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空を裂く者たち


 

 スカイドラゴンの背に立つ三人は、息を呑んだ。

 ――それはまるで、天そのものが怒り狂っているかのようだった。


 遠くの空を裂き、雲を飲み込みながら、無数の光の玉が降り注いでくる。

 それは雨ではない。

 すべてが“魔力”だった。


 膨大なエネルギーの塊が、まるで意思を持つかのようにこちらへ収束してくる。


「おいっ!!まじでやべぇぞ!!」

 ガイルが叫ぶ。

 その声音には、かつて戦場を笑い飛ばしてきた男のそれとは違う、確かな恐怖があった。


「ひとつでも触れれば……っ!」

 ルイスが青ざめた顔で呟く。


 だがレイズは――微動だにしない。

 静かに、片手を掲げた。


 その唇が、低く言葉を紡ぐ。

「――エクリプスフィアー。」


 瞬間、空気が反転した。


 見えない“何か”がレイズの体から広がり、世界そのものが音を失う。

 風が止まり、スカイドラゴンの鱗までもが震える。


「おいっ! なにしてんだ!!」

 ガイルが叫び、魔力を巡らせようとする。

 だが――発動しない。


「……っ!? 魔法が、出ない……!」

 ルイスが神聖術を構えるが、それも同じ。

 光は生まれず、祈りすら霧散する。


 世界から“力”が消えた。


 空を埋め尽くしていた無数の魔力の玉が、一瞬にして霧散していく。

 音も、光も、残らない。


 ただ“無”だけが支配していた。


「お、おい……どうなってやがる……?」

 ガイルが息を呑む。

「レイズさんが……?」

 ルイスも言葉を失っていた。


 レイズはゆっくりと手を下ろした。

「……ああ。全部、消した。」


 その声は淡々としていたが、確かな威圧感があった。

「ごめん、ガイル、ルイス。いまはもう――誰も魔力を使えない。」


 静寂。

 空には、何も残っていなかった。


「ガイル、あっちだ。……あそこから撃ってきてる。向かってくれ。」

 指差す先、遠くの雲の裂け目の向こうに、見えぬ光が蠢いている。


「お、おう……!」

 ガイルが手綱を握る。


「これが……死属性……なんですか……」

 ルイスの声が震える。


 レイズは微笑んだ。

「そうだ。ルイスが持つ神聖属性とは違う。

 死属性は“魔力そのもの”を無に帰す。

 どんなに巨大な力であっても、関係ない。

 そして――おそらくニトは“魔力と精霊の化身”だ。だから、俺には届かない。」


 ガイルが舌打ちした。

「ざけんなよ……! ずるすぎんだろ、それよぉ!」


 レイズは笑う。

「おまえたちも十分ずるいだろ…?」


 スカイドラゴンが吠え、空を裂くように加速した。



同時刻――バルハラの地


 ニトは目を見開いていた。

 手にした杖の赤い宝石が、光を失う。


「……消えた。」


 ジェーンが震えた声で問う。

「な、何が……?」


 次の瞬間、グレンとハルバルドが駆け込んできた。

「もう終わってしまいましたか!?」


 だが、ニトは首を振った。

 その表情からは笑みが消えている。


「……終わってない。消されたんだ。」


 グレンが眉をひそめる。

「消された……? 一体、何が――」


「僕の攻撃が効いてないんだよッ!!」


 声が弾ける。

 その瞬間、場の温度が一気に下がった。


 ニトの瞳が狂気に燃える。

「ねぇ、ハルバルド! レイズってどんな力を持ってるの!?」


 問われたハルバルドは、震える声で答えた。

「わ、わかりません……。

 私では、あの男の“力”を引き出すことすらできずに……完敗しました……。」


 ニトは――笑った。

「すっごい!! ほんとにすごいよ!!」


 その笑顔は、まるで子どものように無邪気で、同時に底知れない。


「何者なんだよ! 早く会いたいね!!」


 そう言うと、彼は地を覆うように魔力を展開した。

 森の木々がざわめき、根を引き抜かれて空に舞う。

 それらが螺旋を描き、巨大な槍へと変貌する。


「さぁ、これも――防いでよね?」


 ニトの笑みが深くなる。

 そして、天空を裂くほどの轟音と共に、

 無数の槍が雷鳴のように放たれた。


「ねぇ、見せてよ。

 “レイズ”ってやつの本気をさ――!」


 バルハラの地が光に包まれ、空と地の境界が消えていく。

 神と人の戦いが、いま始まった。




 轟音。

 空が悲鳴をあげていた。


 スカイドラゴンの背を駆け抜ける風を裂いて、

 巨大な“木の杭”が無数に飛来してくる。

 それはまるで山が投げつけられたかのような迫力だった。


「おい! あれも消せるのかよ!?」

 ガイルが笑いながら叫ぶ。


 その声にルイスが即座に答えた。

「大丈夫です! レイズ様の“死属性”は――最強です!」


 だが、そのとき。

 レイズの顔は真っ青だった。


「……魔力は消せても、木は消せねぇ!!」


「はぁ!? なんだそれ!!」

 ガイルが目を見開く。


 レイズは咄嗟に叫ぶ。

「頼む! 魔力の制御はこっちで消す! あとは――おまえに任せた!!」


 レイズの死属性が発動すると同時に、

 飛来していた杭の魔力制御が切れ、

 まるで意思を失ったように、四方八方へ暴れ飛んだ。


 空が、狂う。


 ガイルは笑う。

「はっ、任せとけよ!!」


 その身体が闇の炎に包まれる。

 空気が焦げる。


「――ディアブロス!!!」


 次の瞬間、黒炎が世界を呑み込んだ。

 木の杭が、一本残らず焼き尽くされ、炭すら残さず消滅する。


 空にはただ、黒い残光が揺れていた。


「ガ、ガイルさん……! それは……!」

 ルイスが声を震わせる。


 ガイルは歯を見せて笑った。

「ぁあ? ディアブロの名前にちなんでつくったんだよ!」


 レイズは呆れたように、しかしどこか感心して呟く。

「やべぇ威力だな……。」


 そして次の瞬間、表情が一変する。

「――いまので、気づかれちまったな。」


 ガイルが眉をひそめる。

「ぁあ……。」


 その言葉の意味を、全員が理解していた。

 “生きている”ことを、相手に知らせてしまったのだ。



バルハラの地


 ニトは震えていた。


「な、なんで……? あいつ……生きてる?」


 ジェーンが駆け寄る。

「いったい今度はどうしたというの!?」


 ハルバルドとグレンも到着する。

「さすがに終わりですか!?」


 だがニトは、笑っていた。

 その笑みは狂気と興奮の混ざったものだった。


「アハハハハ!! どうやったの!?

 あの印は消えるわけがないのにさぁぁ!!」


 グレンの顔色が変わる。

「まさか……レイズという男、魔力を――魔法を消せるのでは……!?」


 ニトの動きが止まる。

「……は?」


 その目に焦りの色が宿る。

「魔力を、消せる……?」


 ジェーンが問う。

「どうしたの、ニト!?」


 ニトは叫んだ。

「レイズは――“死属性”を使ってる!!!」


 その場の全員が息を呑む。


「まさか……死属性……!?

 それは劣印の中でも“存在してはならぬ力”のはずでは……!」

 グレンが叫ぶ。


「どこにそんな力が……!」

 ハルバルドも声を上げた。


 ニトは笑いながら答える。

「違うよ……あの力は、この世界でもっとも“あっちゃいけない”力なんだ。

 とうの昔に封じられ、誰も使えないはずだったのに――

 あの男は、使い方を見つけちゃったんだよ! ほんとにすごい!!」


 ジェーンが青ざめた。

「じゃあ……ニト様の魔力も、精霊の力も……」


 ニトは笑う。

「うん、効かない! 本当にやばいかも!! アハハハハ!!!」


 笑っていた。

 だが、その笑みの奥には、確かな“焦り”があった。


「なにを笑っているんだ!!」

 ハルバルドが叫ぶ。

「どうするんだ!! ガイルも、レイズも――どっちも化け物だぞ!? 本当に勝てるのか!?」


 ニトの笑みが、音もなく消えた。

「……うるさいな、君。」


 その一言に、空気が凍る。

 ジェーンもグレンも息を呑む。

 ニトが“本気で怒った”と理解した。


 沈黙を裂くように、ニトが立ち上がる。

「魔力が効かないなら――こうやって戦えばいいのさ!!」


 その身体から放たれた魔力が大地を揺るがす。

 周囲の山々が悲鳴をあげるように崩れ落ち、

 ニトは巨大な“魔力の腕”を形成した。


 その手で、山を――握り潰す。


 大地が鳴動する。

 握りつぶされた岩と砂利、木々が混ざり合い、

 ひとつの“巨大な塊”となって宙を舞う。


 ニトが笑う。

「ほら、これなら――消せないでしょ!!」


 振りかぶり、投げ放つ。


 山そのものが弾丸のように放たれた。

 砂塵が天を覆い、岩片が弾丸の雨のように降り注ぐ。


 バルハラの地が、再び戦場と化した。


「さぁ――“死”に勝てるか、見せてよ!!!」


 ニトの咆哮が響く。

 その声は、もはや神の怒りではなかった。

 それは、純粋なる“好奇”――未知への渇望だった。



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たくさんの方に読んでいただき、本当にありがとうございます。 完結済の長編です。レイズたちの物語をぜひ最初から。
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