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負けヒロインは負けてない

作者: Mini

夕日が差し込む教室…日中は暑いのに朝方と夕方から夜にかけては少し肌寒い季節。

本日最後のHR(ホームルーム)が終わり、チャイムが鳴る。ぞろぞろと荷物をもって部活に行く人や、帰りの準備をし始めていた、

そして一人の少女は…隣の席の男子に話しかけていた。

「ねぇ…よかったら一緒に帰らない?」

少女の名前は長谷川 可憐(はせがわ かれん)。彼女の容姿は黒く長いさらさらな髪の毛で瞳は真っ赤なバラのような瞳。女の子にしては背が高く、成績も優秀。彼女は街を歩けば男女問わず振り返る…まさに高嶺の花…いや!…可憐なのような存在だ。

話しかけられた男子は少し…頬を赤らめながら頷く。

「う…うん、俺でよければ」

男子の名前は「工藤 凪(くどう なぎ)…彼女と比べれば容姿がものすごくいいというわけではない…なんなら普通と言われる部類の人間だ。黒い髪に真っ青ではなく少し黒が混じった瞳。人前で話すこともあまりなく穏やかで物静かな性格…まさに凪のような男子。

当然…高嶺の花と言われる女子が誰かに話しかけていると教室はざわつく。

「え!?可憐さんが!?」

「話しかけられてるのって凪だよな!?なんで…」

「俺も一緒に帰りてぇ~」

二人にも会話は聞こえているし、なんなら嫌味も含まれているというのもわかっている。

それでも可憐は教室からの視線、声に怯むことなく髪の毛をファサッとさせ視線を教室のドアに向けながら言った。

「…そ。それじゃあ先に下駄箱に行ってるわ。」

可憐は凪にそう告げて教室の後ろ扉からを出て、凪はその後ろ姿を見ているだけだった。

すると、教室の前の扉にいた一人の男子が凪の方に近づ手を肩に回してからかうように話しかける、

「おい凪…お前って可憐さんのこと好きなのか~?」

肩に回している手と逆の方の手で拳を作り、横腹をぐりぐり。凪は痛い痛いといいながら手を横に振り答える。

「いやいや、好きとかじゃ…」

「そんなこと言ってお前かお赤いぞ~?ん~?」

「ほんと、そんなんじゃないから!」

これ以上話してもらちが明かないと察し、凪はその手を振りほどき慌てふためきながら教室を出て行った。

下駄箱に向かう途中の廊下で凪は頬を赤くしたまま自問自答を繰り返す。

(別に可憐さんが好きってわけじゃないし!)

(でも顔が赤いってことは…)

(いや、これは夕日のせいだし!)

野郎のしょうもないことを自答しながらふと…

「…俺が好きなのは…」

…とぽつりと呟き、頭を左右に振りそそくさと下駄箱に向かう。


その一方で先に下駄箱についていた可憐は…

(やった!一緒に変える約束しちゃった!)

ウキウキだった。本当にものすごくウキウキだった。普段表情を表に出さない可憐なのだが…この時は自分でも表情が柔らかくなっているのを自覚していた。視線が集まっているのを察した可憐はすぐにいつもの表情に戻す―—のだが…

(えへへ~)

無理だった。表情を戻してもすぐに凪の事を思い出し表情が柔らかくなる。恋する乙女の顔をしていた。

可憐自身、凪に対して恋心を持っているという自覚はある。だがしかしその肝心の凪は恋愛感情を持ってないのではと…可憐は思っていた。

(そこもまた…彼のいい所ではあるけど…)

肩を竦めながら心の中でそう呟く。でも年頃の女の子で好きな男子がいるとなれば…いくらそこがいい所といっても振り向いてほしいのが恋する乙女というものだ。

(私の言動に顔を赤くするけど、でもたまに誰かの事を想ってる顔をするのよね)

そう…凪はたまに…悲しそうな顔をする。誰かを想うような…寂しげな表情を見せる時がある。そのことを聞き出したいと思っても聞き出せない自分自身の不甲斐なさ。今まで恋をしたことがない可憐でさえわかる…あれは間違いなく『誰かに恋をしている顔』なのだから…。

そのようなことを考えていると、横から想い人の声が聞こえて肩がビクッと反応してしまう。

「…お待たせ可憐さん、一緒に帰ろうか」

「え、えぇそうね」

すかさず表情を元に戻し、そう返事する。


――――――———————————————————————————————————


隣に並びながらゆっくりと帰り道を歩く。数分の沈黙が続き…二人の間だけ少し気まずい雰囲気が流れていた。

( (何か話さないと) )

思わず二人の声がハモってしまう。

この気まずい雰囲気をどうにかしなきゃと分かっていても、何を話したらいいのかわからない二人。

そしてしびれを切らしたのか…先に口を開いたのは…

「そういえば、テスト…どうだったのかしら?」

「あぁ、うん…まぁぼちぼちかな。可憐さんは?」

「私はいつも通りかしらね」

ぎこちない会話が始まった。本当に夕日のせいなのか夕日は関係ないのか…耳の先端が少しだけ赤くなっている二人。

(やった!凪くんと話せてる!)

(先に会話させちゃった…すごい申し訳ない…)

話せて楽しい、幸せそうにする可憐と男なのに女の子に先に話させてしまって罪悪感でいっぱいな凪。なんとも初心なカップルみたいなやり取りをしていたのだが…可憐は今、この時がチャンスだと思い、恥ずかしそうに髪先をくるくるといじりながら不安そうに問うた。

「そ…その、凪君って好きなことかいるのかしら?」

「……っ!?」

思いがけない質問が来たのか、凪はあからさまに頬を赤くして目を見開く。その反応を見るまでもなく見ていた可憐は肩を竦める。

(やっぱ…好きな人いたんだ)

反応でなんとく察していた…それでも即答していないと答えてほしかった。いないと答えられたらまたいつものように一緒に帰ろうと言っていた。けれど…実際は違った。可憐が凪に質問し、その沈黙は数秒のはずなのにものすごく長く感じていた。それはそうだ。今…この瞬間失恋したも同然なのだから。それでもまだ…いないと答えてくれるかもしれないと…そう言い聞かせる自分がいた。

凪は驚きのあまり数秒固まってしまったが…これは話さないといけないと思い、覚悟を決めた。

「可憐さん…少し、近くの公園に寄らない?」

「公園?…えぇ、まぁいいけど…」

そうして二人はすぐ近くの公園のベンチに座る。可憐は何を言われるのだろうと内心ドキドキしながら凪の顔をちらっと見る。

(かっこいい)

思わずそう思ってしまい、心の中の自分を殴り飛ばす。

(今はそんな雰囲気じゃないでしょ!…でも…)

凪は夕日の方を見つめていた。可憐からしたらその顔でさえもものすごくかっこよく感じた。

「俺…さ、好きな人いたんだ。ものすごく昔だけど」

「…」

「その子はすごく華奢な子で、それでいて笑顔が可愛くてさ…」

「…そう…」

気が付けば…涙が出てしまっていた。自分から聞いた質問なのに…彼から出てくる言葉に対して逃げたくなって、耳を塞ぎたくなった。

「10年前くらいの話なんだけどね…一度しか会った事がない名前の知らない彼女。俺はずっとあの子に恋心を抱いてしまっているんだ」

「…っ!?」

頭を掻きながら恥ずかしそうにするその姿を見て…もう、諦めないといけないといけないと思ってしまった。

「だけど10年前の事だし、もうそろそろ諦めようと思ってるんだよね」

「……え?」

視線を彷徨わせながら話す凪。可憐の涙が頬を伝ってベンチにポタっと…落ちる。目を見開き…最初は何を言ってるのかわからなかった。

「一回しか会った事がないしさ、多分もう会えないよ」

「もし、その子に会ったらどうするの?」

「そうだなぁ…その時になってみないと分からないけど、きっと恋愛感情では見ないだろうね」

夕日を見ながら語る彼の顔は…どことなく悲しそうに見えた。もう一度でいいから会ってみたいと思っているように…可憐は感じた。

「だから、さっきの可憐さんの問いに答えるなら好きな人はいないってことになるかな?」

「…そう…なのかしら」

眉を顰めながら少し怪訝そうにする可憐。凪は誤解を解くように両手を前に出し左右に振る。

「あ~いや違うよ!?もちろんだからと言って好きな人をすぐに作るとかはないよ!?…ただ」

両手を左右に振りながら話していた凪だったがその両手を膝の上に置き…視線をそらす。

「…凪…くん?」

「ただ…誰かに話したらすっきりするって思ったんだ」

「…え…」

「ほら、俺って友達はいるけどものすごく仲がいい友達がいるかって言われたら微妙だし…」

凪は可憐の方を見ながら気まずそうにしながらも優しい笑みを浮かべる。

(何よそれ…私が一番仲いいってことになるじゃない…!)

凪のその表情を見て頬を少し赤くする。

「可憐さんは、最近特に仲良くしてもらってるし…話せるかな~って…」

「…っ!?」

(好きぃぃぃぃぃいいいいい!)

そんなことを言われてしまっては、内なるものが爆発してしまう。諦めかけていたのに…ものすごく好きになってしまう可憐。そしてその凪の言葉を聞き、腕を組みながらフッと鼻を鳴らし、明らかに上機嫌な声を出しながら片眉をあげる。

「ま、まぁあなたの気持ちが整理できたならよかったんじゃないのかしら?」

「ありがとう…おかげですっきりしたよ」

「…そう」

髪先をくるくるといじり、唇を尖らせる可憐。その姿を凪は肩を竦めながら眺めていた。

(すごいわかりやすいな)

凪は上機嫌な可憐ににやりと笑みを浮かべながら質問をする。

「可憐さんは逆に好きな人いるの?」

「…えっ…」

またがピクリと動き、上機嫌だった可憐の顔が下を向く。表情こそは見えないが耳の先が赤くなっているのがわかり、恥ずかしがっているんだなと理解する。

一拍置き、小さく深呼吸をして可憐は凪の方をじっと見つめる。しぱしぱと瞬きをしている凪を見て…可憐は母性がくすぐられていた。

(可愛い可愛い可愛い!あ~今すぐ食べちゃいたい!)

いつもの凛とした表情とは異なり、凪といる時は表情がどうしても柔らかくなってしまう。凪もここ数か月仲良くしてきたからわかっていた。自分にだけ特別な表情を見せるその表情。凪は可憐に先程の話をして昔の恋はきっぱり忘れて、今…自分に向けられている恋と向き合おうとしていたのだ。

「え…えっと、可憐、さん?」

凪は耐えきれなくなり、へなへなしながら見つめてくる可憐の表情を見て話しかけてしまっていた。

…とそのすぐ、可憐は満面の笑みで答える。

「んふ~!な~いしょ!」

「…っ!?」

その笑顔には…既視感があった。10年前…一度だけ会った事のある華奢で笑顔がものすごく可愛いあの子と…重なってしまう。というより、この瞬間に凪は確信してしまっていた。この子が…この長谷川 可憐こそが、工藤 凪が初恋をしていた相手なのだと…。

(あぁ…まじかよ。こんなことあんのかよ…)

その笑顔が今、この瞬間に見れるとは思わなかった…。驚いている凪の様子を見て、可憐もまた固まっていた。

(絶対に、その女の子に負けないんだから…絶対に振り向かせてやるんだから!)


負けヒロインは負けてない。—————————————————————————


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― 新着の感想 ―
学校を舞台にした初々しい青春の物語に引き込まれました。高嶺の花である可憐が普通の男子である凪に声をかける場面から教室のざわつきや二人のぎこちないやり取りがリアルでした。可憐が凪に話しかけられた時の内心…
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