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届かぬ声 ― リアノの微笑み



 ――扉の軋む音がした。


 静かな部屋に、柔らかな足音が響く。

 入ってきたのは、一人のメイドだった。


 白いエプロン、整った髪。

 その仕草はどこか大人びていて、凛とした気品を纏っている。


 ――俺はすぐに理解した。

 それが、リアノだということを。


 リアノ……!

 帰ってきたんだ、俺は! 見えるか!? 聞こえるか!?


 喉が裂けるほど叫んでいるのに、声は出ない。

 動かない唇。動かない指。

 意識だけが、閉じ込められた檻のように震えていた。


 リアノは微笑みながら、

 ベッドに横たわる俺――いや、“レイズ”に静かに語りかける。


 「レイズ様……今日はとても良い天気です。

  外は、風もあたたかいですよ。」


 窓辺に歩み寄り、カーテンを開ける。

 光が部屋に流れ込み、俺の顔を照らした。

 その光は、まるで“まだ生きている”と証明するようだった。


 リアノ……俺だ! ここにいるんだよ!!

 気づけ……頼む、気づいてくれ……!


 必死に叫ぶ。

 その願いが奇跡のように、わずかに形を持った。


 レイズの瞼が、ピクリと動く。


 リアノは一瞬だけ息を呑み、

 けれど――静かに、微笑んだ。


 「……えぇ、わかっています。

  いまもレイズ様は、私たちを見守ってくださっているんですよね?」


 そうだ!! 見てる!! ここにいる!!

 リアノ……聞こえてるんだろ!? 俺は――


 けれど、その声はどこにも届かない。


 リアノは静かに立ち上がる。

 その微笑みは、どこか涙を含んでいた。


 「それでは、レイズ様。

  また、明日も来ますね……」


 そう言って、彼女はドアへと向かう。

 扉が閉まる直前、ほんの一瞬だけ――

 彼女の肩が震えて見えた。


 そして、静寂。


 俺は泣いた。

 いや、“泣こうとして泣けなかった”。

 涙を流すことすら、許されなかった。


 ――どうして。

 どうして俺は、ここにいるのに。


 そのとき、外から小さな笑い声が聞こえた。


 「わぁっ! みて、ママ! 花が咲いた!」


 子供の声。

 女の子の声だった。


 そして、それに続いて聞き覚えのある男の声。


 「クリアナ、そんなに走り回ったら転んでしまいますよ?」

 ――クリスの声だ。


 「ほんとに、あなたったら心配性なんだから。」

 クスクスと笑う優しい声。

 それは、ディアナだった。


 外の世界では、命が続いていた。

 笑い声と風の音。

 それが、この世界の“今”だった。


 俺は動かない体のまま、

 その会話をひとつ残らず聞いていた。


 そうか……クリアナ……

 あの二人の子が、生まれたんだな……


 みんな、生きてる……

  笑ってるんだな……


 胸の奥に、静かな温かさが灯る。

 それでも、同時に痛みが刺した。


 見れるのに、触れられない。

 声が届かない。


 それが、俺が戻った世界の現実だった。


 それでも、俺は思った。


 ――この光景を見られるだけでいい。

 みんなが生きていて、幸せでいるなら、それで。


 動かぬまま、俺は小さく笑った。

 まるで風に紛れるような微笑みだった。


 だが、その瞳の奥には――

 確かに、レイズの魂が再び灯っていた。


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たくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございます。 完結済の長編です。レイズたちの物語をぜひ最初から。
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