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第二十三話 成人の儀

 バルトルト領とカルフォード領の水争いが解決してから、一ヶ月が過ぎた。


 その間、俺は纏のルーンについてエリックと研究を重ねていた。炎以外の魔術でも纏うことができるのか、どの程度の時間維持できるのか、様々な実験を行った。少しずつではあるが、新しいルーンの理解も深まってきている。


 そんな穏やかな日常に、一つの大きなイベントが近づいていた。

 カインの成人の儀である。


「明日はいよいよですね」


 夕食後、居間でリラックスしているカインに、エリックが声をかけた。


「ああ。12歳か……あっという間だったな」


 カインが感慨深そうに呟く。

 この世界では12歳で成人と認められる。子供から大人への重要な節目だ。


 平民の場合、幼い頃から簡単な仕事の手伝いなどをしているが、12歳になると一人前の労働力として正式に働けるようになる。一方、貴族の場合は12歳から親元を離れて王領にある学院に6年間通い、18歳で学院を卒業するのが一般的だった。


「緊張しますか?」

『兄さまならきっと大丈夫です』


 俺も筆談板でカインを励ました。


「ありがとう、リディア、アルマ。君たちがいてくれるから心強いよ」


 カインが微笑む。


「明日は家族全員で大教会に向かう」


 ギルバートが説明してくれた。


「カインのめでたい晴れ舞台だからな。みんなで見届けよう」


 ◇ ◇ ◇


 翌朝、俺たちは家族全員で馬車に乗り、領都ドラグリスへ向かった。


 カインは特別な正装に身を包んでいる。深緑色の上質な生地で仕立てられた服は、ドラグリス家の家紋が胸元に刺繍されており、とても立派に見えた。


 俺たちも普段よりずっと格式の高い服装をしている。特に母上は美しいドレスを着て、まるで別人のような華やかさだった。


 やがて、巨大な建物が見えてきた。

 大教会——領都ドラグリスのどこからでも見えるほど巨大な建造物だ。白い石造りの壁に美しいステンドグラスが嵌め込まれており、高い尖塔が空に向かってそびえ立っている。


 創造の女神アルシェルと女神を支える7柱の支神を祀るこの教会は、リュミエール王国東部最大の宗教施設でもある。大陸中の教会はすべてアルシェル神聖国の管轄下にあり、この大教会もその例外ではなかった。


 馬車から降りると、ちょうど大教会の扉が開き、大勢の人々が一斉に出てきた。午前中の平民の成人の儀が終わったのだ。12歳の子供たちとその家族や保護者たち。皆、質素ながらも正装に身を包み、晴れやかな表情で神聖な儀式を終えた安堵と喜びを浮かべていた。


 ◇ ◇ ◇


 午後からは貴族の子息子女たちの番。


 大聖堂の中に入ると、その壮大さに息を呑んだ。天井は途方もなく高く、美しいフレスコ画が描かれている。創造の女神アルシェルを中心に、7柱の支神が描かれた神々しい光景だった。ステンドグラスから差し込む色とりどりの光が石の床に美しい模様を作り出し、大聖堂全体が神秘的な雰囲気に包まれている。


 その時、大聖堂の奥から教会長とシスターたちがゆっくりと歩いてきた。教会長は白い髭を蓄えた威厳のある老人で、金と白で装飾された豪華な法衣を身に纏っている。その後ろに続くシスターたちも、純白の修道服で身を包んでいた。


 彼らが現れると、大聖堂の空気が一変した。それまでざわめいていた貴族の子息子女たちが静まり返り、皆が儀式の始まりを感じ取っている。


 俺たち家族は見学席に座り、カインの順番を待った。

 貴族の子供たちは一人ずつ壇上に呼ばれる。それぞれが家の正装に身を包み、堂々とした態度で歩いていく。爵位の低い家から順番に名前が呼ばれ、最後に最も高い爵位の家が呼ばれるのが慣例だった。

 やがて、締めくくりとしてカインの名前が呼ばれた。


「ドラグリス伯爵家嫡男、カイン・ドラグリス」


 カインが立ち上がり、祭壇に向かって歩いていく。その姿は本当に立派で、俺は胸が熱くなった。

 教会長がカインの前に立つ。


「カイン・ドラグリス。汝はドラグリス家の嫡男として、領民を守り、貴族の務めを果たす覚悟はあるか」

「はい。私はドラグリス家の誇りにかけて、その責任を果たすことを誓います」


 カインの声は力強く、迷いがなかった。

 教会長が頷き、美しい白い花を手に取る。それはアルシェル神聖国で聖なる花とされている純白の花で、成人の証として贈られるものだ。


「アルシェルの御加護あらんことを」


 教会長がカインに花を渡し、カインの成人の儀が完了した。見学席から盛大な拍手が響く。


 教会長が背を向けて神々の神像に頭を下げ、ゆっくりとその頭を上げて再びこちらを向いた。——その視線が一瞬、俺の方に向けられた。


 鋭く、値踏みするような目。まるで俺の内側を見透かそうとするような、冷たい視線だった。

 それは本当に一瞬のことだったが、俺の背筋に冷たいものが走った。


 なぜ教会長が俺を見つめたのか。俺に何か特別なものを感じ取ったのだろうか。

 不安が胸に広がる中、カインの成人の儀は無事に終了した。

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