現実の中の亡霊 ― Re:ALBARD
光が、途切れた。
空も、風も、音もない。
ただ“何か”が終わったという確信だけが、胸の奥に残っていた。
レイズは目を開けようとした。
だが、まぶたの裏にあったはずのジュラの森も、仲間の声も、もうどこにもない。
――白い天井。
柔らかい蛍光灯の光。
乾いた空気の音。
レイズは、ゆっくりと息を吸う。
「……ここは……?」
重たい視界の先には、机の上に置かれた“ゲームコントローラー”があった。
手の中には、握り慣れた形。
――現実世界の、コントローラー。
時計の秒針が、カチリと音を立てた。
画面には、見慣れたタイトルが映っている。
《R・Rebirth Edition》
レイズ――いや、**彼を操作していた“俺”**は、
冷たい現実の空気を感じながら、ゆっくりと椅子にもたれかかった。
「……終わったのか、ほんとに……?」
ディスプレイの中の世界は、ただ静かに“ロード終了”の文字を映していた。
その下に、一行だけ。
「ありがとう」
――俺は、涙を流していた。
ふざけるな。
ふざけるなよ、そんな結末――認められるか。
「俺は選んだんだ!!」
机を叩き、声が震えた。
「あの世界で!! レイズとして、生きることを!!」
震える手でコントローラーを握りしめる。
指が勝手に動いた。
NEW GAME。
画面が暗転し、静かにタイトルロゴが滲む。
――《R - Rebirth Edition》。
読み込みの音。
そして、無慈悲な現実。
新しい物語は、“カイル”という少年から始まっていた。
見慣れない風景。けれど、そこにいた。
チュートリアルに現れたのは、小太りの中年男――レイズ。
「……なんだよ、それ……」
俺は泣きながら、抗えぬままにストーリーを進めた。
カイルの剣が、レイズを貫く。
無機質なBGM。
“経験値を獲得しました”の文字。
「ふざけんな!! レイズは俺だろ!!」
画面を殴った。
泣きながら、何度もリセットを押した。
でも、どれだけ繰り返しても――物語は同じように進む。
歴史は変わらない。
レイズは、倒される。
やがて、俺は理解した。
「……そうか。夢だったんだな……」
そう呟いた瞬間、画面に視線が吸い寄せられる。
ロードデータ。
見慣れぬセーブファイルが一つ。
プレイ時間:30655時間47分。
「……はは……」
乾いた笑いが漏れる。
震える指先が、ボタンを押した。
――ロード中。
画面が切り替わる。
だが、そこにはレイズの姿はなかった。
代わりに広がっていたのは、ただ“世界”だった。
風が流れ、森が揺れ、空が澄んでいた。
誰もいない、美しい風景。
音だけが、生きていた。
キャラを動かすこともできない。
視点を変えるだけの“神の目”。
それでも、俺は必死に動かした。
「みんな……どこにいるんだ……」
「おれは……どうなったんだよ……」
ジュラの森、アルバード領、王都、白き大地。
何度見ても、誰もいない。
まるで、世界がすべての戦いを終えて眠っているようだった。
「ふざけんな……助かったはずだろ……」
「みんな……そこに、いたじゃねぇか……」
嗚咽がこぼれた。
涙で画面が滲んで、世界が揺れた。
そして、俺は“ゲームを終了”した。
静寂。
電源の落ちたディスプレイに、俺の顔が映る。
光のない瞳。
レイズがいたはずの手が、ただの手に戻っていた。
「……こうして、俺は現実に帰ってきたのかよ…」
そう呟いて、コントローラーをそっと置く。
深呼吸。
窓の外では朝が始まっていた。
カーテンの隙間から、白い光が差し込む。
俺は、口を開く。
唇が震える。
「俺の名前は――」
そこで、言葉が止まった。
喉の奥で、何かがひっかかる。
“レイズ”という名が浮かんだ瞬間、
涙がまた、頬を伝った。
――彼は確かに、あの世界で生きた。
そして今、俺の中に“残っている”。
だから、俺はまだ、こうして息をしているのだ。
俺の名前は……
アルバード・レイズ。
現実の空が、静かに光を変えた。
まるで、それを祝福するように。




