帰還 ― レイズの瞳の奥で
白い光が、ジュラの地へと落ちた。
俺は反射的にマウスを動かし、その地点へ視界を移した。
画面の中心に――彼女がいた。
レアリス=ディア。
息を呑んだ。
まさか、彼女が……あの“世界の終焉”を迎えたあとも、生きているのか?
胸の奥がざわつく。
恐怖でも後悔でもない。
それは――“喜び”に似た感情だった。
見られたことが、ただ嬉しかった。
理由なんて、もうどうでもよかった。
レアリス=ディアは静かに祈っていた。
光を掌に集め、誰かのために、何かを願うように。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
――俺の方を、見た。
心臓が止まった。
まさか、気づいている?
画面越しに、視線がぶつかった気がした。
彼女は、柔らかい声で語りかけてきた。
> 「貴方は……この世界に居てはいけない魂。
> この世界への干渉を、私が止めています。
> もし、それでも干渉を望むのなら……お見せすることはできます。
> ……どうしますか?」
ディスプレイに二択が浮かぶ。
> ■ 俺の居るべき場所はここだ
> ■ それでも見たい
迷うことなんて、なかった。
俺は“それでも見たい”を選ぼうとした。
だが、その瞬間、レアリス=ディアの声が重なる。
> 「貴方が干渉すればするほど――彼は失います。
> ……それでもいいのですか?」
“彼”――?
俺は眉をひそめた。
「……彼って、誰のことだ?」
レアリスは、悲しげに微笑んだ。
> 「貴方が干渉した“器”。
> つまり――レイズ。
> 本来の魂が、いまもあの器に居ます。
> 貴方は、それが消えてしまっても干渉したいのですか?」
――息が詰まった。
つまり、この世界を見るということは、
レイズという“本物”を消してしまうという意味だった。
手が震える。
視界が滲む。
「見るだけでも、ダメなのかよ……なんでだよ……!
だって、俺は――レイズだったんだ!」
モニター越しに叫ぶ。
レアリスは、それでも穏やかな声で言った。
> 「いいえ。貴方は、レイズではありません。
> 貴方とレイズの魂は交わり、混ざりあった“別の存在”です。
> 私は、貴方の在るべき場所と、レイズを切り離しました。
> ……それでも、まだ関わりたいですか?
> 貴方は、自分の世界を捨ててでも?」
俺は涙をこらえられなかった。
「ふざけんなよ……!
俺が関わったイザベルも、リアナも、リアノも……!
俺が、みんなと作った世界だろ!!」
レアリスは悲しげに瞳を伏せた。
> 「貴方は呼ばれたのです。
> レイズの魂が、貴方を“この世界へ”呼んだ。
> でも、貴方には貴方の生きる場所がある。
> 私たちには、私たちの生きる世界がある。
> ……それを、簡単に壊してしまえるのですか?」
その問いが、胸に突き刺さる。
確かに、俺は現実に戻ってきて、数年を生きた。
仕事もした。飯も食った。
あの世界は、夢だった――そう思い込んでいた。
でも、違う。
俺は、確かにそこにいた。
笑って、怒って、戦って、生きていた。
「それでも……俺は見たいんだ。
俺が作った歴史を見る権利くらいあるだろ……!」
レアリス=ディアは困ったように笑った。
どこか慈母のような、優しい表情で。
> 「困りましたね……
> あなたがこちらの世界から消えて、数年が経ちました。
> あなたの作った歴史の中で、
> 彼らはいまも生きています。
> そして、この世界は正しい形で時を流しています。
> もう、貴方の知る“形”ではありません。
> ……それでも、この世界を愛してくれますか?」
胸の奥が爆ぜるように熱くなった。
「ぁあ……俺は、帰りたい……!
みんなと、また笑って過ごしたい!
あの平和を、俺は知ってる!
あの未来を、見たいんだ!!
レイズが助かった世界を、俺は……!!」
涙で画面が歪む。
指が勝手に動く。
選択肢を連打した。
レアリス=ディアは、静かに目を閉じた。
> 「わかりました。
> 貴方がこの世界を愛してくれるのなら、
> もう一度……干渉を許します。
> ですが、それがどんな形であっても――受け入れてください。
> そして……どうか、恨まないでください。」
次の瞬間、モニターが光を放った。
視界が真っ白になる。
音も、息も、すべてが遠ざかっていく。
――あぁ、また戻れるんだな。
胸の奥で、言葉にならない叫びがあった。
「待っててくれ……! みんな……!」
意識が途切れ、闇に飲まれる。
次に目を開けたとき、そこは――。
……ベッドの上だった。
天井が霞んで見える。
腕を動かそうとした。動かない。
声を出そうとした。出ない。
全身が、鉛のように重かった。
“動け”と命じても、身体は応えなかった。
理解するのに時間はかからなかった。
――俺は戻ってきた。
だが、レイズの身体はすでに力を失っていた。
ただ、静かに光を反射する瞳の奥に、
まだわずかに、意志の灯が残っていた。
「……動け……頼む、動けよ……!」
心の中で叫び続けた。
だが、口は一文字も動かない。
それが、俺が望んで帰ってきた“現実”の姿だった。




