祈りと呼応 ― レアリスがディアを抱いた理由
それは、まだ世界が静かに揺らめいていた時代のこと。
――レアリスは、“存在したかった”。
この世界を観測し、守り、均衡を保つためだけに創られた“秩序の概念”。
本来、そこに意思も感情も宿るはずはなかった。
だが、永遠の孤独の中で、彼女は気づいてしまったのだ。
自分が見ているこの世界は、あまりにも美しいと。
風が草を撫でる音も、水が石を打つ響きも、
命が生まれ、朽ち、また芽吹くその循環さえも、
愛おしくてたまらなかった。
環境でもなく、理でもなく。
レアリスは、この世界を“心”で愛していた。
だからこそ願った。
――誰か、私を、この世界の中に生かして。
――私もこの大地を歩きたい。
――息をして、触れて、笑ってみたい。
その祈りは、やがて形を求めるように魔力へと昇華した。
レアリスは無意識に、自らの魔力で“生命”を創り出し始める。
祈りを捧げる少女のような分体。
黒き翼を持つ悪魔のような分体。
全身に牙をもつ獣の分体。
そして、どれもが美しくも、どこか歪な存在たちだった。
彼らはどれも“レアリス”であり、“レアリスではなかった”。
なぜなら――そのどれもが「破壊の衝動」を宿して生まれてしまったからだ。
レアリスが望んだのは“生”だった。
けれど世界が与えたのは、“死と破壊の属性”だった。
だから、彼女は創っては泣き、壊しては祈った。
永遠にも似た孤独の中で、ひたすらに願い続けた。
――誰か。
――私を、この世界に在らせて。
その声は、静かに。けれど確かに、届いていた。
遠く離れたジュラの森で、生まれたばかりの小さな存在――ディア。
彼女は理由も知らぬまま、胸の奥で“何か”に呼ばれていた。
ダレカ ニ ヨバレタ。
その呼び声の意味も、行き先もわからない。
けれど、胸を焦がすような温もりが確かにそこにあった。
ディアはその声に導かれ、森を進んだ。
倒れ、起き、傷つきながらも、ただまっすぐに――。
そして、出会った。
光の中に立つ存在。
それは、この世のものとは思えぬほど儚く、美しく、優しい“祈りの化身”。
レアリスは、微笑んでいた。
そして、彼女を抱きしめるように両腕を広げた。
「……来てくれたの……」
言葉にすることすらおぼつかぬ喜び。
それは“秩序”が“命”を求めた瞬間だった。
ディアの胸に宿っていた飢えと孤独は、
レアリスの膨大な魔力とともに、ゆっくりと満たされていく。
レアリスはその小さな命を、大切に、大切に育てた。
体を与え、心を交わし、三年の歳月をかけて“ひとつの存在”として結ばれていった。
レアリスは体を得た。
ディアは生きる理由を得た。
二人の祈りと願いは、やがてひとつの名に収束する。
――レアリス=ディア。
それは秩序と生命が融合した、世界に二つとない奇跡の存在。
そしてその日、レアリスもディアも涙を流した。
喜びの涙。
救いの涙。
それは、秩序が生命へ還ろうとした最初で最後の涙だった。
残酷にもレアリスは知らなかった。
その願いが、いずれこの世界の理を壊す“厄災”となることを。
さらに残酷にもレイズも知らなかった。
その厄災の根底に、あまりにも純粋で優しい“愛”があることを。
――こうして、レアリス=ディアは生まれた。
世界が祈りを拒んでも。
神が滅びを恐れても。
彼女はただ、願ってしまったのだ。
この世界を、心から愛してしまったのだ。




