スカイドラゴンの上にて
風が、裂かれる。
雲を貫き、蒼穹を駆ける巨体の背で――三人は沈黙していた。
そして最初に笑ったのは、レイズだった。
「なぁ、ガイル。」
「……なんだよ。」
振り返るレイズの瞳には、どこか懐かしむ光が宿っていた。
「どこを見てもさ、こんなに強い仲間を持つ物語なんてないんだ。」
ガイルは鼻を鳴らす。
「あ? いきなり何いってんだ、きめぇぞ。」
ルイスは苦笑しながらも、レイズの言葉の真意を悟っていた。
彼が語ろうとしているのは――過去ではなく、未来のことだ。
「ガイルに、グレサス……それにウラトス。
おまえら、本当に強すぎる。バランス壊すくらいにな。」
「おまえがそれ言うと嫌みにしか聞こえねぇ。」
ガイルが舌打ちし、ルイスが口を開く。
「レイズ様……その話は、“未来”のことですよね。」
「ああ。……まず最初にルイスが死ぬ。」
風が、一瞬止まったように感じた。
「そして次に俺。ウラトスが死んで、レオナルディオが死んで、
グレサスが死んで……リオネルも逝く。
寄り道すれば、ディアブロも死んで、
最後に――おまえが死ぬんだ、ガイル。」
「……意味がわかんねぇ。なんで死んだおまえが未来を知ってんだよ。」
レイズは苦く笑う。
「俺は“レイズ”の記憶じゃなくて。
――ルイス、おまえの、これから生まれる子の記憶を持ってる。」
「私の……? そしてその子の名は、どうして“カイル”だったんですか。」
レイズは肩をすくめる。
「ルイスがつけた名前だろ…でもなんか、ガイルとカイル。似てるよな。」
「はあ? なんでそいつのガキが俺の名前みてぇなんだよ。」
「……たぶん、似てたんだ。
ガイルもカイルも、どこか繋がってたのかもしれねぇ。
けど、交わることはなかった。
ルイスは多くを語らずに逝ったから、俺にも全部はわからない。」
空気が重く沈む。
けれどその沈黙は、どこか温かかった。
「もし……レイズ様の知る未来で、帝国が滅んでいても、
子が生まれて、システィーがもういなかったとしたら……
私はきっと、真実を子に話すことはなかったでしょう。」
「……だよな」
レイズは微笑み、蒼天を見上げた。
青の果て、永遠の空を――。
「こうしておまえらと同じ景色を見てるのが、なんか嬉しいんだ。
カイルもきっと、ガイルとルイスとこうして空を見たかったはずだ。」
ガイルが笑う。「いきなり変な話すんな。」
「はは、そうかもな。……でも、俺はいま満たされてる。」
そう言って、レイズは真っ直ぐな声で告げた。
「ガイル、ルイス。――おまえら、絶対に死ぬなよ。」
風が荒れ、空気が鳴る。
ガイルは笑い飛ばす。
「クハハ! これから死ぬかもしれねぇってのによ!」
「ガイルさん! そんな縁起でもないこと言わないでください!」
ルイスが焦り、ガイルが笑い、
レイズはただ、その光景を胸に刻むように目を細めた。
「……もう少しで着くぞ。
あいつ、気をつけろよ。いきなり背後に立ってくるぜ。」
「心配いらない。俺たちが近づいてるのを、ニトにはわからない。」
「なんでだ?」
レイズはゆっくりと息を吐いた。
「――死属性を全開にしてるからな。」
その一言に、ガイルの瞳が鋭く光った。
傷ついていたディアブロを思い出した。
“あの時、魔法がまったく通じなかった理由”――。
「死属性……。おまえ、それでディアブロを倒したんだよな?」
ルイスは驚きの声をあげる。
帝国では“死属性”は“無能”と烙印を押されるはずの力。
だが、その“無”こそが、世界を変える力だった。
「俺の物語は死属性から始まって、死属性で終わる。
存在を隠し、消すこともできる。……それが無だ。」
「さてと……とっておきってやつを、ニトに見せてやるか。」
「おい、じゃあおれの時は手加減してたのかよ!?」
「さぁな。」
笑いながらも、その笑みの奥には確かな決意が宿っていた。
スカイドラゴンが大海原を裂き、天を駆け抜ける。
死の気配を纏うその軌跡は、誰にも見えず――。
だが、だからこそ、
“何かが消えている”という違和感を、遠く離れた者が感じ取っていた。
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その頃――聖国にて
ニトは首をかしげていた。
「んー……なんか変なんだよね。」
杖を回しながら、空を見上げる。
グレンが問う。「どうされました、ニト様。」
「何も見えない。でも……僕の領域を抜けてくる“何か”がいる。」
ジェーンが息を呑む。
「こっちに向かってきているのですか……?」
「うん。でも、そいつに魔力が消されてて、辿れない。行きたくても行けない。」
その声音には、いつもの軽さがなかった。
だから“警戒して”――その一言に、二人の背筋が凍る。
ニトが“警戒”を口にするのは、初めてだった。
「何だろう……僕の“見えない”なんて、久しぶりだな。」
空気が揺れ、空が震える。
ニトは静かに手を掲げ、
赤い宝石のはめ込まれた杖を握りしめた。
彼の目に、初めて“不安”が宿る。




