9話:休息
牛鬼との死闘から二日。
満身創痍で目覚めた輝を待っていたのは、師匠の叱責と仲間たちの決断だった。
戦いは確かに勝利で終わった。
だが、それぞれの胸には悔しさと無力感が残っていた。
休息か、修行か――
別れは新たな再会のための一歩となる。
【登場人物】
主人公:気道 輝
パド
ベートーヴェン
じんた
花子さん
師匠
――川の縁に腰を下ろす輝。
水面を漂う葉の上を、蟻がせわしなく歩いている。
輝「…あ、蝶だ」
ひらひらと飛ぶ蝶を目で追いかけると、その先――川の向こう岸に誰かが立っていた。
その人影は、ぼんやりと霞んで見える。
輝「人…? ここ、どこだ? 学校じゃ…ないよな」
???「……」
唇が動く。何か呟いているようだが、音が届かない。
輝「なにか言ってる…?」
耳を澄ます。
川のせせらぎが静まり、人影の声だけが浮かび上がった。
???「は…はやい……」
輝「はやい…? なんか…見たことある人、だな」
???「まだ…はやい!」
その瞬間、視界が弾け――
気づけば、寺の布団の上だった。
輝「わぁっ!! ……寺だ」
師匠「輝…?」
輝「おっ、師匠! 今回もありが――」
師匠「馬鹿野郎ッッッッ!!」
輝「え…?」
師匠の声は怒号だった。
普段は落ち着いた口調の彼から、こんな声を聞くのは初めてだ。
師匠「お主、自分が何をしたのか分からんのか!? 死にかけてたんだぞ! 瀕死の状態で言霊を使うなんて言語道断じゃ!」
輝「ご…ごめん…」
師匠「儂が教えたのは霊力の扱い方と言霊の使い方だけじゃ! 体の使い方までは教えておらん! 体は普通の高校生なんだぞ!」
輝「でも…」
師匠「でもじゃない!」
怒気と焦りが混じった声が、部屋の空気を刺す。
輝は息を飲んだ。
師匠「これ以上酷使するなら、儂はお主を破門にする」
輝「破門…? じゃあ、今の学校を守るのは誰だ!? ベトさんも、じんたも…俺は守りたい一心でやってきたんだ! その気持ちを踏みにじるのか!」
バチン――
頬を叩かれる鋭い音。
師匠「馬鹿言うな…儂がどんな気持ちでお主を勧誘したと思っとる…!」
輝「ただ才能があっただけだろ! 呪霊操術の! そんな才能だけあっても意味ねぇんだよ! 命令だけ出して、他の仲間を危険に晒して…俺はぬくぬく見てるだけなんて――俺じゃねぇ!」
師匠「……輝。もう言うしかあるまい。お主の両親と儂は古くからの付き合いじゃった」
輝「……え?」
師匠「そして儂が“野暮用”と言っておったのは――お主の両親を殺した相手を密かに探していたからじゃ。死に際の遺言は、儂に輝を頼む…それが願いだったのじゃ」
輝「……!」
言葉を失う。
胸の奥が、急に重くなった。
師匠「だから、お主を失う訳にはいかぬ」
輝「それは…わかった。でも、俺は行く。誰に何を言われても」
師匠「……ほんっとに言うことを聞かぬ子じゃなぁ」
輝「まだ言うの…」
師匠「流石じゃ、血は濃いな。分かった、止めはせん。じゃが――二ヶ月休め」
輝「二ヶ月!? そんな悠長に…」
師匠「学校のことは儂と知り合いの住職が常駐し、簡易結界を張る。心配するな」
輝「どうしてそこまで…」
師匠「今、お主…アドレナリンで動いておる自覚はあるか?」
輝「え?」
意識した瞬間、心臓が破裂しそうなほど脈打ち始め――
ドクン。
輝「ガッ…はっ…!」
体が悲鳴を上げ、畳に崩れ落ちる。
師匠「全治二ヶ月。それほどの怪我をしておる上に、二日も眠っていた。体も固まっておる」
輝「二日も!?」
師匠「学校には一週間休むと伝えておる。来週までには、動ける程度には回復せい」
輝「あい…」
ガラガラ――襖が開く。
輝「みんな! もう大丈夫なのか!?」
ベトさん「あぁ、我は大丈夫だ」
じんた「僕も。結構危なかったけどね」
花子さん「私は…住職さんに治療だけしてもらったわ」
輝「良かった…俺は全治二ヶ月らしいけど、人間の体だから仕方ないか」
じんた「…ねぇ、輝」
輝「ん?」
じんた「今回の戦いで思った。僕、弱すぎるって…誰も守れなかった。だから――抜けるよ」
輝「え…?」
じんた「もちろん戻ってくる。修行…というか、自分に向き合う時間が欲しいんだ」
ベトさん「俺も同感だ…守ると言っておきながら、何もできなかった」
花子さん「君が寝てる間にこっちはこっちで話つけたから報告すると、私君たちに着いてく...子供達を守るために学校に戻ったけど守る為の力がないの...身に染みるほど分かったし...何よりこんなになるまで私を庇ってくれたの見て信じない訳ないじゃん...ベートーヴェンさんも人体模型君も...そして...君もね、輝君...」
輝「花子さん...」
花子さん「そんな訳でそこの2人のメンタルが参ってうだうだしてる間私も能力伸ばしたいって、思ってるの」
輝「…みんな、強くなりたいんだな」
じんた「だから、輝が全治する二ヶ月後…また集まらない? それまで解散って事で...」
輝「…わかった。また、ここに」
一同「おぅ!」
――それぞれが胸の奥に燃える火を抱き、前を向く。
輝「…少し、寂しくなるな」
ぽん、と肩を叩かれた。
振り向くと――手の霊。
輝「うぉ! びっくりした! お前は俺と一緒にいてくれるのか?」
手の霊「……」
輝「手の霊?」
手の霊「手の霊じゃないでしょ…?」
輝「え…?」
脳内で必死に答えを探す輝。
手の霊「名前!! わ・た・しの名前!!!」
輝「……あぁ! パド!」
パド「やっと思い出したの…?」
輝「ごめん、あの時夢と現実の狭間みたいで…ってか、牛鬼は?」
パド「私の霊気に恐れをなして逃げたよ」
輝「まじ!? すげぇ! つよつよ幽霊じゃん!」
パド「えっへん!」
輝「かっけぇ! パド、かっけぇ!!!」
9話「休息」をお読みいただき、ありがとうございました。
牛鬼との死闘を終え、それぞれが傷を癒やすために別々の道を歩むことになった輝たち。
今回は激しい戦いの後の静けさと、仲間たちの決意が描かれました。
二ヶ月後、彼らは再び集まると誓い合いましたが――。
休息は、ただの休みではありません。己と向き合い、やるべきことを見極める時間でもあります。
次回10話「やるべき事」。
輝は何を選び、仲間たちはどんな一歩を踏み出すのか。