決断と出陣
沈黙を破ったのは、やはりガイルだった。
「おい、レイズ。聞きてぇことがある」
低く響くその声に、場の空気が一瞬で張りつめる。
「俺とルルについて……あれは消えたんだよな? じゃあ、ニトはいま何を考えてやがる?」
レイズは少しの間、遠くを見た。帝国の空には、薄い雲が流れている。
「んー……たぶん、ガイルもルルも死んだって思ってるんじゃないか。ニトは…俺の能力を知らないだろうしな」
グレサスが薄く笑った。
「実際、死んだも同じだろ」
「ぁあ? てめぇ、何抜かしてんだ?」
ガイルが睨みつける。
「やめろ」レイズが間に入り、声を落とした。
「いまお前らが争ってる場合じゃねぇんだ」
ルイスが口を開く。
「ガイルさんが“殺された”と思われているということは……
きっと、レイズさんが“殺した”と思われているのでは……?」
レイズは短く頷いた。
「だろうな。そして、あいつの次の標的は……たぶん俺だ」
その場に重い沈黙が落ちた。
ガイルは唇を吊り上げて笑う。
「おい、ずらからねぇのかよ?」
レイズは静かに首を振った。
「俺が逃げたら、あいつが何をするかわかんねぇだろ」
「ハッ、そしたら帝国の人間どもは皆殺しだろうがよ!」
「そんなことは困ります!」とルイスが声を上げる。
レイズは彼の肩に手を置いた。
「安心しろ。逃げるつもりはない。……むしろ俺は、先にニトに会いに行くつもりだ」
その言葉に、グレサスの目が細くなる。
「ほう。つまり聖国を潰すつもりか」
「ちげぇよ」レイズは即座に否定する。
「ニトの目的を知ること。そして、いま俺たちが争ってる場合じゃねぇってことを伝えるんだ」
ガイルが腕を組み、にやりと笑った。
「ならよぉ、話は早ぇ。俺とてめぇで行くか? スカイドラゴンに乗りゃ、聖国までひとっ飛びだ。戻ってくるのも早ぇ」
「……そうだな。それが一番手っ取り早い」
レイズの言葉に、空気が動く。
「じゃあ、俺とガイルは決まりだ」
レイズは皆を見回す。
「リオネルとグレサスは先に王国へ戻ってくれ。ディアに備えてほしい。世界樹への避難を呼び掛けて、アルバードで落ち合おう」
ルイスが一歩前に出る。
「私はどうすれば?」
「ルイスは、俺とガイルと一緒に行く。ニトが戦場を選ぶなら、最初は帝国だ。……なら、お前が黙っていられるはずがねぇだろ?」
ルイスは力強く頷いた。
「はい! わかりました! ガイルさん、よろしくお願いします!」
そのやり取りを見て、グレサスが不満げに腕を組む。
「ふん、私も行く」
「ぁあ? てめぇは来んな!」ガイルが吠える。
「俺は王国と手を組むつもりはねぇ!」
「腰が抜けた貴様なんぞが行っても戦力にはならん」
グレサスは鼻で笑った。
「それにルイスは私の弟子だ。私がそばにいなくてどうする」
リオネルが一歩進み、静かに口を開く。
「ガイル様。貴方が王国を憎む理由は承知しています。……それを水に流せとは言いません。
ですが、我々も貴方の仲間を守るために、いまだけでも協力させてください」
リオネルは深く頭を下げた。
ガイルは舌打ちをして、そっぽを向く。
「くそが……てめぇもかよ」
リオネルは微笑む。
「グレサス、ここはレイズ様たちに任せましょう。私たちは王国でやるべきことがある。
貴方がいるのといないのとでは、国民の安心は大きく違う。だから私と王国に行きましょう」
グレサスは短く沈黙したのち、ふっと笑った。
「……ふん、だがもしルイスになにかあれば、容赦はせんぞ」
レイズは頷く。
「あぁ。ルイスもガイルも、必ず連れて帰る。だから頼んだ。時間がないんだ」
その言葉に、全員がうなずく。
ようやく決意がまとまった。
こうして、行動が始まる。
グレサス、リオネル、システィーヌ、ルルたちは王国へ。
そして、レイズ・ガイル・ルイスはスカイドラゴンに跨がり、聖国へ向けて旅立つ準備を
別れ際、ルイスはエルビスに一通の伝令を託す。
「帝国で一大事が起きる。……それに、幽閉されている父上や兄上、姉上も。どうか、避難の手をお願いします」
エルビスは蒼白な顔で頷いた。
「わかりました……すぐに動きます……!」
だがルイスは知らなかった。
その“兄と姉”こそが――
ニトを動かす、真の理由になることを。
一方そのころ、元エルフの聖地アストリア。
世界樹の頂から、風を読んでいた影がひとつ。
フェイフィアだった。
「……ガイル様の魔力……? 帝国で……戦っている……?」
彼女は迷うことなく立ち上がった。
その背後には、数十の魔族が跪いている。
「皆、行くよ。ガイル様を助ける」
その声に応じ、黒き翼が一斉に広がった。
こうして、それぞれの思惑と運命が――
聖国という一点へと、静かに収束していくのだった。




