再起動 ― そして、世界はもう一度
――数年の月日が、過ぎた。
俺は普通に働き、普通に暮らしていた。
朝起きて、会社へ行き、帰れば風呂に入り、飯を食い、眠る。
そうして、あの日の記憶は少しずつ薄れていった。
夢のようだった。
どこか遠い“もう一つの人生”。
アルバード・レイズ――そんな名前を、口に出すこともなくなった。
ある日の夜。
仕事帰りに電話が鳴る。
「……もしもし。田中か?」
『もしもし!?なぁ、今週のどっかで、飯でも行かね?』
「いいな。土曜日に焼き鳥でも行くか?」
『あー、ごめん。土曜日はやっぱり、ちょっと無理かも。』
「は?なんだよ、予定でも?」
『いや……今ハマってるゲームがあってさ。もう止まんなくて!』
「ゲーム?お前まだやってんのかよ……」
『いや、マジでスゲェんだって! 今度家行くから見てくれよ! “世界が変わる”ってこういうことなんだなって思ったわ!』
電話の向こうの声は、やけに弾んでいた。
俺は苦笑した。
「ゲームなんてもう楽しむ年じゃねぇよ。ま、また今度な。予定がついたら教えてくれ」
『あぁ、、悪いな。また連絡する!』
通話が切れる。
いつもの、静かな部屋。
テレビの光だけが壁を照らしている。
……“ゲーム”か。
懐かしい響きに、ふと頭の奥で何かが疼いた。
俺は、棚の奥から一枚のディスクを取り出す。
《R・Rebirth Edition》
「……はは、懐かしいな。まだ動くのかよ、これ。」
PCに挿入する。
起動画面のBGMが流れる。
あの旋律。あの音。――心臓が、一瞬だけ跳ねた。
タイトルが表示される。
> PRESS ANY BUTTON TO START.
俺は無意識に指を動かす。
セーブデータ一覧を開く。
> PLAY TIME:99999+α
「……は?」
目を疑った。
そんな数字、ありえない。
バグだろう。――そう思いたかった。
けれど、胸の奥がざわつく。
画面の端に、かすかに表示される。
> LOAD DATA?
指が、勝手に動いた。
――ENTER。
読み込み音が響く。
黒い画面の中で、白い光が滲む。
次の瞬間、視界が“広がった”。
風の音。
草の揺れ。
青く透き通る空。
あの世界が、そこにあった。
キャラクターの姿はない。
ただ、世界そのものを俯瞰するように、どこまでも見渡せる。
俺は、モニターを見つめながら呟いた。
「……みんないるのか…?」
答えはなかった。
ただ、遠くの空に、白い光が一筋流れた。
まるで“誰か”が、もう一度、世界を起動したかのように。




