決まる方針
グレンの言葉が静寂を切り裂いた。
「法王にはお伝えしました。……返事は、“我らに任せる”とのことです。」
会議室の空気が一瞬止まる。
重厚な石壁の中、沈黙が冷たく張りつめていた。
「そ、そんな……!」
ハルバルドは椅子から立ち上がり、拳を握り締めた。
「それでは、我らが……あの魔族と王国の連合に勝てるとは思えません!!」
彼の声が、焦燥と恐怖の混ざった響きを放つ。
ピスティアは兄の隣で小さく震えていた。
だが――その緊張を切り裂くように、軽い笑い声が響いた。
「なんで“勝負”の話になってるのさー?」
ニトだった。
彼は椅子の背に身を預け、机の上で指をトントンと鳴らす。
その笑みはいつもどおり無邪気で、しかし――底知れない。
「ねぇハルバルド王子?」
ニトが首をかしげながら、子供のような声色で続ける。
「君の頭の中って、戦うか負けるかの二択しかないの? ほんとに?」
ハルバルドは言葉を失った。
その無邪気な調子が、むしろ心をざわつかせる。
「……我々は、戦いを求めているわけではない。」
グレンが割って入るように言った。
「しかし、もし王国と魔族の結託が真実であれば、聖国も黙ってはいられません。」
「へぇ~。じゃあ、聖国は“正義”ってやつを背負って戦うの?」
ニトは軽く笑い、椅子を回す。
金の髪が揺れ、光を反射した。
「……何が言いたい。」ハルバルドが低く問う。
「我々は正義を掲げて戦うわけではない! だが、理不尽に滅ぼされた帝国の無念を晴らすことは――」
「はいはい、そういうの飽きた。」
ニトはあくびをするように言葉を遮った。
ジェーンが思わず眉をひそめる。
「ニト様、あまりにも無礼です。彼らは――」
「ジェーン?」
ニトの声が一瞬だけ低くなった。
空気が、変わる。
その瞬間、ジェーンは反射的に口を閉ざした。
ニトは再び笑う。
「僕たち聖国が“誰かのために”戦うと思ってるの? そんな時代、もうとっくに終わってるよ?」
ピスティアが息を呑む。
「では……いったい何のために……?」
ニトは彼女の方を向き、にっこりと笑った。
だがその瞳は、どこまでも冷たかった。
「世界を、綺麗にするためだよ。」
「……綺麗に?」
ハルバルドが思わず繰り返す。
「そう。」
ニトは立ち上がり、机の上の書類を一枚指先で弾く。
「人も、魔族も、混ざり合って腐りかけてる。放っておいたら全部、濁っていく。
だから、少し“掃除”をするんだ。」
笑っていたはずの声が、いつしか冷たい刃に変わっていた。
ジェーンもグレンも、その場で息を詰める。
「掃除、とは……つまり……」
グレンが絞り出すように問う。
「簡単な話だよ。」
ニトの笑みが深まる。
「魔族と繋がる者は、全員殺す。それだけ。」
ピスティアの顔が青ざめた。
ハルバルドは立ち上がろうとしたが、足が震えて動けない。
「ちょ、ちょっと待て……! そんなことをすれば……!」
「だから言ったでしょ?」
ニトは目を細めた。
「勝つとか負けるとか、そういう話じゃないんだよ。
僕たちは、“間違いを正す”。
それが、神の秩序を守る者――聖国の役目だ。」
沈黙が落ちた。
ハルバルドも、ピスティアも、何も言えなかった。
その“正しさ”が、あまりにも狂気じみていたからだ。
「さぁ、決めようか。」
ニトは指を鳴らし、机の上の蝋燭の火をゆらめかせた。
「君たち帝国の残り火が、僕たちの掃除に協力するのか。
それとも――灰になるのか。」
ハルバルドの喉が、乾いた音を立てた。
この少年が、聖国の頂点――“法王の代理”などではない。
この国そのものを動かす、“秩序の化身”なのだと。




