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第二十六話 狙われた加護

 小聖堂から応接間に戻る足取りは重かった。


 胸の奥に残る温かい感覚——マグナス神から授かった加護の余韻が、まだ消えずにいる。魔力量の増加、制御精度の向上、そして3つの新しいルーン文字。確かに俺の中で何かが変わった。


 しかし、この加護のことを誰に話せばいいのだろうか。

 応接間の扉を開けると、ギルバートが心配そうな表情で俺を見つめていた。


「アルマ、もう終わったのか。祝福の儀はどうだった?」

『はい、無事に終わりました』


 俺は筆談板に短く答えた。加護のことを話すべきかどうか、迷いが生じる。

 その時、応接間の扉が勢いよく開かれた。


「これは素晴らしい! 実に素晴らしい!」


 教会長が笑顔で入ってきた。その表情は先ほどまでとは打って変わって、心から嬉しそうだった。


「教会長?」


 ギルバートが困惑する。


「ドラグリス伯爵、おめでとうございます! アルマ様に神の加護が授かりました!」


 教会長の言葉に、ギルバートの目が見開かれた。


「神の加護……ですって?」

「はい! 祝福の儀の最中に、小聖堂から神々しい光が溢れ出たのです。これは間違いなく神の加護の証です」


 俺は内心で驚いていた。もうバレていたのか。


「まさか……本当に?」


 ギルバートが俺の方を見る。


『はい……加護を授かりました』


 俺は筆談板に書いた。もはや隠しようがない。


「どちらの神の加護でしょうか?」


 教会長が身を乗り出して尋ねる。

 俺は一瞬躊躇した。マグナス神から授かったと言えば、間違いなく大騒ぎになる。支神の加護など滅多にあることではない。


『知識の神様です』


 俺は咄嗟に筆談板に書いた。

 知識の神——魔術・真理の神マグナスの従属神の一柱だ。従属神は稀に人間に加護を与えることがあるので、不自然ではない。


「知識の神! それは素晴らしい!」


 教会長が手を叩いた。


「知識を司る神の加護とは、アルマ様は大変聡明でいらっしゃるのですね」


 ギルバートはまだアルマが加護を授かったというのが受け止めきれないようで困惑の表情を浮かべている。


「ところで」


 教会長の表情が少し改まった。


「加護を授かったアルマ様を、教会でお預かりさせていただきたいのです」

「アルマを預かる?」


 ギルバートの声が硬くなった。


「はい。神の加護を受けた方には、適切な指導と保護が必要です。教会でしっかりとお世話をさせていただきます」


「それは……」


 ギルバートが言いよどむ。


 この世界では、神の加護を受けた者を教会に預けることは決して珍しくない。むしろ一般的な慣習だった。特に、魔術が使えない末っ子と思われている俺の場合、反対する明確な理由を見つけるのは難しいだろう。


「しかし、アルマはまだ6歳です。親元を離すには早すぎるのではないでしょうか」


 ギルバートが慎重に言葉を選ぶ。


「確かにそうですが、神の加護を受けた方は教会で保護するのが古くからの慣習です。また、加護を受けた方には適切な環境と支援が必要でして」


 教会長が理路整然と説明する。


「それは理解しますが、アルマの意思も尊重したいのです。本人がどう思うかも——」

「しかし、6歳の子供に判断を委ねるのは適切でしょうか?」


 教会長が遮るように言った。


「むしろ保護者の方が、お子様の将来を考えて決断なさるべきかと」

「将来のことを考えるからこそ、家族のもとで育てたいのです」


 ギルバートの声に強い意志が込められる。


「教会長様のお気持ちは理解しますが、我が家としては——」

「ドラグリス伯爵」


 教会長の口調が少し変わった。


「神の加護を軽視なさるおつもりですか? 知識の神の加護は大変貴重なものです。それを適切に扱わずにいれば、神への冒涜と受け取られかねません」


 空気が緊張した。宗教的な権威を背景にした、明らかな圧力だった。


「冒涜などするつもりはありません、ありませんが……とにかく、今日はこれで帰らせていただきます」


ギルバートが立ち上がり、俺の手を取った。


「仕方ありませんね、ご家族でよくご相談ください。しかし、あまり長く待つわけにもいきませんので」


 教会長の笑顔に、微かな圧迫感が込められていた。先ほどまでの丁寧さとは違う冷たさが混じった声で告げる。


「神の加護を受けた方を放置しておくわけにはいきませんので」


 ギルバートが振り返る。その表情は険しかった。


「分かりました。それでは失礼いたします」


 俺たちは足早に応接間を後にした。教会長の視線が背中に突き刺さるのを感じながら。


 ◇ ◇ ◇


 家に帰ってから、俺たち家族は居間に集まった。

 カインの成人の儀の興奮も束の間、今度はアルマの加護の話で持ちきりになった。


「本当に神の加護を受けたのか?」


 エリオットが信じられないといった表情で俺を見る。


『はい、どうやら』

「すごいじゃないか、アルマ!」


 エリックが嬉しそうに言った。


「知識の神の加護なら、きっと勉強や研究に役立つぞ」

「アルマ、すごいね!」


 リディアも目を輝かせて言った。


「でも、教会に預けるという話は……」


 セシリアが心配そうに呟く。


「断固として反対だ」


 ギルバートがきっぱりと言った。


「アルマを手放すつもりはない。神の加護を受けたからといって、家族と離ればなれになる必要はないはずだ」

「私もそう思います」


 セシリアが頷く。


「アルマはまだ小さいのに、親元を離すなんて」

「僕たちも反対です」


 カインとエリックも同調した。


「だが、教会からの圧力は強そうだったな」


 ギルバートが難しい表情になる。


「加護を受けた者を教会に預けるのは、確かにこの世界の慣習だ。特に、魔術が使えないと思われているアルマの場合……」


 ルーン魔術のことを公表すれば俺の立場も今とは大きく違うものになるだろうが、そうすれば今度は王国内の政争に巻き込まれる可能性が高い。


 俺は筆談板に書いた。


『僕も家族と離れたくありません。何とか断る方法を考えましょう』

「そうだな。何があってもアルマを守る」


 ギルバートの言葉に、俺は胸が熱くなった。

 教会だろうと何だろうと、この絆を壊させるわけにはいかない。絶対に。

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