うん。悪くない。
屋敷へ戻ると、真っ先にリアナが駆け寄ってきた。
「レ、れ……当主様!! なぜそのようなことに!!」
彼女は慌てて「レイズ様」と呼びかけようとしたが、「当主様」と言い直した。
「……は??? 当主?? え、俺……当主なの?」
一瞬、頭が真っ白になる。
だが次の瞬間には落ち着きを取り戻し、低い声でカッコつけて答えた。
「まぁ……軽い運動をしていただけだ」
その言葉にリアナは目を輝かせ、両手を胸に当てて言った。
「さすがです……!」
羨望と尊敬が入り混じった眼差しに、俺は内心ニヤリとした。
(……うん。悪くない)
そこへ、もう一人のメイドが慌てて駆け寄ってきた。
「と、当主様! お召し物が……! お風呂を沸かしておりますので、どうかそちらへ先に……」
俺は彼女を見て、首をかしげた。
「……あれ? 君は?」
その顔は、リアナとそっくりだったからだ。
リアナが慌てて答える。
「わ、わたしの妹の……リアノです!」
「あぁ……リアノか。ありがとう。では、私はお風呂に入るとしよう」
何気なくそう言っただけだった。
だがリアノは目を丸くし、頬を赤くして慌てて答える。
「は、はいっ! こちらです……!」
心臓の鼓動が早くなるのを、リアノは抑えきれなかった。
(レイズ様が……わたしに“感謝”を……?)
――使用人たちにとって、レイズは冷たく恐ろしい存在だった。
理不尽で、わがままで、手のつけられない暴君。
だが今目の前にいるレイズは違う。
ぶっきらぼうで素直ではないにせよ、確かに“優しさ”を感じさせる。
「……昔の、あの頃のレイズ様だ」
リアナとリアノは、胸の奥でそう確信した。
だが――当のレイズ本人は、そんなことを知る由もなかった。
脱衣室に到着した俺は、さっさと服を脱ぎたかった。
……のだが、脱げない。
理由は一つ。なぜかリアノが後ろに立っているからだ。
「その……リアノさん?」
「はいっ!」
「なんでついてきてるの? 恥ずかしいから、あっち行ってくんない?」
リアノは真剣な顔で首を振った。
「そ、そんな……! 私は気にしません!」
「いや、どう見ても俺が気にしてる場面でしょうが!!」
声を荒げて突っ込む俺。
「とにかく、見せたくないの! 出てって!」
リアノはしゅんと肩を落とし、しぶしぶ脱衣室を出ていった。
(……なんなんだよ。こいつら、非常識すぎるだろ……)
ため息をつきながら、ようやく衣類に手をかける。
するすると簡単に脱げていく。
(ん……?)
違和感があった。
最初は窮屈に感じていたはずの服が、今は驚くほどスムーズに脱げたのだ。
「……う、嘘だろ。もう痩せたのか……!?」
思わず拳を握りしめ、喜びを噛み締める俺。
だがこのとき――
「非常識」なのはリアノでも屋敷の使用人たちでもなく。
……むしろ俺自身の方だということに、レイズはまだ気づいていなかった。