ニトVSガイル
彼は椅子に腰掛け、退屈そうに足をぶらつかせている。
その笑顔は子供のように無邪気で――だが、どこか不気味な光を宿していた。
「さてと、話もまとまったし。」
ニトは立ち上がると、手を軽く叩いた。
「ほんとに……久々に“見に行く”としようか?」
ハルバルドの背筋に、冷たいものが走る。
この存在は――人ではない。
それをようやく、理解してしまったのだ。
「も、もう行くのですか……?」
「うーん、行くよ。」
ニトは笑いながら天井を見上げる。
「でもさ……なんか、こっちに向かってきてるね?」
「――え?」
ジェーンが顔を上げる。
「何を……見ているのです、ニト様?」
「んー……なんだろうね。人でもないし、魔族でもない?」
ニトは目を細め、指先で空を差した。
「面白そうだから、話を聞いてくるよ。」
そして、指を鳴らす。
一瞬で、彼の姿は霧のように消えた。
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同じ頃。
聖国の南方上空を、一頭の巨大なスカイドラゴンが飛んでいた。
その背には、ガイルとルルの姿がある。
「クハハハ!!」
風を切りながら、ガイルは吠えた。
「俺はこの地で新たな目的を見つける!! 誰にも止められねぇぜ!!」
「いきなり攻撃とか、だめですよ!?」
ルルが後ろから叫ぶ。
「そんなことはしねぇ!」
ガイルは笑いながら前を見据えた。
「ただ少しだけ、“聖なんちゃら”って国の奴らのツラを拝んでやるだけだ!」
「ふーん?」
背後から軽い声がした。
「でも、僕が先に拝みにきちゃったね?」
ガイルが即座に振り返る――そこにいた。
スカイドラゴンの背中、彼らのすぐ後ろに、いつの間にか“もう一人”座っていた。
「なっ……!? てめぇ!!」
ルルが息をのむ。「い、いつの間に……!」
「こっちに向かってきてるみたいだったから、会いにきちゃった。」
ニトが微笑む。
その笑顔に、ガイルは直感した。――こいつは、“本物にやべぇ”。
「ルル!! 俺の後ろに隠れろ!! スカイドラゴン!! すぐに降りろッ!!」
ルルを抱えたガイルは、竜の背から飛び降りた。
着地と同時に、全身から黒炎を放つ。
「ルル! いいか、絶対に振り返るな! ここを離れろ!!」
ルルは唇を噛みしめ、後ろ髪を引かれるように走り去った。
彼女は悟っていた――あの少年は、ガイルすらも敵わぬ存在だと。
ガイルの前に、ゆっくりと降り立つニト。
風が止まり、空気が凍りつく。
「すっごい魔力だねぇ。ねぇ、君なに? 人だよね? なんで?」
「てめぇ……何者だ。」
ガイルの声が低く響く。
「僕? 聖国の騎士、ニトだよ?」
「ふざけんな!! なんでおまえみたいなのが“騎士”なんだよッ!!」
「本当なんだけどなぁ。」
ニトは肩をすくめると、一瞬でガイルの目の前に現れた。
「ねぇ、君は魔族と仲良しの人?」
「ふざけんなぁぁぁ!!!」
ガイルの拳が黒炎をまとい、一直線にニトへ突き刺さる。
炎が爆ぜ、衝撃が地面を砕いた――だが。
「質問に、答えて?」
貫かれたはずのニトが、微笑んでいた。
ガイルの背筋が粟立つ。
“死なない”。――それが、目の前の存在の異常さを物語っていた。
「話になんないなぁ。」
ニトが片手でガイルの首を掴み、地面に叩きつけた。
大地が震え、砂塵が舞う。
「あ、さっきのエルフに聞けばわかるかな?」
ルルの逃げた方角へと視線を向けるニト。
だが、その腕をガイルが掴んだ。
「てめぇ……ルルのとこには……行かせねぇッ!!」
「へぇ……すごいね。君、ほんとに強いんだ。」
ニトの声が僅かに弾む。
「じゃあ、もう一度質問ね。君は人の敵? 魔族の敵?」
「ふざけんなッ!! 俺は魔族の仲間だッ!!」
「そっか、よかった。」
ニトの瞳が愉悦に輝く。
「じゃあ、もっと人を殺さなきゃね。」
「な……に……ッ!?」
「君が殺さないから、僕が動くんだよ。」
ニトの指が軽く動いた瞬間、見えない鎖がガイルの身体を絡め取った。
地を抉るほどの力で抵抗するガイルだが、束縛はほどけない。
「責任、取ってよ?」
ニトの笑顔が冷たい。
「人を殺して? そうしないと……そうだね、あのエルフを殺す?」
「やめろ……やめろぉぉぉ!!」
黒炎が爆発する。
だが、その炎を、ニトは“指先ひとつ”で消した。
「バランスが崩れると、こうなるんだよ。」
ニトの声が響く。
「君たちが、世界を“穢した”。」
地が裂け、魔力が逆流する。
ガイルは地に伏し、荒い息を吐いた。
見上げたその先で、ニトは静かに微笑んでいる。
「僕はね、世界を守る。――この、歪んだ秩序を、正すために。」
それは神の声にも似た、恐ろしい宣告だった。
聖国の“秩序の化身”、ニト。
本来なら動くはずのない存在が――いま、世界の均衡を壊すために歩き出したのだっ




