ほんとにクソ大変だったよ。」
レイズは穏やかに笑う。
「だろうな。
俺の境遇を知ってるお前なら、わかるはずだ。
あれが悪役の俺であり、これがまた悪役の俺なんだ。」
「……違う。」俺は即座に否定した。
「お前は悪役なんかじゃなかった。
お前は歪められたんだ。
本当は、まっすぐに生きたかっただけだろ?
誰よりも優しいくせに、不器用なだけで……!」
レイズは首を振る。
「……馬鹿を言うな。
過程がどうであれ、結果がすべてを形づくる。
俺は悪役でよかった。
俺は死んでよかった。
俺は……いなくてよかったんだ。」
「ふざけんなよ……!」
思わず怒鳴った。
「いなくてよかった、だと? あいつらの顔を見てないのか!」
レイズは一瞬黙り、そして――ゆっくりと微笑んだ。
「見ていたさ。最初からずっと。
お前と溶け合いながら、この世界を見ていた。
そして理解したんだ。
この世界でみんなに必要とされ、愛されたのは――俺じゃない。お前だよ。」
俺は首を振る。
「違う、それも違う。
俺はただズルをしただけだ。
未来を知っていた。
死属性の使い方も、答えも、全部知っていた。
だから俺は“結果”をねじ曲げただけなんだ。
でもな――信用されたのはレイズ、お前だった。
お前だからこそ、ここまで来られたんだ。
リアノも、イザベルも、リアナも、ヴィルも……
みんな、お前を信じて、ずっと待ってたんだ。」
その言葉に、レイズの瞳から静かに涙がこぼれる。
「……待っていた、か。
ほんとに……気づくのが遅すぎた。
俺が居た場所には、もう誰もいない。
全員、俺のせいで死んだ。
アルバードの痕跡すら残せなかった。
メルェを失い、憎しみに飲まれ、復讐だけで生きた人生だった。
でも――それでも、願ってしまったんだ。
願う資格のない俺が。
どうか、別の未来を。
……お前が、それを叶えてくれた。
掴み取ってくれた。
俺は、それだけで満足した。
救われた。報われた。
だから、もう充分だ。
あとは、俺の罪を償うだけだ。
人も魔族も殺し続けた俺の罪は、消えない。
だから、俺はここには居られない。」
俺は、その言葉のすべてを理解した。
「なぁ……レイズ。」
声が震えた。
「お前、ずっと見てたのか。
どうだった? 俺たち……うまくやれたと思うか?」
レイズは、静かに、どこか誇らしげに笑った。
「……あぁ。最高にうまくやったさ。
本当に……笑えるだろ?」
俺も笑う。
「……ああ、笑えるよな。」
――本来、歴史の端で無惨に消えるはずだった悪役が、
世界を救う魂の半身としてここに立っている。
笑えるさ。
こんなにも皮肉で、
それでいて美しい結末が、他にあるものか。




