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第二十四話 祝福と陰謀

 成人の儀が終わり、家族で教会を出ようとした時だった。

 一人のシスターが俺たちに近づいてきた。


「ドラグリス伯爵様、失礼いたします」


 シスターが丁寧に頭を下げる。


「教会長様がお呼びです。アルマ様もご一緒に、応接間までお越しいただけますでしょうか」


 俺の名前が出て、思わず身体が強張った。なぜ俺まで?

 ギルバートは少し困惑したような表情を見せたが、教会長の申し出を断るわけにもいかなかった。


「分かりました」


 ◇ ◇ ◇


 案内された応接間は、豪華な調度品で埋め尽くされていた。


 金の装飾が施された椅子、巨大な絨毯、壁一面に飾られた宗教画——すべてが高価そうだが、俺には少し悪趣味に見えた。神の教えを説く場所にしては、あまりにも世俗的な贅沢さだ。

 しばらく待っていると、教会長が入ってきた。


「改めまして、カイン様の成人の儀、誠におめでとうございます」

「ありがとうございます」


 ギルバートが答える。


「いえいえ、私どもこそ、このような名誉ある儀式をお手伝いできて光栄でした」


 教会長は謙遜の言葉を述べた後、俺の方を見た。


「実は、アルマ様にご提案があります」


 俺とギルバートは顔を見合わせた。


「祝福の儀を行ってみてはいかがでしょうか」

「祝福の儀?」

「はい。成人の12歳の半分である6歳の時に、ここまで健やかに成長できたことへの感謝と、これからも無事に成長し、成人を迎えられるよう神々に祈りを捧げる儀式です」


 教会長が説明を続ける。


「アルシェル神聖国では必ず行う儀式ですが、リュミエール王国ではあまり馴染みがないかもしれません。信心深い一部の貴族の方々が行う程度です」

「なるほど……」


 ギルバートが考え込む。


「他のお子様方は行っていらっしゃいませんが、カイン様の成人の儀を見に来られたアルマ様がちょうど6歳でいらっしゃるので、良い機会かと思いまして」

「どのような儀式なのでしょうか?」

「神像の前で祈りを捧げるだけです。時間もそれほどかかりません」


 教会長の説明は簡潔だった。


「そうですね……アルマはどう思う?」


 ギルバートが俺の方を見る。

 俺は筆談板に『僕は構いません』と書いた。断る理由も特にない。


「では、お願いします」

「ありがとうございます。ただ、大聖堂は成人の儀の片付けを行っておりますので、別の小さな聖堂で行わせていただきます」


 教会長が立ち上がった。


 ◇ ◇ ◇


 案内された小聖堂は、大聖堂に比べてずっと質素だった。

 しかし、それだけに神聖な雰囲気が強く感じられる。


 正面には創造の女神アルシェルの美しい神像が置かれており、その周りには7柱の支神の小さな像が並んでいた。


「では、アルマ様。神像の前で心を込めて祈りを捧げてください。私は外で待っておりますので」


 案内してくれた神父が聖堂を出ていく。

 俺は一人、神像の前に立った。


 前世の記憶を持つ俺にとって、宗教的な祈りには複雑な思いがある。前世では神を恨んでいたが、転生した今世ではむしろ神には感謝の気持ちが大きい。

 俺は目を閉じ、心を込めて祈り始めた。


『創造の女神アルシェル、そして7柱の支神の皆様。俺に第二の人生を与えてくださり、ありがとうございます——』


挿絵(By みてみん)


 その時だった。

 突然、周囲の感覚が変わった。

 目を開けると、俺はまったく知らない場所にいた。


 真っ白な空間。どこまでも続く白い世界。

 そして——

 そこには神々しいオーラを纏った一人の男性が立っていた。


 ◇ ◇ ◇


 同じ頃、教会の執務室では——


「教会長様、本当によろしかったのですか?」


 部下の神父が心配そうに尋ねた。


「何がだ?」


 教会長は椅子に深く腰を下ろした。その瞬間、先ほどまでの温和で敬虔な雰囲気が一変した。聖職者らしい穏やかな表情は消え、代わりに下種な笑みが口元に浮かんでいる。


「ドラグリス家の末っ子を……あの家は過去に我々と戦った家です」

「だからこそだ」


 教会長の目が鋭くなった。

 約200年前、アルシェル神聖国は回復や浄化の魔術を神聖魔術として独占しようと試みた。教会で訓練を積まずにそれらの魔術を使う者を異端として、審問官がリュミエール王国内で粛清を行ったのだ。しかし、リュミエール王国は回復魔術の使用禁止など認めるわけがないと反発し、ついに戦争となった。


 戦場となったのは王国東部。アルシェル神聖国の進軍を阻んだのがドラグリス家だった。当時の当主が兵を率いて勇敢に戦い、神聖国軍を何度も食い止める。そこにベルグラント帝国まで王国側に加担してきた時、アルシェル神聖国はやむなく停戦を申し出るしかなかった。


「あの戦争から200年経った今でも、リュミエール王国とアルシェル神聖国の関係は微妙なままだ。神聖魔術を独占できない状況が続いている」


 神父が頷く。確かに、戦争終結後も根本的な問題は何も解決していなかった。


「我々には新しい戦略が必要だ。力による制圧ではなく、内側からの浸透だ」

「それで、あの子供を?」

「そうだ。祝福の儀であの小僧が神の加護を授かったと発表する。もちろん、でっち上げだがな」


 教会長が冷たく笑った。


「教会は神の加護を授かった者を積極的に保護する。リュミエール王国もそれは認めている。無理やり連れ去ることはできないが、正当な理由があれば問題ない」

「なるほど……ですが、なぜあの子を?」

「魔術が使えない無能な末っ子だからだ」


 教会長が断言する。


「ドラグリス家も、使い物にならない末っ子が加護を授かったと言われれば手放すかもしれん」


 神父が感心したように頷いた。


「アルシェル神聖国で我々の教えに従順な子供として育て上げ、いずれドラグリス家に帰す。内側からじわじわと影響力を拡大していくのだ」

「素晴らしい計画です」

「最悪の場合は人質としても使える。ドラグリス家の血を引く子供だからな」


 教会長の笑みがより一層冷たくなった。


「あの一族には、過去の借りを返してもらわねばならん。我がアルシェル神聖国の進軍を阻んだ罪は重い」


 その時、執務室の扉が勢いよく開かれた。息を切らした別の神父が飛び込んできた。


「きょ、教会長様!」

「何だ、騒々しい。落ち着け」


 教会長が眉をひそめる。


「あ、あの子供が……」

「どうした?」

「本当に神の加護を授かっているようです!」


 部屋に衝撃的な沈黙が流れた。

 教会長が息を呑む。


「何だと……?」

「小聖堂から神々しい光が溢れ、あの子供の周りに不思議な現象が起こっています!」


 神父の声は震えていた。

 教会長が適当にでっち上げるつもりだった「神の加護」が、本当に起こってしまった。

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