黒炎と死属性 ― 王者を決める一撃 ―
ガイルが剣を振るった瞬間、空気が震えた。
黒炎が噴き上がり、レイズの身体を飲み込むように吹き荒れる。
その光景は、まるで天地が逆転したかのようだった。
視界が黒で満たされる。
灼熱と闇が混ざった炎が世界を焼き尽くす。
だが――レイズは、動じない。
静かに剣を一振り。
死属性の無効化が発動する。
黒炎はまるで風に溶ける霧のように霧散し、視界が一気に開けた。
しかし、そこにガイルの姿はない。
気配だけが――頭上。
次の瞬間、空から黒い閃光が振り下ろされた。
剣を掲げたガイルが、重力と炎を纏いながら突き刺さるように降下してくる。
レイズはそれを、軽やかに受け止めた。
剣と剣がぶつかり、鈍い音が大地を震わせる。
火花が走る。
互いの魔力がぶつかり合い、空気が軋む。
レイズは一瞬の隙を見て、もう片方の手でガイルの腕を掴み、蹴り飛ばした。
黒い外套が宙に舞う。
ガイルの剣が手から離れ、土に突き刺さった。
レイズはその剣を拾い上げると、迷いなくガイルへ投げ返した。
金属音が響く。
キャッチしたガイルは、息を弾ませながら苦笑する。
「てめぇ……くそ、強くなってんじゃねぇかよ……」
レイズは息を整え、静かに応じた。
「ぁあ。お前に負けたからな。」
その言葉には、三年前の記憶が滲んでいた。
かつて敗れた者が、勝者に挑む時の静かな炎――。
再び、レイズが剣を構える。
今度は彼が攻める番だった。
踏み込む。
地を割るほどの踏力。剣閃が空を裂く。
ガイルは風を纏い、すばやく跳ね退いた。
足元に風の渦が生まれ、砂塵が舞う。
そのままガイルは地面に転がる石を掴み、魔力を込めて次々と弾丸のように撃ち放った。
数十発の魔弾が空を埋め尽くす。
だが――レイズの剣は、すべてを断ち切る。
光が走る。
魔弾が触れる前に、音もなく両断されて消える。
その剣速は、もはや目で追えぬほど。
ガイルが息を吐く。
「さすがに……もう通用しねぇよな。」
その口元には、敗北ではなく嬉しさの笑みが浮かんでいた。
レイズは淡々と答える。
「欠点は、補う必要があるだろ。」
そう告げると、空気が急激に冷えた。
次の瞬間、白い霜が地を覆い始める。
氷属性の魔力がレイズの周囲を支配していた。
吹雪のような冷気が世界を塗り替える。
黒炎の跡すら凍り付く。
「……魔法の腕も、上がってんのかよ」
ガイルは苦笑しながら、足に炎を纏った。
火の籠が爆ぜ、迫る氷を弾き飛ばす。
凍気と熱がせめぎ合い、空が鳴動した。
ガイルは再び剣を振るう。
今度は光と地を込めて。
閃光が空を裂き、重力を帯びた斬撃が横に薙ぎ払われる。
だが、その斬撃をレイズは蹴り飛ばすように腕を弾き、死属性を纏った刃で反撃した。
黒と白の光が交錯する。
ガイルの身体が大地に叩きつけられ、土煙が舞い上がる。
それでもレイズは止まらない。
剣を振り下ろし、ガイルの腕を切り裂き、足で背を踏みつけた。
ガイルは黒炎を爆発させようとしたが、レイズの死属性の前では炎が瞬時に掻き消える。
圧倒的な力の差。
ガイルは、完全に動きを封じられた。
「なんだよ……これは……」
荒い息の中、笑うしかなかった。
「お前……くそつえぇじゃねぇかよ……」
レイズは淡く息を吐いた。
「ぁあ。クリスにも勝てるようになったからな。」
その言葉を聞いた瞬間、ガイルの表情が凍り付く。
“あの”クリスに勝った――その一言は、すなわち。
グレサスもガイルも、クリスすらも。
最強と呼ばれた三人を、彼は越えたという証だった。
三年。
わずか三年で、そこまで辿り着いた男。
戦場の少し離れた場所で見守っていたグレサスが、ゆっくりと息を漏らした。
「……ウラトスすら越えてるな、あれは。」
それは彼が初めて他者に向けた称賛だった。
リオネルも頷き、穏やかに笑う。
「はい。レイズ様は、本当に強くなりました。
私も一緒に鍛練を続けてきましたが……クリス様が敗れるところ、何度も見ていますから。」
ルイスはただ、立ち尽くしていた。
これまで最強だと信じていた者たちを、すべて越えてしまった現実。
そして、自分が一度でもこの男に挑んだことを思い出し、静かに苦笑する。
「ハハハ……本当に、強すぎますよ……レイズ様……」
静まり返った大地の上に、風が吹いた。
氷の欠片が舞い、黒炎の残滓が消える。
システィーとリオネル、そしてこの場にいないクリスだけは知っていた。
この男――レイズ・アルバードは、
もう誰にも負けない。
ゆえに彼らは敬意を込めて、こう呼ぶのだ。
――レイズ様。と




