第二十七話 兄の旅立ちと狙われた外出
俺が加護を受けてから教会からの圧力は続いていた。ただこちらも東部一帯を統治する大貴族。ギルバートはうまく教会からの圧力を回避し続けていた。
そして今日は成人したカインが魔術院に入学するために屋敷を出る日だ。
『カイン兄様、お元気で……』
玄関に家族全員が集まっている。カインは王領にある王立魔術学院に入学し、そこで6年間を過ごすことになる。
「アルマ、寂しくなるが頑張れよ」
カインが俺の頭を優しく撫でる。
「エリオットやエリックの面倒も見てやってくれ」
『はい……気をつけて行ってきてください』
俺は筆談板に書いて見せた。胸の奥に寂しさが広がる。
「リディア、泣くな」
カインがハンカチで妹の涙を拭いてやる。
「お兄ちゃん、絶対に帰ってきてね」
「もちろんだ。休暇には必ず帰ってくる」
「カイン、準備はいいか?」
ギルバートが馬車を確認しながら声をかける。入学式に参加するため、ギルバートとセシリアもカインと一緒に馬車で屋敷を出る予定だった。
「はい、父上」
「それでは行こう」
セシリアがカインの手を取り、三人は馬車に向かって歩いていく。
俺たちは玄関前で馬車が見えなくなるまで手を振り続けた。
◇ ◇ ◇
「さて、カインもいなくなったし、少し寂しいな」
エリオットが俺たちを見回す。
「そうだ! 気分転換に街に買い物に行かないか?」
『街に?』
「ああ。たまには外の空気を吸うのもいいだろう」
リディアが目を輝かせる。
「本当? やった!」
「エリック兄も一緒に行かないか?」
エリオットが尋ねる。
「いや、私は屋敷で本を読んでいるよ。気をつけて行ってきてくれ」
エリックが穏やかに微笑んで見送ってくれた。
こうして俺、エリオット、リディアの三人は護衛を連れて馬車で街へと繰り出した。
◇ ◇ ◇
最初にエリオットが向かったのは武器屋だった。
「おお、これはいい剣だな」
エリオットが店内の剣を手に取って重さを確かめている。
「やっぱりいいな、この手に馴染む感じ」
エリオットが満足そうに微笑む。
武器に興味のない俺とリディアはエリオットが満足するまで店の隅で待っていた。
次にリディアのリクエストで洋服店に向かった。
「わあ、この服可愛い!」
「これも素敵!」
「あ、こっちのも欲しい!」
リディアは店内を駆け回り、次々と服を手に取っては試着室に向かう。
一向に終わらないリディアの服選びに、エリオットも俺も疲れ果てて店を出た。
洋服店の前は多くの人で賑わっている。買い物客、商人、子供たちが行き交い、活気に満ちた街の光景が広がっていた。
「女の子の買い物は長いな……」
エリオットが店前のベンチに腰を下ろす。
『そうですね』
俺も隣に座って時間をつぶしていた。
その時だった。
「こんにちは」
教会の服を着た中年の男性が俺たちに近づいてきた。
「アルマ様でいらっしゃいますね?」
俺は身構えた。教会の関係者だ。人混みの中にいた護衛たちが気づいてこちらに向かおうとするが、人が多くてすぐには近づけない。
「私は聖職者のマルコと申します。ぜひ一度、教会にお越しいただければと思いまして」
『申し訳ございませんが……』
「アルマはまだ子供です」
エリオットが立ち上がって俺の前に立った。
「勝手に声をかけないでください」
「しかし、神の加護を受けた方には——」
「帰ってください」
エリオットの声が厳しくなる。
「……承知いたしました。それでは失礼を」
形勢不利と見たか、マルコと名乗った男は頭を下げてあっさりと去っていった。
マルコが角を曲がって消えたのを見届けた後、エリオットが俺に振り向いた。
「次はどこに行こうか?」
俺はエリオットの優しさに感謝しながら返事を書いた。
『ありがとうございます。エリック兄様に教えてもらった魔道具店に行ってみたいです』
「魔道具店? ああ、アルベルト商会だな」
店に戻ろうとした時、俺はマルコが角の影に隠れて立っているのに気づいた。もしかしてエリオットとの会話を盗み聞ぎしていたのだろうか?
俺に見られたことに気づいたマルコはすぐに路地の奥へと消えていった。
俺とエリオットが店に戻ると、リディアはまだ試着を続けていた。
それからさらに30分ほど待って、リディアがようやく買い物を終えて出てきた。リディアに続いて護衛の一人が大量の服を抱えながら店から出てくる。
「お疲れ様! 次はどこ?」
「魔道具店に行こう」
三人は再び馬車に乗り込んだ。
◇ ◇ ◇
魔道具店の前で馬車から降りると、俺は愕然とした。
さっきのマルコが、今度はシスターや神父を数人連れて店の前で待ち構えていたのだ。
「アルマ様、お待ちしておりました」
「ぜひ、教会でお話を」
神父たちが一斉に俺たちを囲むように近づいてくる。
「何をしている!」
エリオットが叫ぶ。
「護衛!」
慌てて護衛たちが駆け寄り、俺たちと神父たちの間に立ちはだかった。
護衛たちが神父たちを押し返そうとするが、教会の人々も引き下がらない。
「アルマ様には教会で適切な保護が必要なのです!」
「アルマ様の将来のために!」
シスターたちが口々に叫び、護衛たちと押し合いになっている。周囲の人々が騒ぎに気づいて立ち止まり、野次馬が集まり始めた。
エリオットが俺とリディアの手を引き、急ぎ馬車に駆け戻った。
「急げ! 屋敷に帰るぞ!」
エリオットが御者に叫ぶ。
馬車は勢いよく走り出し、俺たちはなんとか教会の人々から逃れることができた。
「まったく、しつこい連中だな」
エリオットが息を切らしながら言った。
「これじゃゆっくり買い物もできないじゃない!」
リディアも怒りで頬を膨らませている。
『すみません……僕のせいで』
「気にするな、アルマ。お前は何も悪くない」
リディアも心配そうに俺を見つめている。
「アルマ、大丈夫?」
俺は頷いて見せたが、内心では深刻に考えていた。
教会の圧力はますます強くなっている。このままでは、いずれもっと大きな問題になりそうだった。




