食卓の記憶 ― 変わりゆく彼女たち
――再び、扉の音がした。
カタン、と静かに響くその音に、俺は意識を向ける。
どうやら、昼食を持ってきてくれたようだ。
入ってきたのは――リアノ、ではなかった。
その姿は似ている。だが、雰囲気がまるで違う。
「……レイズ様。お食事をお持ちしました。」
その声を聞いた瞬間、俺は気づいた。
リアナ――だった。
数年という時の流れが、彼女を大人にしていた。
あの明るく、少し天然で、無邪気に笑っていた少女の面影はもうない。
そこにいたのは、穏やかな覚悟を纏う、ひとりの女性だった。
リアナはゆっくりと俺の身体を起こし、枕を整え、
片手で支えながらスプーンを取る。
「今日は温かいスープです。
……少しでも召し上がってくださいね。」
スプーンが唇に触れ、口の中にぬるい液体が流れ込む。
条件反射のように、喉が動く。
味は、もはやわからなかった。
ただ、命を繋ぐための“行為”として、体が覚えているだけだった。
俺は、うっすらと開いた瞼でリアナを見つめた。
光が髪を透かし、肩に落ちる。
以前よりも背が伸び、表情には落ち着いた気品があった。
――たくましくなったな。
心の中で呟く。
自分の身体なのに、自分ではないような感覚。
まるで“ガラス越し”にこの世界を見ているようだった。
それでも。
この世界で彼女たちが生きていること。
笑っていること。
その事実だけで、胸がいっぱいになった。
よかったな……みんな。
安堵が胸を満たす。
けれど、その安堵はすぐに“欲”へと変わっていく。
――動きたい。
――声をかけたい。
――話をしたい。
――想いを伝えたい。
その願いが、内側で暴れるように渦を巻いた。
スプーンの音が止まり、リアナが俺の顔を見つめる。
そして、そっと頬に手を添えた。
「……こんなにも、あたたかいのに。
不思議ですね……」
小さく微笑み、リアナは立ち上がる。
その背中は、もう少女ではなかった。
「それでは、また明日……」
彼女が部屋を出て行く音が、遠ざかっていく。
俺は、何もできないまま、ただその余韻を聞いていた。
外では風が吹き、誰かの笑い声が響く。
――生きている。
この世界は、ちゃんと前に進んでいる。
それが、俺にとって何よりの救いであり、
そして、どうしようもなく残酷な真実だった。




