表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊業  作者: まんらび
2章
42/46

42話:混沌

島全体が緊迫の渦へと飲み込まれていく中、各地で同時に戦闘が勃発し始めた。

外冠死業の刺客たちらは一年生の想定を遥かに超える強さを持ち、真鴉・神宮寺らの戦場は次々と混迷を深めていく。


そしてついに、2年生――猿渡・雷牙・翠馬が前線に合流。

彼らの参戦により形勢は大きく揺れ動き、戦況は「技」と「才覚」と「狂気」が入り乱れる文字通りの混沌へ。


各戦場が最高潮へ向かう中、生徒たちは何を守り、何を選ぶのか。

嵐の中心で、彼らの力と絆が試される──。

雷牙が肩を軽く回しながら前に出る。


翠馬「ごめん兄ちゃん…油断してた」

雷牙「気にすんな。いいからガキ共二人連れて下がってろ」

翠馬「分かった!」


真鴉と輝の腕を取り、足元のおぼつかない二人を必死に支えながら後方へと下がっていく翠馬。


雷牙はそんな弟の背中を確認し、静かに息を吐いた。


雷牙「……よし。第2ラウンドといこうか」


雷を纏う足元がバチリと弾け、地面に細かなひびが走る。

鞭の女はニヤリと笑い、髪を揺らしながら低く構えた。


鞭の女「あんたに勝てないのは痛いほど分かったわ…でもね、私を倒したところで“残り二人”まだ残ってるのよ? それも、私の倍以上は強い連中。…あんた達に勝機なんてない!」


負け惜しみにも似た叫びが響いたその時――。


ドン……ドドン……!


背後から重い太鼓の音が近づいてくる。

それと一緒に、何かを地面に引きずるズリズリという音。


鞭の女の顔から血の気が引く。


木々の間から現れたのは、片手に太鼓を提げ、もう片方で“誰か”を引きずる猿渡だった。


猿渡「おぉ? 雷牙殿、まだ終わっていなかったのでこざるか?」


鞭の女「ひっ……!」


引きずられているのは――自分と同じ黒いローブを纏った仲間。

額に傷を持つ男。その姿は完全に沈黙しており、意識の欠片すらない。


鞭の女は震えながら一歩後ずさる。


鞭の女「うそ…でしょ……? ま、負けたの…? 菅田が…?」


その恐怖に追い打ちをかけるように――


スッ……


空から影が落ちてきた。


静かに、音もなく、まるで風が降りてきたみたいに。天城が降ってきた


鞭の女は完全に言葉を失っていた


鞭の女「その霊力...旅館にいた1番でかい霊力...」


天城「こっちで一人捕らえている。残りはお前だけみたいだな」


鞭の女の肩がびくりと震えた。

その目は恐怖で揺れ、雷牙と猿渡の背後に立つ天城をじっと見据える。


鞭の女「その……その霊力で、私の仲間を倒したって言うの?」


天城「霊力?……あぁ」


天城は軽く首を回し、面倒そうに続ける。


天城「制御してるから弱く見えてたのか」


次の瞬間——

天城の体から“真の霊力”が解き放たれた。


ゾワッ……!


空気が一気に重くなる。

霊力という言葉では片づけられない、圧倒的な“力の圧”が辺り一帯を支配した。


雷牙は思わず眉を寄せ、輝と真鴉は息を呑み、翠馬は足がすくんで固まる。

猿渡はにかっと笑って肩をすくめた。


猿渡「やっぱとんでもないよなぁ、天城はん!!」


圧に晒された鞭の女は、膝から崩れ落ちた。

全身が震え、抵抗する意志すら湧かない。


鞭の女「……う、動け……ない……」


地面に手をつき、崩れ落ちたまま天城を見上げる。

その瞳には完全な戦意喪失の色が宿っていた。


天城はふっと息を吐き、両手を軽く振る。妖力で縄を生成しはじめる縄は瞬く間に形を成していく。


天城「動くなよ」


縄をへたり込む鞭の女の手足へ巻きつけた。


女「や、やめっ…!」


抵抗する暇もなく、全身を縛り上げられ身動きが取れなくなる。


続けて、猿渡がずるずると引きずっていた“傷の男”にも縄を結ぶ


猿渡「おぉ、便利でごさんすなぁ」


男は気絶しているため反応はない。

しかし妖力の縄は容赦なく巻き上がり、がっちりと拘束した。


鞭の女は震えたまま天城を見上げる。


鞭の女「……嘘でしょ……霊力も妖力も……化け物じゃない……」


天城は淡々とした表情のまま、拘束を確認するように一度手をかざした。


天城「よし。二人とも行動不能だ。後は本部へ引き渡すだけだ」


その声に、猿渡と雷牙は同時にふぅと肩を落とす。


戦闘は終わった――

だが、島全体に漂う緊張感はまだ消えていなかった。


旅館にて──


広間の中央。

縛り上げられた“左目のない男”“額に傷の男”“鞭の女”の三人が横並びに転がされている。


その前に、天城が椅子に腰掛け、ひとつ息をついた。


天城「……じゃあ、順番に聞いていくぞ。

お前たち“外冠死業”が何をしていたのか、全部吐け」


三人は霊力の威圧に逆らえず、黙り込んだまま震えている。

鞭の女は天城を見るだけで歯の根が合わずガタガタ揺れていた。


後ろでは、別の“戦場”が広がっている。


翠馬と女将による応急処置


布団を敷いた隅で、女将と翠馬が慌ただしく動いていた。


真鴉は腹と肩から血を流し、輝の体中には深い切り傷と左腕骨折。

神宮寺は殴打による肋骨骨折...肩から背中にかけて紫炎に焼かれた痕が走る。


女将「ひどい怪我だよ……よく生きて戻ったもんだよ……!」


翠馬「動かないで、真鴉さん……!」


真鴉は薄く笑い、輝は痛みで顔をしかめながらも平気そうな顔を作る。


心ここにあらず──水瀬、大熊、福留、白川


別の壁際。

水瀬は体育座りでじっと地面を見つめている。


水瀬「……なんにも、できなかった……」


神宮寺を守れなかった自責が重くのしかかっていた。


大熊と福留は神宮寺と輝の包帯を巻きながら天井を見ている。


大熊「……俺ら、役立ったか?」


福留「ほぼ……何もしてないっす……」


白川もノートを膝に乗せたままページをめくる手が止まっていた。


白川「……足手まとい……」


重たい沈黙。

それぞれが悔しさと恐怖、無力感を抱えたまま息をしている。


猿渡と雷牙──島の残りを警戒


旅館の外には猿渡と雷牙の二人が立ち、夜の島をじっと見据えていた。


猿渡「まだおるかもしれん。あの手下らだけじゃ、終わらんやろ」


雷牙「ああ。

あいつらが動いたってことは……本体がどっかで“何か”やってる」


二人は島の奥、気配の濃い山の方へ目を向けた。


風が唸り、木々が揺れる。


戦いは終わっていない。

むしろ、ここからが“本番”だという気配だけが、旅館の空気を冷たくしていた。


神宮寺はぼんやりと一点を見つめている水瀬の肩を軽く小突いた。


神宮寺「何落ち込んでんだ……。お前どころか、俺も何も出来なかったんだよ。」


水瀬はハッとし、視線だけ神宮寺に向ける。

その目は悔しさと情けなさで滲んでいた。


神宮寺「猿渡……あいつは強い。強すぎる。俺が分かったのはそれだけだ。

戦いってのは、たまにああいう“どうにもならない壁”がある……今回のはまさにそれだった。」


拳を握りしめる神宮寺。

それは水瀬の胸に「自分だけじゃない」という事実を静かに伝えていた。


隣のベッドで、真鴉が血の気の引いた顔を横に向けながらぼそりと言う。


真鴉「……俺もだ。手も足も出なかった。

なにも……できなかったよ。」


水瀬は少し驚いた顔で二人を見る。

神宮寺や真鴉ほどの実力者がそう言うとは思っていなかったからだ。


旅館の一角は、治療の温かい灯りとは裏腹に重たい空気が沈む。


その中で――輝は静かに眠り続けていた。

疲労と痛み、そして安心が一気に押し寄せたのだろう。

小さな寝息を立てる彼を、翠馬がそっと看病している。


白川、大熊、福留は部屋の隅でそれぞれ膝を抱えて上の空。

「出番がなかった側」の虚無感を天井に向かって噛みしめている。


天城はその全てを背に受けながら、

中央に拘束して転がした“外冠死業の手下”三人に冷徹な眼差しを向けていた。


天城は眉間に深い皺を刻みながら、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。足取りは重く、肩がわずかに落ちている。


天城「……ダメだ。何を訊いても、口を割らん」


短く吐き捨てるような声。そのまま近くの壁に手をつき、深く息をついた。苛立ちというより、状況の不気味さに対する警戒の色が濃い。


雷牙が息を切らしながら駆け込んでくる。


雷牙「天城先生! 山の頂上で異様な妖力が! 猿渡が先に向かってる!」


天城の表情がわずかに強張る。

空気が一瞬で張りつめ、室内の温度が一度下がったように感じられた。


天城「猿渡が……一人で?」


雷牙「はい! 止めたんですけど、あの妖力を放っとけないって……!」


天城は無言で拳を握りしめ、視線を窓の向こうの山頂へと向ける。


天城「……行くぞ。状況は上で掴む」


雷牙「おう!」


天城「大熊、福留。お前たちはついてこい。

その他はここで待機だ」


大熊と福留が即座に立ち上がり、返事を揃える。


大熊「了解!」

福留「はい!」


天城はそのまま出口へ向かい、雷牙も後ろにつく。


残された者たちは、ただその背を見送ることしか出来なかった。

新たな脅威の気配が、島全体をさらに重い闇に沈ませていく――。


山道を駆け上がる四人──天城、雷牙、大熊、福留。

木々をかき分けるたび、肌を刺すような濃密な妖気が襲ってくる。


天城は眉をひそめた。


天城「ちっ…! 妖力が濃いな」


息を飲むような“気の間”を抜け、頂上へ飛び出す。

そこには、ひとり静かに立つ猿渡の姿があった。


天城「猿渡!」


振り返った猿渡は、苦笑いを浮かべる。


猿渡「おぉ…天城はん。これぇ……やべぇんとちゃいますか」


その視線の先──地面一面に展開された禍々しい陣。

黒紫の光がまだうっすらと揺らぎ、妖力の残滓が風に流れていた。


天城「……!? これは……」


福留が震える声で尋ねる。


福留「なんですか? これ……」


天城は険しい表情で陣を見下ろした。


天城「封印を解くための陣だ。

何か……かなりヤバい“何か”の封印を解こうとしてたんだな」


その間にも、漂っていた妖力がみるみる薄まっていく。


雷牙「妖力が……消えていく」


猿渡は顎で陣の中心を指した。


猿渡「陣の中央におった人間を助けといたで」


視線の先。

猿渡の足元には、震える身体を必死に抱え込む一人の若者。

服は土で汚れ、涙と汗で顔はぐしゃぐしゃだ。


ただ、助かったという安堵よりも──

“恐怖”に怯えている。


何かを見たのだ。

封印が解かれかけた“その瞬間”を。


天城が震える人物へ歩み寄り、事情を聞こうと口を開いたその瞬間だった。


――バサッ。


山頂の静寂を裂く羽音。

陣の真上を、一羽の鴉が横切った。


天城「……今のは?」


雷牙「鳥……?」


次の瞬間、陣が眩い光を放つ。


猿渡「ま、まずいでこざるッ!」


光が収束すると同時に、陣の中心から“何か”が飛び出した。


ズズゥンッ!


地を震わせるような音と共に“龍の手”が二本、陣の底から伸び上がり、鴉を掴み取る。


鴉「ギャアアアッ!!」


雷牙「なんだよこれッ!?」


掴まれた鴉は抵抗する間もなく陣の中心へと引きずり込まれ、光が弾ける。


天城「全員下がれ!!」


陣が開く。


そこから──

青い龍

が姿を現した。


青白い霊気をまとい、空気が凍りついたように震える。


大熊「……龍、だと?」


福留「これが……封印されてた“何か”……?」


その気配は凄まじく、島全体に響き渡るような圧。


――そして、旅館でも。


突然の凄まじい妖気に、寝ていた輝が飛び起きる。


輝「な、なん…この感じ……!」


真鴉は窓から外を見て目を見開いた。


真鴉「なんだあれは!? 山の上……“龍”……?」


神宮寺も青ざめながら外を見上げる。


神宮寺「嘘だろ……本物の龍か……?」


水瀬は震えた声で言う。


水瀬「こんなの……」


女将も言葉を失い、島中の人々が空を見上げた。


夜空に浮かび上がる、蒼い龍の巨影。


龍の咆哮が島中に轟き、空気そのものが震える。

旅館から飛び出した者たちは、皆そろって山頂に現れた巨大な青龍を見上げていた。


そのときだった。


――ガタッ。


旅館の裏手、拘束していたはずの鞭の女が縄を緩め、ヨロヨロと立ち上がる。

みんな龍に気を取られて気づかない。


ただ一人を除いて。


輝は、痛む身体を押さえながら、ゆっくりと立ち上がった。

胸にはまだ血が滲み、足元はふらついている。

それでも、その目だけは女を見逃さなかった。


輝「あっ……待て!」


女は怯えたように森の奥へ走りだす。

輝は奥歯を噛みしめ、足を踏み出す。


輝(……逃がせない。真鴉たちを、これ以上……)


痛みが一気に身体を突き上げる。息が詰まり、足ががくりと沈む。

それでも倒れず、必死に林へと駆けていく。


輝「待てって言ってるだろ……っ!」


龍の咆哮が再び響く。


先生、お待たせしました。

流れそのまま、トーンも合わせて しっかり整えた形 で続きを描きます。



---


供物が足りなかったのか、龍は鈍い唸りを残したまま、ゆっくりと陣の中心へ引き戻されていった。

巨体が境界線に触れるたび、バチッ…バチッ…と青白い火花が散り、最後に低い唸り声ともため息ともつかない音を響かせて消える。


静寂。


大熊「……とりあえず、大丈夫、なのか?」


天城は眉間を押さえ、深く息を吐いた。


天城「いや。全然大丈夫じゃない。

封印は“解けた”状態だ。ただ……今は、眠ってるだけだと思っていい」


雷牙「眠ってるって……起きたらどうなんだよ」


天城「島がひっくり返るレベルのことが起きる」


福留「ひっくり返る!? いや、それ比喩ですよね!?」


天城「本気だ。封印し直すには莫大な霊力と妖力が必要だ。

今の俺たちじゃ、どうやっても無理だな」


猿渡がため息をつき、肩をすくめる。


猿渡「こりゃぁ……ほんまにとんでもないモンが眠っとりましたなぁ」


雷牙「先生、とりあえずどうする」


天城は頂上の陣を睨みつけたまま、短く答えた。


天城「――時間を稼ぐ。

完全に目覚める前に、対策を整えるしかない」



負傷した体を押さえながら走る輝の姿。


輝「……待てっ!」


逃げる鞭の女の影が、暗い山道へと消えていく。

息が荒れ、足がもつれそうになりながらも――


輝の目は、獲物を逃すまいと真っ直ぐに向けられていた。


森の奥へ走り込んだ鞭の女は、息を荒げながら足を止めた。

眼前には突然開けた渓谷。切り立つ崖が口を開け、行き場を塞いでいる。


鞭の女「くっ…! こんなとこになんで渓谷があるのよ!!!」


背後から追いついた足音。振り返ると、肩で息をしながらも、確かな意志を宿した輝が立っていた。


輝「追い詰めたぞ!」


鞭の女「!? 逃げたのバレてたの…?」


輝「あぁ! バレバレ!」


鞭の女は目を細め、周囲を素早く確認する。


鞭の女「……てか、貴方ひとり?」


輝「うん!」


鞭の女のこめかみがピクッと跳ねた。


鞭の女「馬鹿正直すぎるわ!!」


怒鳴りつつも、輝の足取りのふらつきを見逃さない。

肩を庇い、血が滲んでいる。戦力としては瀕死。しかし──輝の目はまだ折れていなかった。


鞭の女「(どうする……ここで倒すか、それとも……)」


渓谷を背にした彼女の額に汗が滲む。

輝は一歩、また一歩と前へ出る。その様子は、決して強者の余裕ではない。ただ逃がさないという一点だけで動いていた。


鞭の女は渓谷の手前で足を止め、苛立ちを隠せないまま振り返った。


鞭の女「貴方、馬鹿でしょ」


輝「え?」


鞭の女「貴方、一回私に負けてるんだから、一人で来たところで勝てるわけないじゃない?」


輝「あ」


その瞬間、輝の表情に“あ、そういえば”という間抜けな理解が広がった。

鞭の女はこめかみを押さえ、深くため息を吐く。


鞭の女「ほんっと信じられない…命知らずっていうより、ただの無謀よ。いや無謀ですらないわ、考えてないだけじゃないの…?」


輝「う…それは…言われると…そうかも…」


鞭の女「開き直らないでよ!」


女の怒鳴り声が渓谷に反響し、鳥が一斉に飛び立つ。


輝は胸のあたりを押さえながら、しかし真っ直ぐに女を見返した。


輝「……でも、逃がすわけにいかないから。ここで倒すよ」


鞭の女「はぁ!? その根性どこから湧いてくるのよ!」


輝の足元に、風がひゅうっと巻き起こる。

痛む身体を無理やり動かしながら、それでも一歩、女へと近づく。


鞭の女「……面倒な子に追われちゃったわね」


女は鞭を構え、輝との距離を一瞬で見極める。


鞭の女「いいわ…来なさい。崖から落ちる前に、今度こそ仕留めてあげる!」


輝「負けない!」


緊張が張り詰め、二人の影が夕陽の中でぶつかり合う――。


その時


突如崖が砕け、鞭の女の足元が崩れ落ちた。


鞭の女「っ――!」


重力に引かれ、身体が急速に落ちていく。

瞬間、死が目前まで迫った。


鞭の女(心の声)

「……あぁ。私、最期まで逃げてばっかだったな。

人生からも、責任からも、全部……

ほんと、楽しくない人生だったじゃない……」


冷えた風が頬を打ち、意識が遠のく。

その時――


輝「――っ!」


少年の影が、迷いもなく崖へと飛び込んだ。


土煙の中、伸びた腕が女の手首をがっしり掴む。


鞭の女「え……?」


その目は恐怖とも迷いとも無縁だった。

ただ、落ちゆく命を見捨てないという

一つの意思だけが、輝の瞳に燃えていた。


輝「だいじょーぶ!離さないから!!」


崖の縁に腹を強く打ちつけながらも、必死に体を引き寄せる。


崖の縁に腹ばいになりながら、輝は必死に腕を伸ばす。

その手には、落下寸前の鞭の女の手首がしっかりと掴まれていた。


鞭の女「離せ! 離しなさいよ! 情けなんていらない! 助けられるくらいなら——死んだほうがマシよ!!」


怒鳴り返すような声とは裏腹に、その指は震えていた。

輝の手がガクッとずれ、危うく外れかける。


鞭の女「う、うそ……うそうそ!! 助けて!! 死にたくない!!!」


崖下の渓谷から吹き上がる冷風が、二人を容赦なく飲み込む。

輝は全身を強張らせながら、決して手を離さず叫んだ。


輝「離すもんか!! 絶対に!!」


その目には怯えも迷いもなく、ただ純粋な“助けたい”が宿っていた。


鞭の女「なんでこんなお決まり展開で死なないといけないのよ!」


泣き始める。


輝「動くなって…!」

プルプル震える腕で必死に手を支えるが――限界がくる。


手がズルッとすべり落ちる。


鞭の女「いやぁぁぁぁ!!」


ダッ!


輝は迷いもなく崖へ飛び込んだ。


鞭の女「は!? な、なんで!?」


輝と鞭の女、二人とも真っ逆さまに落下する。

風を切る音だけが耳をつんざき、地面は迫ってくる。


鞭の女「策とかあるの!?」


輝「ない!」


鞭の女「いやぁぁぁぁ!!」


必死に手を伸ばす輝。しかし指先は、あと数センチ届かない。


輝「もうちょい…!」


鞭の女も恐怖で涙を溜めながら手を伸ばす。


鞭の女「駄目だぁ!!」


その瞬間、崖の上から怒鳴り声が落ちてきた。


???「はぁ、無鉄砲にも程があるでしょォォォォ!!」


次の瞬間――

輝の手首をガシッと掴む力強い手。

鞭の女の腰には、いつの間にか伸びた一本の糸が巻き付いていた。


急激に落下が止まり、体が跳ねる。

輝の思考が一瞬止まる。

しかし、その声、その手の感触を理解した瞬間、目を丸く見開いた。


輝「えっ、えっ!? パド!? 女郎蜘蛛ッ!?!?」


崖上に立っていたのは、文句を言いながらも必死で糸を引いている女郎蜘蛛だった


パドに引っ張られ、輝は崖の上へ着地した。同じく、女郎蜘蛛が伸ばした糸に巻き取られ、鞭の女もずるずると引き上げられる。


鞭の女「寿命が……はぁ……二十年は縮んだわ……」


だが輝は、そんな文句を一切聞いていなかった。

目の前の光景に、ただただ目を輝かせている。


輝「えっ、えっ!? なんで!? なんで!? パド!? 女郎蜘蛛!?!? ほんとに!?!?」


女郎蜘蛛「うるっさいわねぇ、相変わらず反応だけは派手なんだから」


パド「輝が転移で飛ばされたあと、私と女郎蜘蛛、そして輝はそれぞれ別の場所に飛ばされちゃったの。バラバラにね」


女郎蜘蛛「その後パドと合流して学校には着いたんだけどさ。

あんた、人間とずーっと一緒にいたでしょ? 出てくるタイミングがなかったのよ!」


輝「……じゃあ、ずっとそばに?」


女郎蜘蛛「“そば”ってほど可愛いもんじゃないけどねぇ。まあ見てはいたわよ」


パド「再会できてよかったね、輝」


輝は胸の奥が熱くなるのを感じ、顔をくしゃくしゃにして二人に笑いかけた。


女郎蜘蛛「流石に出てこざるを得なかったよ、流石にね……」


パド「ほんと、輝は人助けになると途端に馬鹿になるんだから。」


女郎蜘蛛「いや、元から馬鹿よ。輝は」


輝「えぇっ!?二人してひどくない!?せっかくの再会なんだから、もうちょい優しくしてよ!」


パドはため息をつきつつ、輝の頭を軽く小突く。


パド「でもまあ……間に合ってよかった。あんた、本当に死ぬとこだったでしょ」


女郎蜘蛛も呆れ顔で続ける。


女郎蜘蛛「落ちてくそこの女より先に私の寿命が縮んだわよ。なに飛び降りてんのよ」


輝「だって……助けないとって思ったから……!」


鞭の女は地面にへたり込みながら震え声でつぶやく。


鞭の女「妖怪(女郎蜘蛛)と…パドと…人間(輝)が…仲良く話してる…」


輝は頬をかきながら苦笑いを浮かべる。


輝「あぁ〜…まぁ…そうだね…」


鞭の女「ど、どういうこと…?」


輝「まぁ細かいことは、いいじゃん」


どこか気まずそうに笑う輝に、鞭の女はさらに理解が追いつかず固まったままだった。


鞭の女はふらつきながら立ち上がり、三人を信じられないものを見るような目で見つめた。


鞭の女「……細かいことってレベルじゃないでしょ……人間と妖怪と霊が一緒に行動とか、どうなってるのよ……?」


輝は後頭部をかきながら、気まずく笑う。


輝「いや、色々あってさ……一緒にいたら楽しいし、頼りになるし……気づいたらこうなってただけで?」


女郎蜘蛛が肩をすくめて鼻で笑う。


女郎蜘蛛「そもそも輝が“普通”から外れてるのよ。」


パドも続く。


パド「それに輝は人見捨てないからね。誰でも助けちゃうの。だから私や女郎蜘蛛も放っとけなくてさ。」


鞭の女は目をぱちぱちさせながら、ぽつりとつぶやく。


鞭の女「……そんな関係、見たことない……」


輝は少し照れたように笑う。


輝「まぁ、こういうのも“あり”なんじゃない? 誰と仲良くなるかなんて、自由でしょ?」


沈黙。


そして、鞭の女は力が抜けたようにその場にへたり込んだ。


鞭の女「……本当に分かんない……でも……なんか……ちょっと、羨ましいわ……」


その言葉に、輝は驚いたように目を瞬かせた。


パドと女郎蜘蛛は視線を交わし、小さく笑う。


嵐のような騒動の中ではあったが、その場所だけは少しだけ、穏やかな空気が流れていた。


輝がいないことに気づいた真鴉が、荒い息のまま駆け寄ってくる。

その気配に、女郎蜘蛛とパドはビクッと肩を跳ねさせ、反射的に輝の服の中へ潜り込んだ。


真鴉「輝!大丈夫か!」


輝「うん、なんとかね」


鞭の女は未だ状況を飲み込めず、ぽつりと呟く。


鞭の女「ねぇ…妖怪とか霊のこと…」


輝「しぃーっ!」


慌てて口元に指を当てる輝。

“まだバレたら困る”という必死さが滲み出てる。


真鴉「ん?今の何だ?」


輝は苦笑いで誤魔化すしかない。

服の中では、女郎蜘蛛とパドが小さく息を潜めていた。


真鴉がライフルを生成し、鋭い視線で鞭の女を射抜く。


真鴉「輝から離れろ」


鞭の女は両手を軽く上げて肩をすくめた。


鞭の女「はいはい……もう抵抗する気なんてさらさらないわよ」


あまりに拍子抜けな反応に、真鴉は一瞬ぽかんと口を開ける。


そのまま彼女を拘束し、旅館へ戻ると――

玄関先で待っていた水瀬が真っ先に駆け寄ってきた。


水瀬「大丈夫でした?」


真鴉「あぁ、なんとか、な」


山から戻っていた天城が深くため息を吐くと、鞭の女へ冷たい視線を投げた。

逃げ出した直後ということもあって、女はすっかり萎縮している。


天城「はぁ…どいつもこいつも」


そう言いながら天城は妖力で縄を再生成し、再び鞭の女の両腕を拘束した。


天城「情報を吐く気がないなら、大人しくしてろ」


その言葉に、鞭の女は観念したように肩を落とす。

そして、ぽつりぽつりと話し始めた。


鞭の女「……この傷の男が、菅田すだ 藤次郎とうじろう


菅田「は!?」


天城「ん?」


鞭の女「で、この左目がないのが三田さんだ 伊丹いたみよ。

 私たち三人で“封印の解呪”を任されてた…ただそれだけ」


三田「おい!何喋ってんだよ!」


天城は僅かに目を細める。


天城「封印を解こうとしてた理由は?」


鞭の女「それは…知らない。というか、知らされてない。

 私たちはただ“やれ”って言われたからやっただけよ」


話しているうちに、彼女の表情からは敵意よりも疲弊が浮かび上がる。


雷牙「なんだよそれ…使い捨てじゃねぇか」


鞭の女「分かってるわよそんなこと!

 でも拒否したら殺されるのよ、あいつらに…!」


場の空気が重く沈む。

水瀬が不安そうに輝と真鴉の方を見やるが、誰も軽々しく口を開けなかった。


天城が威圧を強め、低い声で問い詰める。


天城

「人間を生贄にしている自覚はあったのか?」


言葉が落ちた瞬間、菅田と三田の身体がビクリと震えた。

霊力に当てられ、呼吸すらままならない。


鞭の女だけが、震えながらも淡々と答える。


鞭の女

「……ある。ないわけ、ないじゃん……」


その平然とした言い方に、天城の眉がピクリと動く。

抑えていた苛立ちが、もうすぐ怒りへ変わりそうな気配。


その気配を──輝は敏感に感じ取っていた。


そして、


スッ


輝が一歩、天城の前に出た。


天城

「気道?」


輝は振り返らず、逃げもせず、ただ天城に背を向け言う


「先生……少しだけ、待って」


鞭の女がハッと目を見開く。

真鴉も神宮寺も、水瀬でさえ息を呑んだ。


「怒る気持ちは分かるよ。でも……今怒っても、良い情報なんて出てこない。

 ここまで来たんだし……ちゃんと、聞こうよ」


天城は輝の背中を見つめた。

細い、傷だらけの背中。

自分を傷つけた相手を庇う、誰かを守ろうとして立っている。


天城は小さく息を吐いた。


天城

「……お前は、本当にお人好しだな」


「知ってる」


少しだけ笑う輝。


天城は視線を鞭の女へ戻す。


天城

「いいだろう。続きを話せ」


緊張が、張りつめた空気が、少しだけ解けた。


鞭の女は肩を落とし、小さく息を吐く。


鞭の女

「……外冠死業の“本当の目的”を、話すわ」


空気が変わった。


真鴉も神宮寺も、水瀬さえ震える声で呟く。


水瀬

「ま、まさか……」


鞭の女はゆっくりと顔を上げた。


鞭の女

「──封印されてる“龍”を完全に解き放つこと。それが…私たちの任務よ」


その言葉に、場の全員が凍りついた。


天城は冷えた声のまま問いを重ねた。


天城「解いてどうする?」


鞭の女はうつむき、力なく笑う。


鞭の女「それ以上は聞いてない。私が知ることは全部話したわよ。」


ゆっくりと顔を上げ、虚ろな目で天城を見据える。


鞭の女「煮るなり焼くなり好きにしな。……もう私はもう“死んでる”のと同じなんだから。」


その言葉には、諦めと乾いた自嘲しかなかった。


拘束されたまま肩が落ちていく。


そこへ、緊張を割るように輝が一言


輝「……天城先生」


その小さな声に、全員の視線が集まる。


輝は鞭の女を見つめ、強く拳を握りしめた。


彼が何を言おうとしているのか、場の空気が一瞬固まる——。


輝は鞭の女の前にしゃがみ込み、そっと目線を合わせた。


輝「名前、聞かせてくれないかな?」


女はしばらく黙っていたが、ふっと力が抜けたように呟く。


鞭の女「……鞭ヶむちがはら まとい。」


輝はゆっくりと微笑む。


輝「纏か……いい名前だね」


それから振り返り、天城へと視線を向ける。


輝「天城先生……この人の処罰、少しでも軽くすることってできないかな?」


真鴉が盛大に噛みついた。


真鴉「はぁ!?何言ってんだ輝!まさか惚れでもしたのか?」


輝「そ、そんなわけない!ただ……纏さんは、本当は悪い人じゃない気がするんだ」


纏はその言葉に一瞬だけ目を見開くが、すぐに視線を逸らした。

今回はとにかく混沌とした回になりました。

外冠死業との戦闘、封印の陣、龍の出現、そしてそれぞれの無力感。

誰が強くて、誰が正しくて、誰が守られる側なのか――

その境界が一気に崩れた話だったと思います。


特に一年生たちは「何も出来なかった」という現実を突きつけられ、

それぞれが自分の弱さと向き合うことになりました。

一方で、輝の行動は正解でも間違いでもなく、

ただ「そうしてしまった」という選択です。


島に現れた龍は完全には目覚めていません。

ですが、封印は確実に歪み始めています。

そして外冠死業の目的も、まだ全ては明らかになっていません。


この混沌が、次に何を生むのか。

次回43話ーー正義か悪

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ