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霊業  作者: まんらび
2章
46/46

46話:同じ道を行く

鬨との死闘を乗り越えたことで、

真鴉と纏ははっきりと決意した。

この先、何があろうとも――輝についていく、と。


一方その輝は、

生と死の境を彷徨った直後でありながら、

安息の時間を与えられることはなかった。


癒えきらぬ傷を抱えたまま、

運命は容赦なく次の事件へと彼らを誘っていく。


それは偶然か、

それとも最初から定められていた必然か――。


休息の終わりを告げるように、

新たな火種は、静かに動き始めていた。

集中治療室の扉が静かに開き、医師が姿を現した。

白衣の裾を整えながら、猿渡の方へ視線を向けて告げる。


医師「回復力が異常なレベルです。もう既に、いくつかの傷は塞がり始めています」

一瞬、間を置き、医師は端的に結論を続けた。

医師「この様子でしたら、早ければ明日中には退院できますよ」


猿渡は小さく息を吐き、口の端をわずかに上げる。

猿渡「……さすがでごわすな」


その言葉を聞いた瞬間、張り詰めていた空気がふっと緩んだ。


真鴉は肩から力が抜け、壁にもたれかかる。

真鴉「……よかった……ほんとに……」


纏もまた、無意識に強く握っていた拳をゆっくりと解いた。

纏「……大丈夫、なんだね……」


二人の胸に溜まっていた不安と恐怖が、ようやく安堵へと変わり、静かに息が吐き出される。


猿渡「今日は一旦、帰るでござる」


そう告げると、猿渡は踵を返した。

真鴉と纏もそれに続き、重い足取りのままホテルへと戻る。

長い一日だった。だが、輝が生きている。それだけで、全てが救いだった。


――翌朝。


二人は再び病院を訪れる。

病室の前に立ち、恐る恐る中を覗いた、その瞬間だった。


ベッドの上で、輝がすでに目を開けていた。


真鴉は一瞬、立ち尽くしたまま輝を見つめていたが、次の瞬間には目を潤ませながら駆け寄っていた。


真鴉「輝!!!」


ベッドの傍に崩れ込むように近づき、両肩を掴む。

生きている。その事実が、ようやく実感として胸に落ちてきた。


輝は少し困ったように笑い、視線を逸らしながら口を開く。


輝「大袈裟すぎだろ。こんな傷、すぐ治るから」


その言葉に、真鴉の感情が一気に噴き出した。


真鴉「普通、治んねぇよ! そんなすぐ!!! どんだけ心配したと思ってんだ!!」


声は震え、語尾は掠れる。

怒鳴っているはずなのに、その奥には安堵と恐怖が滲んでいた。


纏は少し離れた位置から、そのやり取りを黙って見つめる。

そして小さく息を吐き、肩の力を抜いた。


――間に合った。

そう、心の中で静かに呟きながら。


輝は一瞬だけ目を伏せ、それから思い出したように視線を上げた。


輝「……そうだ、妖怪はどうなった?」


その問いに、真鴉が少しだけ胸を張る。


真鴉「纏さんが頑張ってくれたんだよ。」


纏は腕を組んだまま、淡々と答える。


纏「正確には共闘ね。猿渡さんが来なかったら、少し危なかった」


輝はベッドの上で小さく笑い、天井を見つめた。

そして、ぽつりと本音を零す。


真鴉「……俺さ、誤解してた」


輝「誤解?」


真鴉「輝のことも、纏のことも。

  みんな、どこかで俺とは違うって勝手に線引いてた」


輝は言葉を失い、纏は目を細める。


真鴉「でもさ……あの時、二人とも俺を守ろうとしてくれたろ。

  それで全部分かった」


ゆっくりと、真鴉は二人を見る。


真鴉「ありがとう。」


輝は一瞬だけ黙り込み、次の瞬間、照れ隠しのようにそっぽを向いた。


輝「今さら何言ってんだよ。

   ……当たり前だろ」


纏は小さく笑い、静かに頷く。


纏「もう後戻りはしないわ。

  行くなら、最後まで同じ道よ」


その言葉に、真鴉 隼は安心したように息を吐いた。

三人の間にあったわだかまりは、静かに消えていった。


病院を出た瞬間、朝の空気がやけに澄んでいた。

消毒の匂いも、機械音もない。ただの外の匂いだ。


輝「……外、久しぶりだな」


真鴉「数時間だろ。大袈裟だっつーの」


纏「でも、病院って時間の感覚狂うわよね」


猿渡「ではあっしはここまででごわす。学園までは三人で行きなされ」


そう言って踵を返す猿渡の背に、真鴉が小さく頭を下げた。

気づいたのは纏だけだった。


学園への道は、最短を行けば十分もかからない。

だが、真鴉は当然のように曲がった。


輝「おい、逆だろ」


真鴉「退院初日だぞ? 直行は味気ねぇ」


纏「賛成。……あ、たい焼き屋」


真鴉「決まりだな」


輝「お前らな……」


文句を言いながら、輝も足を止める。

結局、三人並んでたい焼きを頬張っていた。


真鴉「うめぇ……生きてるって感じするな」


纏「大げさ。でも、分かる」


輝「……こういうの、悪くないな」


一瞬、沈黙。

けれど気まずさはない。


真鴉「なぁ輝」


輝「ん?」


真鴉「今回の件……助けられた」


纏「私も。信じてもらえたの、嬉しかった」


輝は少しだけ困ったように笑った。


輝「俺は、苦しんでる奴を見捨てたくないだけだ」


その言葉は軽く、けれど確かだった。


さらに寄り道は続いた。

ゲームセンター、古本屋、意味もなく橋の上。


纏「学校戻る気ある?」


輝「一応な」


真鴉「遅刻くらいで死にゃしねぇ」


輝「説得力がない」


笑い合う声が、風に溶ける。


ようやく学園の門が見えた頃、輝は立ち止まった。


輝「……これから先、もっとヤバいの来るぞ」


真鴉「知ってる」


纏「だから?」


輝「……後悔しないか」


真鴉は即答だった。


真鴉「もう、同じ道選んだ」


纏も頷く。


纏「今さら一人にはならないわ」


輝は一度だけ深く息を吸い、前を向く。

三人並んで、門をくぐった。


真鴉が勢いよく寮のドアを開け放った。

バンッ!という音に、室内にいた全員が一斉に肩を跳ねさせる。


大熊「うおっ!な、なんや!?」


福留「心臓止まるかと思ったんだけど!」


その直後、真鴉の後ろから輝と纏がすっと入ってくる。

二人は何事もなかったかのように、手に持っていた袋を差し出していった。


輝「はい、土産」


纏「全員分あるから」


白川「え、あ、ありがとう……?」


受け取りながらも、視線は三人に向けられている。

距離が近い。妙に自然だ。空気が、いつもと違う。


大熊は少し迷ったあと、ぽつりと口にした。


大熊「……なぁ、お前ら」


真鴉「ん?」


大熊「前から、そんな仲良かったか?」


一瞬、間が空く。

真鴉と輝、纏が顔を見合わせ――


真鴉「さぁな」


輝「今は、そういうことにしとけ」


纏「気にしすぎよ」


三人のやり取りを見て、室内がざわつく。


福留「絶対なんかあったでしょ」


白川「これは……詮索しない方が良さそうですね」


大熊は苦笑いしながら肩をすくめた。


大熊「まぁええわ……でもな」


真鴉を見る。


大熊「ええ顔しとるで、お前」


真鴉は一瞬だけ目を逸らし、照れ隠しのように鼻で笑った。


神宮寺がふと首を傾げて尋ねる。


神宮寺「……明日は休みなのか?」


真鴉「あぁ。天城先生に、大人しく休んどけって言われたからな。正式に休みだね」


水瀬は少し身を乗り出し、楽しそうに続ける。


水瀬「実はさ、私らも入学してから初めての休みで。せっかくだから何かしようかって話してるんだけど……なんか案ある?」


一瞬、場が静かになる。

真鴉は腕を組んで考え込み、輝はソファーにに腰掛けたまま天井を見上げる。


輝「休みって言われてもなぁ……」


纏「怪我人が言う台詞じゃないでしょ」


輝「もうほぼ治ってるって」


真鴉「……外出は天城にバレると面倒だし、学園内でダラダラするのが無難じゃねぇか?」


水瀬「それ、ただのいつも通り。」


大熊「せっかくやし、食堂でなんか奢り合いとかどうや?休み記念や」


福留「急に平和だね……」


真鴉はちらっと輝を見る。


真鴉「輝、どうする?」


輝は少し考え、ふっと笑った。


輝「……俺は、みんなと一緒にいれたらそれでいいかな」


その言葉に、纏が小さく目を細める。


水瀬「それなら天城先生に直談判して外出許可貰う?」


寮の空気は、いつの間にか柔らかくなっていた。


校長室では、任務から戻ったばかりの猿渡と天城、そして百目鬼校長が向かい合っていた。

室内は静まり返り、重い空気が漂っている。


猿渡「……纏殿の件、報告いたします」


百目鬼「お願いします」


猿渡は一度息を整え、淡々と、しかしはっきりと言葉を紡ぐ。


猿渡「結論から申し上げますと、纏殿に反逆の兆候は見られませんでした。それどころか、輝殿を守るため命を張って前に出ておりました」


天城「……」


猿渡「鬨との戦闘では、一時感情の昂りはあったがすぐに冷静になり。輝殿が瀕死の状態になった際には、完全に自分を囮にし、某が来るまでの時間を稼いでおります」


百目鬼は目を細め、静かに耳を傾けている。


猿渡「また、過去を見せる術に対しても、自力で脱出しております。理由は――輝殿への強い信頼。深層心理にまで入り込むほどのものだと判断しました」


百目鬼「……信頼、ですか」


猿渡「はい。あれは作り物ではござらん。本物でごわす」


天城は腕を組み、ゆっくりと息を吐いた。


天城「外冠死業にいた過去がある以上、完全に信用するのは難しい……だが、今回の行動を見る限り、少なくとも“敵”ではないな」


猿渡「むしろ、輝殿と真鴉殿にとっては、頼れる“仲間”でしょう」


百目鬼はしばらく黙考した後、穏やかに口を開く。


百目鬼「分かりました。纏さんは引き続き監視対象としますが、処遇は現状維持。学園側としても、過度な干渉は控えましょう」


天城「異論はありません」


猿渡「承知いたしました」


百目鬼は椅子にもたれ、ふっと微笑む。


百目鬼「……人は、誰と出会うかで変わります。今回の任務は、その証明だったのかもしれませんね」


その言葉に、天城と猿渡は小さく頷いた。

校長室の重苦しさは、いつの間にか少しだけ和らいでいた。


その時――以前、寮に戻ってきた時と同じように。


バンッ!


真鴉が勢いよく扉を開け放った。


輝「……もうちょい静かに開けられないですか? 本当に」


呆れ半分、苦笑いでそう言う輝をよそに、真鴉は一直線に前へ出る。


真鴉「天城先生!! 明日の休み、外出許可ください!!」


突然の直訴に、天城は眉一つ動かさずに返す。


天城「輝以外なら許可する」


その一言に、真鴉は即座に噛みついた。


真鴉「それじゃダメなんですよ!」


天城「理由を述べろ」


真鴉は一瞬だけ言葉に詰まり、ちらりと輝を見る。

そして、真っ直ぐ前を向き直した。


真鴉「俺たちは……同じ任務をやって、同じ修羅場を越えました。

誰か一人欠けたまま“仲間”ヅラして遊びに行くのは、違うと思うんです」


その言葉に、室内の空気がわずかに変わる。


輝「真鴉……」


天城「……」


天城は少しの沈黙の後、ため息をついた。


天城「輝。体調はどうだ」


輝「医師からは問題ないと言われています。無理もしません」


天城は輝の目を見据え、嘘がないことを確認すると、肩をすくめた。


天城「……仕方ないな。条件付きだ」


真鴉の顔がぱっと明るくなる。


真鴉「条件?」


天城「遠出は禁止。日没までに帰寮。

それと――問題を起こすな」


真鴉「はい!! 絶対に!!」


輝「……ありがとうございます」


静かに頭を下げる輝に、天城は視線を逸らしながら付け加える。


天城「休みだからといって、浮かれるな。」


その言葉を聞き、真鴉は拳を握りしめた。


真鴉「……はい」


三人の背中を見送りながら、天城は小さく呟いた。


天城「――いい顔になったな、本当に」


その言葉は、誰の耳にも届かないまま、静かに消えていった。


寮に戻ると、談話室にはすでに全員が集まっていた。


真鴉「外出――許可、もらえた」


一瞬の沈黙。

次の瞬間、空気が弾けた。


大熊「マジか!」


神宮寺「珍しいな、天城が許可とは」


纏「条件付きだけどね。日没まで、遠出なし」


大熊「十分十分!」

その言葉に、寮は柔らかな笑いに包まれた。


水瀬「じゃあ決まり!。明日は思いっきり遊ぼ!」


大熊「賛成!」


楽しげな声が飛び交う中、輝は少しだけ目を伏せ、静かに微笑んだ。


輝「……ありがとう。みんな」


その言葉は、仲間として並び立つ証のように、確かにそこにあった。


休日


その日は、禍津学園にとって珍しい完全な休日だった。

授業も任務もなく、朝から寮内はどこか落ち着かない空気に包まれている。


真鴉は寮の玄関前で大きく伸びをした。


真鴉「いや〜……生き返るな。人間らしい日だ」


輝「まだ始まってもいない」


福留「テンション高すぎじゃない?」


大熊「ええやん休みやで!?もっと喜ぼうや!」


白川は静かに荷物をまとめながら周囲を見ていた。


白川「……全員揃って外出とは、珍しいですもんね」


水瀬「確かに。いつも誰か欠けてますもん」


纏「今日は全員、無事に戻るのが目標ね」


輝「……不吉なこと言うな」


一行はそのまま街へ出る。

制服ではない私服姿に、通行人がちらりと視線を向ける。


大熊「まず何する?」


白川「……食事、でしょうか」


その一言で決まり、最初に向かったのは商店街だった。


クレープ屋の前で、福留が真剣な顔で悩んでいる。


福留「チョコか抹茶か……」


真鴉「一生決まらねぇぞ」


輝「……両方にすればいい!!」


福留「それは太る!」


纏は少し離れた位置で、白川と並んでメニューを眺めていた。


纏「白川は?」


白川「……甘いものは、好きじゃないです、」


ベンチに腰を下ろし、全員でクレープを食べる。

何気ない会話が続く。


大熊「輝、ほんまに体もう大丈夫なん?」


輝「問題ない」


真鴉「医者が異常って言うレベルだぞ?」


福留「ほんと、化け物じみてるよね」


輝「……褒めてないだろ」


白川は少しだけ微笑んだ。


白川「ですが……生きて戻ってきた。それだけで、十分です」


その言葉に、場の空気が一瞬だけ静まる。

だが、真鴉がすぐに破る。


真鴉「よし次行こう次!湿っぽくなる前に!」


次はゲームセンターだった。


大熊「よっしゃ!勝負や!」


福留「負けた人ジュース奢りね」


真鴉「乗った!」


クレーンゲームに群がる一同。

真剣な表情でアームを操作する白川を、福留が横から覗き込む。


福留「意外と本気だね」


白川「……こういうものは、集中が必要です」


結果は惨敗だった。


真鴉「おかしいだろこの台!」


輝「……向いてないな」


水瀬「はいはい、次行くよ」


プリクラでは、誰が真ん中に立つかで軽い言い争いになり、

最終的に白川が端に追いやられる。


白川「……これは……」


大熊「ええ感じやん!」


夕方。

歩き疲れた一行は河川敷に腰を下ろしていた。


水瀬「だいぶ歩きましたね」


福留「足痛い……」


真鴉「でも楽しかったな」


白川は川の流れを見つめていた。


白川「……こういう時間が、続けばいいのですが」


輝「……」


纏「まだ終わってないでしょ」


真鴉「せやな!最後どこ行く?」


神宮寺「もう静かなとこに行きたい...」


大熊「カラオケとかどう?」


福留「賛成」


神宮寺「……静かな場所、」


そうして、少し人通りの少ない道へ入る。


その時だった。


白川は前方の分かれ道に気を取られ、ほんの一瞬、視線を逸らした。


ドンッ。


白川「……っ」


ぶつかった衝撃で、白川が一歩下がる。


男「……あ?」


顔を上げたのは、明らかに堅気ではない男だった。

背後には、同じ雰囲気の男たち。


白川「申し訳ありません!」


即座に頭を下げる白川。


真鴉「……やべぇのに当たったな」


福留「……最悪」


男は白川を値踏みするように見下ろす。


男「前、見とけや」


空気が一気に張り詰める。


輝が一歩前に出ようとした瞬間、

真鴉がそれを制した。


真鴉「……まだだ」


白川は、どこか間の抜けたようにヘラヘラと笑っていた。


白川「すみませんすみません、こちらの不注意で――」


その態度が、完全に火をつけた。


ヤクザ「……あぁ?」


次の瞬間、男の手が伸び、白川の胸ぐらを乱暴に掴み上げる。


白川「……っ」


一気に距離が詰まり、空気が凍りつく。

白川はようやく、これは笑い事では済まないと悟った。


白川「申し訳ありません!本当に、こちらが悪かったです!」


頭を下げ、言葉を重ねる。


白川「どうか穏便に――」


だが、ヤクザは引かない。


ヤクザ「ガキが……舐めとんなよ!」


拳が大きく振り上げられる。


その瞬間――

乾いた音もなく、拳は途中で止まった。


真鴉が、ヤクザの拳を掴み取っていた。


真鴉「……まぁ、ほんと、すみません」


穏やかな声。

だが、その手に込められた力は、まるで違った。


真鴉「大事にはしないようにしましょう? お互い」


ギリギリ、と嫌な音が鳴る。

骨が軋む感触に、ヤクザの表情が歪む。


ヤクザ「いだっ! いたた! あぁっ!」


力が抜け、男はその場に膝をつく。


それでも真鴉は、拳を離さない。

まるで握り潰す勢いで、静かに、確実に力を込め続けている。


ヤクザ(なんだこの力ッ……!)


周囲が、完全に静まり返った。


後方にいたヤクザが、状況を見て声を荒げる。


ヤクザ「どうしたんすか! 先輩!」


真鴉に拳を握り潰されかけている男が、歯を食いしばりながら怒号を飛ばした。


ヤクザ「こいつら拉致れぇ!!」


その一言で、残っていた二人のヤクザが一斉に動く。

狙いは輝と神宮寺だった。


だが――。


神宮寺は一歩も引かない。

踏み込んできた相手の腕を捌き、関節を極め、そのまま地面へ叩き伏せる。


神宮寺「……動かないでください」


抵抗する間もなく、ヤクザは制圧された。


一方、真鴉は輝の方を気にしていた。

背後で何かあればすぐ動けるよう、意識を割く。


だが、その心配は一瞬で裏切られる。


突っ込んできたヤクザの勢いを利用し、輝は身体を沈め――

そのまま背負い投げ。


鈍い音と共に、男の身体が地面に叩きつけられ、動かなくなった。


真鴉「……え? つよ」


思わず漏れた本音だった。


輝は肩をすくめ、少し照れたように笑う。


輝「人間以外相手にしすぎて霞んでるけどさ、俺も強くなってるからね!?」


子供相手に制圧されたヤクザたちを見下ろしながら、後方から若い男が頭をかきつつ歩み出てきた。


???「……子供相手に制圧されて、面子ねぇなぁ」


低く、しかし場を支配する声だった。


ヤクザ「兄貴ィ!!」


膝をついていた男たちが一斉に声を上げる。


真鴉は相手の立場を察し、掴んでいた拳を離して一歩下がる。


真鴉「……こいつらから手ぇ出てきたんで、ちょっと手荒になりました。すみません」


兄貴は真鴉を一瞥し、ふっと息を吐いた。


兄貴「あぁ、そうなん?

まぁなぁ……俺らにもプライドってもんがあんねん」


周囲を見渡し、倒れている舎弟たちに視線を落とす。


兄貴「ここでおずおずと逃がせるほど、ヤワちゃうねんわ」


一歩、前に出る。


兄貴「若頭が行方不明の今や。

俺らが踏ん張らな、誰が踏ん張るっちゅう話やろ」


その瞬間、空気が変わった。

ただのチンピラではない、修羅場をくぐってきた人間の圧が、じわりと伝わってくる。


神宮寺が静かに一歩前に出る。


神宮寺「……これ以上は騒ぎになります。引いてください」


兄貴は神宮寺を見て、少しだけ口角を上げた。


兄貴「真面目やなぁ君。嫌いやないで、そういうの」


そして、輝へと視線を移す。


兄貴「……さっきの投げ、綺麗やったな」


輝「どうも」


軽く返すが、内心では警戒を強めていた。


兄貴「せやけどな」


声が低くなる。


兄貴「今日は“引き分け”にはならへん日や」


その言葉と同時に、周囲にいた残りのヤクザたちが、じわりと距離を詰め始める。


真鴉「……やっぱそう来ます?」


兄貴「そらそうよ。

ここで引いたら、俺の立場がなくなる」


視線がぶつかる。


兄貴「さぁ……

もう一回、遊ぼうやないか」


その時後ろから、場を切り裂くような怒号が飛んだ。


???「おい! 何しとんねん!!」


その声に、兄貴は苛立ちを隠さず振り返る。


兄貴「……あ?」


そこに立っていたのは、大熊だった。

腕を組み、眉間に深い皺を寄せ、明らかに機嫌が悪い。


真鴉「……大熊!」


その名を聞いた瞬間だった。


兄貴を含め、ヤクザたち全員の動きが一斉に止まる。

そして次の瞬間――


兄貴も、膝をついていた男たちも、後ろに控えていた連中も、

まるで条件反射のように背筋を伸ばし、深々と頭を下げた。


全員「お疲れ様です!! 若頭!!」


空気が、凍りついた。


輝「……は?」


神宮寺「……若頭?」


白川は目を丸くし、福留は口を半開きのまま固まっている。


福留「……え、え? お、大熊……?」


大熊は舌打ちを一つして、兄貴を睨み下ろす。


大熊「お前らこんなとこで何しとんねん……

しかも、うちの連れに手ぇ出しとるやないか」


兄貴「……っ、これは、その……」


大熊「言い訳はいらん」


低く、しかし有無を言わせない声だった。


大熊「若頭不在やからって、好き勝手してええ理由にはならん。

それくらい分かっとるやろ」


兄貴「……申し訳ありません」


深く、もう一度頭を下げる。


真鴉は状況を理解し、こめかみを押さえた。


真鴉「……え、ちょっと待て。

大熊、お前……マジで?」


大熊「何がや」


輝「……はながしら?」


真鴉「若頭な」


さらっと言い放つ。


大熊は輝たちにちらりと視線を向ける。


大熊「すまんな。

こいつらが迷惑かけた」


輝「……いや、まぁ……」


真鴉「……世間、せっま」


兄貴は頭を下げたまま、静かに言った。


兄貴「今日は、こちらが全面的に悪い。

この件は、ここで終わりにします」


大熊「そうしとき」


その一言で、完全に決着がついた。


大熊は眉をひそめ、腕を組んだまま低く問い返した。


大熊「……てか柊。お前ら、なんでこの街おんねん。俺らのシマ守っとけや」


兄貴――いや、柊 焔華は、明らかに焦った様子で一歩前に出る。


柊「いや……それがですね。若頭が、突然いなくなってからの話なんですが……」


その言葉に、場の空気がわずかに重くなる。


柊「俺らがあたふたしてる間に、妙な組が参入してきましてね」


大熊「……妙な組?」


柊「はい」


柊は唇を噛み、一瞬視線を伏せてから続けた。


柊「うちの幹部、病院送りですわ」


輝「……病院?」


柊「ええ。冗談抜きで、病院送りや」


真鴉は無意識に息を呑む。


真鴉「それ……どんだけだよ」


柊「こんな強い組、今まで俺らの耳に入ってないわけがないんです」


大熊「……」


柊「それが、急に現れて……気づいたら、俺らのシマ占拠されとったんすわ」


重い沈黙が落ちる。


神宮寺「……突然。」


柊「はい。名前も名乗らん。系統も分からん。

ただ――」


柊は、歯を食いしばる。


柊「人間の喧嘩の強さやない」


その言葉に、輝と真鴉、そして纏の表情が同時に引き締まった。


纏「……妖怪、か霊絡み」


柊「俺はそっちの世界には詳しくないですが……

正直、そうとしか思えません」


大熊は深く息を吐き、頭をかいた。


大熊「……やっぱりな」


輝「大熊、それ……」


大熊「面倒な話や」


そう言ってから、ちらりと輝たちを見る。


大熊「せっかくの休みやのに、こんな話聞かせてすまんな」


真鴉「いや……」


真鴉は苦笑しながらも、目は真剣だった。


真鴉「俺ら、こういうの放っとけるタイプじゃないの、もう知ってるだろ」


輝「……うん」


輝は小さく頷き、柊を見る。


輝「その組、何か特徴は?」


柊「……一つだけ」


全員の視線が集まる。


柊「全員、妙に笑っとるんですわ。

人を殴っても、血が出ても……楽しそうに」


柊は一歩踏み込み、深く頭を下げた。


柊「そこで、提案なんですけど……若頭、戻ってきてはくれませんか?」


即答だった。


大熊「断る」


あまりに迷いのない返事に、周囲のヤクザたちがざわつく。


柊「……そこを、なんとか!」


顔を上げた柊の声には、焦りと必死さが滲んでいた。


柊「若頭の喧嘩の強さは、学生の頃から痛いほど見てます!

人外みたいな力を使える若頭を知っての上でのお願いなんです!」


大熊は溜息をつき、視線を逸らした。


大熊「……柊。俺はもう、そっちの人間ちゃう」


柊「でも!」


大熊「今は学園の生徒や。

守るもんも、背負っとるもんも、もう違う」


柊「……若頭がいなかったら、俺らは――」


大熊「それでもや」


きっぱりと言い切り、柊を真っ直ぐ見据える。


大熊「若頭が戻らんと何もできん組なら、

それはもう終わっとる」


柊は言葉を失い、唇を噛みしめた。


柊「……っ」


大熊「せやけどな」


一拍置き、低い声で続ける。


大熊「話を聞くだけなら、聞いたる」


柊「!」


大熊「妙な組とやらが、

学園の生徒にまで手ぇ出す可能性があるなら――

それは別問題や」


輝「……」


纏が小さく目を細める。


纏「つまり……」


大熊「俺が戻ることはない。

けど、助けてやらんことはない」


柊は、はっとしたように顔を上げた。


柊「……それで、十分です」


深く、もう一度頭を下げる。


柊「ありがとうございます、若頭」


大熊「……その呼び方も、やめぇ」


そう言いながらも、大熊の表情はどこか険しかった。


柊に案内されて辿り着いた先は、街灯もまばらな路地裏だった。

軋む外階段を上った先にあるのは、壁の塗装が剥げ落ちた古いアパート。

看板もなく、生活感だけが滲み出ている。


大熊「……まじか」


思わず漏れた声は低かった。


柊「すみません。

金も、ほとんど持っていかれてまして」


言い訳がましく笑う柊の背中には、疲労がはっきりと浮かんでいた。


柊が扉を開ける。

ギィ、と嫌な音を立てて室内が現れた。


中は薄暗く、裸電球が一つ。

簡素な机と椅子、床には無造作に置かれた荷物。

人の気配を察したのか、室内にいた数人の男たちが一斉に立ち上がる。


組員「お疲れ様です! 兄貴!」


柊「おう」


軽く手を上げ、柊は口角を上げた。


柊「お前ら、喜べ」


その言葉に、組員たちは怪訝そうな表情を浮かべる。


柊「俺の後ろ、見てみぃ」


促されるまま、組員たちが一斉に後ろに目をやる。


一瞬の沈黙。


次の瞬間、空気が凍りついた。


組員「――若頭!?」


信じられないものを見る目。

次いで、慌てて深々と頭を下げる。


組員「お疲れ様です!!」


部屋の中に響く声。

ざわめきと動揺が混じり合う。


大熊は頭を掻き、少し居心地悪そうに視線を逸らした。


大熊「……もう、その呼び方やめぇ言うたやろ」


柊は苦笑しながら、肩をすくめる。


柊「無理ですよ。

こいつらにとっては、一生若頭ですわ」


輝はその光景を見て、静かに息を呑んだ。


――この人、本当にヤクザの若頭だったんだ。


大熊は靴を脱ぎ、畳に腰を下ろした。

その所作は静かだったが、部屋の空気が自然と引き締まる。


大熊「……幹部はどうした」


低く、逃げ場のない声。


柊は一瞬視線を落とし、覚悟を決めたように口を開く。


柊「三人は病院送りですわ。

一人は……向こうに寝返りました」


間を置き、さらに続ける。


柊「もう一人は行方不明です。

正直……もう終わりですよ」


自嘲気味な笑いが、乾いた音を立てた。


大熊「……思ったより、深刻やな」


沈黙。

裸電球がじり、と小さく音を立てる。


大熊「親父は?」


その一言で、柊の表情が固まった。


柊「親父さんは……」


言葉が、そこで止まる。


大熊はそれ以上を聞かなかった。

いや、聞くまでもなかった。


次の瞬間。


ドンッ!


拳が机に叩きつけられ、木が軋む音が室内に響いた。


大熊「……くそが!」


吐き捨てるような声。

怒りと悔しさが、はっきりと滲んでいた。


組員たちは息を殺し、誰一人として顔を上げられない。


輝はその背中を見つめ、

真鴉は唇を噛み、

纏は腕を組んだまま目を伏せる。


――引き返せる段階は、もうとっくに過ぎている。


そう告げられているような、重い沈黙がその場を支配していた。


薄暗い部屋の中、沈黙を破ったのは真鴉だった。

壁にもたれながら、携帯を取り出し通話を繋ぐ。


数秒の呼び出し音の後、低く気だるい声が返ってきた。


天城「……今度は何だ」


真鴉は簡潔に状況を説明する。

妖怪の存在、組の壊滅、街の異変。


電話口の向こうで、小さな溜息が聞こえた。


天城「面倒事に首を突っ込むな」


呆れた声音。

だが、その直後に続く声は淡々としていて、感情を挟まない。


天城「だがな、妖怪絡みなら俺たちの専売特許だ」


真鴉は背筋を伸ばす。


天城「俺が行くまでに解決しろ。

無理だと判断したら、俺の到着を待て」


一拍。


天城「以上。健闘を祈る」


通話はそこで一方的に切れた。


真鴉は携帯を下ろし、静かに息を吐く。


真鴉「……だそうです」


輝は苦笑し、

纏は肩をすくめ、

大熊は腕を組んだまま口角を僅かに上げた。


大熊「時間制限付きか。嫌いやない」


柊は拳を握りしめ、覚悟を決めた目で言う。


柊「……俺たちの組を取り戻します!」


挿絵(By みてみん)

今回の話では、日常の延長にあるはずだった「休み」が、いつの間にか避けられない現実へと踏み込んでいく形になりました。

仲間として並び立つことを選んだ彼らにとって、もう「無関係」は通用しません。


輝を中心に、真鴉と纏が同じ道を行くと決めたこと。

そして、その選択が思いもよらない場所――人の闇と妖の影が交わる世界へ繋がっていくこと。

今回の騒動は、その始まりに過ぎません。


次回は、街を覆う異変の正体と、敵がはっきりと輪郭を持ち始めます。

守るものが増えた時、人はどこまで強くなれるのか。

そして、大熊という存在が持つ「過去」と「立場」も、少しずつ明るみに出ていく予定です。


ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

次回47話ーー気張れや

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