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霊業  作者: まんらび
2章
40/46

40話:嵐の前の静けさ

嵐のように突然押し寄せた校外学習――目的地は“幻想の島”とも呼ばれる郷里島ごうりとう

観光地として名高い一方で、古くから奇怪な伝承が絶えない謎多き孤島だ。


生徒たちは半ば遠足気分で島へ向かっているが、その影では確かに何かが動き始めていた。

嵐の前の、わずかな静けさ――そんな空気が島全体を覆い始めていた。

【登場人物】

主人公:気道 輝

真鴉 隼

神宮寺 泰斗

水瀬 詩織

大熊 健二

福留 満

白川 理人

天城 朔夜

黒瀬 雷牙

黒瀬 翠馬

百目鬼 白哉

天城がため息をひとつつき、スマホを耳に押し当てたまま空を仰ぐ。


天城「……出ないな」


隣で腕を組んでいた雷牙が鼻で笑う。


雷牙「あいつが電話出るわけねぇだろ。着信入れた瞬間、スマホぶん投げて遊んでるタイプだぞ」


翠馬「兄ちゃん、そんな言い方……でも確かに連絡ついたことほとんど無いけど……」


天城「はぁ……合流するにしても、場所すら言ってこないのは困るんだがな。あいつはどこまで行ったんだか……」


真鴉と輝はフェリーのタラップの前でまだテンション高くて騒いでいる。


真鴉「島ってだけでテンション上がるんだよなぁ!」


輝「うおおお!海の匂いすげぇ!」


雷牙「……なぁ天城先生。本気であいつらまとめんの無理じゃね?」


天城「(即答)無理だな。だがやるしかない」


翠馬「えぇ……。郷里島ごうりとうに着いたのに、もう問題ばっかりだよ……」


天城はスマホをポケットにしまい、額を軽く押さえる。


天城「とにかく……もう一人の二年が見つかるまで、こっちで動くぞ。どうせそのうち騒ぎを起こして見つかる」


雷牙「……あー、確かに。あいつの場合はな」


海風の中、三人はため息を揃えてついた。


郷里島の空は晴れわたり、まるで“何も起こらない平和な旅”を予感させるほど静かだった。



郷里島の山奥にひっそり佇む秘湯。その湯けむりの中で、1人の青年が肩まで湯につかり、豪快に歌い上げていた。


郷里島の山奥に佇む秘湯。

湯けむりの中で、派手な隈取りをした青年が肩まで浸かり、豪快に歌い上げていた。


九朗「へーーいへいへい!へーーいへいッ!

 ……っとと、つい唄ってしまうのが拙者の悪い癖よ!」


湯がバシャアッと跳ね、鳥が飛び立つ。


???「いやぁーー島の湯は格別よのぉ!!

 身も心もシャッキリでござる!!」


立ち上がり、桶の上の羽織をつかむ。


???「さてと——

 そろそろ一年坊どもの援護に向かうとするか!

 雷牙殿と翠馬殿はもう行っておろうしの!」


豪快な笑い声が、山中に響き渡った。


夕暮れが差し込みはじめ、ようやく全員が合流した頃。

一行はなんとか旅館の正面玄関へと辿り着いた。


雷牙「おっしゃ着いたぁぁ!!腹減ったぁ!!」


翠馬「兄ちゃん…大声出さないで…」


白川はまだフラフラしながら

白川「こ、ここが……郷里島伝統の旅館“星羅の宿”…!!歴史が…ふ…深い……」

と言いながらまた胃を押さえている。


真鴉「うわー……やっと落ち着ける……俺もう寝る……」


輝「いやまずチェックインだろ!?」


天城はこめかみを押さえながら旅館の人に会釈し、深々とため息。


天城「あーー……とりあえず全員揃ったな。水瀬、名簿確認」


水瀬「は、はいっ!……こ、ここまで来るまでで三回は死ぬかと思いました……」


神宮寺「俺もだ。お前ら勝手に走り回りすぎなんだよ」


その後ろでは大熊と福留が既に売店に目を輝かせ──


福留「お団子……!」


大熊「おっちゃん団子三本くれぇぇ!!」


天城「買うな!!今じゃない!!」


店主「元気だねぇ君ら!!」


玄関に笑い声が広がる──


そんな中、ふと神宮寺が飾られた刀の前で足を止める。

静かに目を細め、柄の装飾をじっと見つめた。


神宮寺「……これ村正か?」


すると背後から女将がすっと近づいてきて、ほほ笑んだ。


女将「よく分かりましたね、お客様。“郷里島村正”と呼ばれている由緒ある刀でしてね。島の守り刀なんですよ」


神宮寺「やっぱりか……いや、妙に妖気があると思った」


女将「ふふ、感の強い方はすぐ気づくみたいですね。どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」


真鴉「お、おい神宮寺……これまさか呪われてねぇよな?」


神宮寺「知らん。けど、触るなよ。絶対」


輝「うぉ……本物の刀を見る日が来るなんて……!」


雷牙「いいから荷物おろせ!一番騒いでるの一年坊だぞ!」


翠馬「兄ちゃんが一番うるさいよ……」


天城は遠くで、手帳を開きながらため息をついていた。


天城「……落ち着けると思ったら、まだ騒がしいですね」


天城がすっと立ち上がり


天城「さて、部屋割りだ。男子は——」


雷牙「おい一年!俺はあっちの部屋な!」


輝「え、ちょ、勝手に決めないで!」


雷牙「ガハハ!細けぇこと気にすんな!」


翠馬「ぼ、僕はどこでも…いいよ?」


真鴉「んじゃあ輝は俺んとこな!……神宮寺は?」


神宮寺「天城と同室だ」


水瀬「私は一人部屋で」


神宮寺「大熊と福留が同室だな」


白川「え?俺は?」


大熊と福留は話を聞かず2人は土産物コーナーで、すでに島限定アイスを頬張っていた。


大熊「部屋?あぁ、どこでもええで!!」


福留「布団さえあれば寝れる!」


女将が苦笑いしながら案内を続けた。


女将「では皆さん、こちらへ。荷物を置いたらすぐ夕食になりますので」


夕食の広間に並んだのは、新鮮な海の幸の数々。


真鴉「うおおお!刺身!揚げ物!鍋!最高かよ!」


輝「豪華すぎるってぇ!!」


雷牙「おい一年坊、これ島伊勢エビだぞ!」


翠馬「わぁ…すごい…!」


白川は景色を見ながらメモを取る。


白川「郷里島の海産物…歴史的に——」


天城は料理に箸をつけず、窓の外を見ていた。


天城「……妙ですね」


水瀬「せ、先生?どうかしました?」


天城「海が、異様に静かだ。潮の流れが止まっている」


神宮寺が箸を止める。


神宮寺「……確かに。普通は波の音がもっとするはずだが」


輝も気づいた。


輝「……なんか、急に外…暗くね?」


雷牙「気にすんな!食え食え!」


だが翠馬だけは、静かに背すじを震わせていた。


翠馬「兄ちゃん...緊張感....」


天城「結界は貼っている妖怪や霊の類いなら入って来れない。今日はここで過ごし朝一調査開始だ」


夜の郷里島。

潮の音すら乏しい漆黒の空気の中、旅館の灯りだけがぽつりと揺れていた。


その外、林の影に紛れて“黒いローブの3人”が立ち尽くす。


ひとりが旅館を指差し、口元だけを吊り上げた。


???「……あそこの旅館、一つだけ強い霊力があるね」


もう一人が鼻で笑う。


???「お前、勝てるのか? あのレベル」


???「うん。勝てるね。楽勝」

まるで子供が遊びに行くかのような軽い声だった。


三人目が小声で続ける。


???「弱い霊力なら二つほど……」


???「ていうーか、問題はそこじゃないよ」

と最初に喋った男が森の上の暗闇を睨む。


その目が僅かに震えた。


???「……さっきから山の方から漂ってきてる妖力の方が、よっぽど怖い」


???「気づいたか。あれ……完全に人間の領域じゃない」


風が島の奥から吹き下ろし、三人のローブを揺らした。

その風に混じる妖力は、まるで獣の唸りのように肌を刺す。


???「……まだ様子を見るよ。今は動くタイミングじゃない」


そう呟くと三人は影へ溶けるように姿を消した。


朝の柔らかな陽光が旅館の瓦屋根を照らし始める頃、まだ眠気の残る面々が玄関前に集まった。

磯の香りと朝靄が混ざり合い、普段なら心地よい静けさのはずが、どこか張り詰めた空気が漂っていた。


天城が腕を組み、全員を見渡す。


天城「大熊、福留。お前たちは俺についてこい。……正直、お前らが何しでかすか分からん」


大熊「えぇ〜〜!?」


福留「海鮮丼まだ食べたかったのに…」


しぶしぶ頷く2人を、天城は半ば呆れ顔で連れていく。


天城「神宮寺と水瀬はペアだ。村の中心部へ行って住民から話を聞け」


神宮寺「了解した」


水瀬「は、はいっ」


天城「そして——気道、真鴉。お前らは港周辺の調査だ。昨晩の“静けさの異常”が気になる」


輝「任せてくれ!」


真鴉「へーいへい!」


気合の入り方が雑な真鴉を横目に、天城はため息をつく。


天城「黒瀬兄弟は——」


雷牙「分かってるって。あいつの捜索だろ?」


翠馬「き、昨日から連絡も取れないし……」


天城「頼んだ。あいつはこの島に先行してるはずだ。位置情報は山の中で途切れている」


雷牙「山ァ?……めんどくせぇ場所に行ってんな、ホント」


翠馬は表情を引き締め、静かに頷いた。


雷牙が歩きかけたそのとき——


真鴉がぽつりと言った。


真鴉「てか天城先生、“さん”付けやめたんだな」


一瞬の沈黙。

天城はふっと視線をそらし、小さく返す。


天城「面倒くさいからな」


真鴉「そこかよ!!」


輝がくくっと笑い、空気が少しだけ和らぐ——


水瀬&神宮寺ペア


水瀬「人あんま居ないね」


神宮寺「おかしいな。異常だ。……俺たちを“避けているような”感じがしているんだ」


水瀬「え……?」


そのとき、道の先。

屋台の裏に“隠れきれていない男”の足だけが見えた。


神宮寺「……おい、そこのお前」


男「ひっ!? や、やめてくれ!!」


男は転びそうになりながら後ずさる。


水瀬「ちょ、ちょっと落ち着いてください!私たち、別に取って食ったりしませんよ!」


神宮寺が一歩近づき、低い声で問いかける。


神宮寺「質問に答えろ。……なぜ、島の人間は俺たちを避ける?」


男は口を震わせながら、絞り出すように言った。


男「ち、近づくな……!俺らまで巻き込まれる……!」


水瀬「巻き込まれるって……何に?」


男の顔が青ざめ、震えが止まらない。


男「“山”だ……!あの山の奥に“化け物”が来て……あいつらが、数ヶ月に1回この島に来るんだ……!今日来るなんて聞いてねぇよ!」


神宮寺「化け物……?」


男「俺ら漁師は知ってるんだ……今、海にも山にも『何か』がいる……!」


そして男は泣き出しそうな顔で、神宮寺の腕を掴む。


男「お願いだ……帰れ!あの黒いローブの連中に見つかったら……!!」


その瞬間。


――ビュォッ!!


不自然なほど冷たい風が、二人の横を撫でた。


水瀬「っ……!」


神宮寺が即座に構える。


神宮寺「……気配。誰かに“見られている”」


風の止んだ道の端、

黒い布の切れ端だけが、木の枝にひっかかって揺れていた。


神宮寺「……“何かが動いてる”ってことか。」


水瀬「先生たちにもすぐ知らせないと……!」


二人は駆け出した。


――不穏さが、確実に近づいていた。


真鴉&輝ペア


港の静けさは異様だった。

昨日は漁の準備をする人、釣り客、観光客でそれなりに活気があったはずの桟橋が、今日はまるで人の気配が抜け落ちている。


輝は船の甲板を覗き込みながら首を傾げた。


輝「おっかしいなぁ…昨日はちょくちょくいたのに。船頭のおっちゃんもいたし、獲れたての魚持った人もいたのに…」


真鴉は手すりにもたれながら、あたりを見回す。


真鴉「……誰もいねぇな。潮の匂いしかしねぇ」


カモメの声だけが虚しく響く。


真鴉「大熊と福留が入っていった店……行ってみるか?」


輝「あそこなら情報あるかもだな!昨日めっちゃ賑やかやったし!」


真鴉「だな。どうせまた飯食ってんだろ、あいつら」


2人は小走りで坂道を登り、島の食堂へと向かう。

だが、その道中――確かに昨日まであったはずの、島の“生活音”が消えていた。


家の戸は閉ざされ、洗濯物は干されたまま風に揺れている。


輝「……なんか、変だよな」


真鴉「ああ。人だけ綺麗に消えたみてぇだ」


そう呟きながら、2人は昨日大熊と福留が入った食堂の前にたどり着く。


店の扉は、半端に開いていた。


――カララ…


入店した瞬間、静寂がふたりを包んだ。

昨日とは打って変わり客の気配は一切ない。


店の片隅。

薄暗い台所の前で、店主が震えるように身体を小さくして座り込んでいた。


真鴉「おい…店主さん?」


その声に過剰反応するように、店主がビクンと跳ねる。


店主「ひっ……!!す、すみませんっ!!うちが悪いんじゃないんです!!もう…もう勘弁してください……!!」


突然床に手をつき、深々と土下座する。


輝「え、え!?ちょ、なんで俺らに土下座してんの!?」


店主「昨日来た子たちが、巻き込まれたんじゃねぇかと思うと……あぁ……すまねぇ……!」


真鴉が眉をひそめ、低く声を落とす。


真鴉「巻き込まれた?どういう意味だ。何か、あったのか?」


店主は顔を上げないまま、震える声で言った。


店主「外に……“何か”がうろついてんだ……! 夜中に鳴く声がして、誰も家から出られねぇ…!もう、島は……」


言いかけて、口をつぐむ。


輝と真鴉は互いを見て——背筋に冷たいものが走った。


真鴉「ここにいる妖怪の話を聞きたい」


店主はかすれた声で顔を上げる。


店主「え? 妖怪……?」


輝が店内をぐるりと見渡しながら眉をひそめる。


輝「あれ? みんな怯えてるの、妖怪じゃないの?」


店主はぶるぶる震えながら首を横に振った。


店主「妖怪……の伝承は確かにある。だが、今みんなが怯えてるのは妖怪じゃない。あれは——黒いローブの、人間だ」


真鴉「人間……?」


真鴉がカウンター越しに視線を鋭くする。


真鴉「その黒いローブ、どんな連中なんだ」


店主は唇を噛み、声を潜めた。


店主「夜になると現れるんだ……町外れの道で突然立ってたり、森の手前で見張ってたり……。誰も近寄ろうとしない。目が合っただけで、体が凍りつくような、冷たい気配を放っていて……」


輝「普通の人間じゃなさそうだな」


店主はさらに怯えた表情を浮かべる。


店主「それに……あいつら、たまに何かを引きずって歩いてるんだ。重そうな袋を……。中身は誰も見たことはない。見てしまったやつは、次の日にはもう……」


真鴉「いない、ってわけか」


店主は、小さく頷いた。


店主「数ヶ月に1回来ては人が消えてたんだ...それが...観光客が来てくれてるこの日に来るなんて...すまねぇ...ほんとにすまねぇ...」


輝が店主の背中を擦りながら真鴉に話しかける


輝「よしっ、真鴉!…とりあえず一旦、天城先生のところに戻ろうか」


雷牙&翠馬ペア


雷牙「最終位置情報はこの辺りのはずだが…」


翠馬「うん、ここで間違いないよ」


雷牙が足元を見下ろし、眉をひそめる。


雷牙「ん? これ池じゃねぇ…お湯だぞ」


翠馬「待って、兄ちゃん!」


彼はしゃがみ込み、ためらいもなく手をお湯の中へ突っ込んだ。


翠馬「これって…」


雷牙「……あいつのスマホじゃねぇか!! あいつ馬鹿じゃねぇの!?」


翠馬「完全に水没してるね…。まあ、あの人らしいといえばらしいけど」


雷牙「笑ってる場合かよ…いったい何があったんだ」


お湯の表面に漂う気泡が、ひどく不穏な予兆のように揺れていた。


旅館の静かな一室。

白川は布団にうつ伏せになりながら、散らばった古文書のコピーとタブレットを交互に見つめていた。


白川「これだ…古い伝承…青龍の伝説…。“島守ノ龍、災厄ノ時ニ目覚メ、伝説ノ男ヲ喰イ殺ス…?」


ページをめくった瞬間、部屋の隅で“コトッ”と何かが落ちた。


ガタッ。


白川「ビッ…ビック!!? な、なに!? なに落ちたの!?」


恐る恐る振り返ると、床に転がっていたのは……

ただの飴玉。


白川「……誰だよこんなところに飴置いたの!! 心臓止まるっての…もう……」


小声で文句を言いながら飴を拾い上げた瞬間、すぐ横の窓が“コンコン”と叩かれた。


白川「ひっっ!!?(第二波!?)」


だが外を見ると、叩いていたのは旅館の黒猫。

白川は安堵しつつも胸を押さえた。


白川「……なんでみんな戦場行ってるのに、俺だけこんな怪談ルームみたいになってんの…?」


また“ピシッ”と天井が鳴った。


白川「いやだから! 緊張させるのやめて!!」


それでも白川の指は止まらない。

どうせ役立たずと置いていかれたのなら、せめて何か手がかりだけでも掴んでやる——

そんな必死さが彼を縛りつけていた。


天城&大熊&福留ペア


天城「こっちのペアは例の妖怪の捜索だ。海や川、池など生息地はバラけている。だから――まずは川の上流から降りていく。次に海を確認して、最後に池。順番はその通りで行く」


大熊「川上から海、そんで池……合理的っすね」


福留「この島の地形的にも、その巡り方が一番早いと思います」


天城「急ぐぞ。雲行きが怪しい。」


大熊「了解!」


福留「足元気をつけてくださいよ、天城先生」


天城「……お前らの心配性は助かるが、俺はそんなに年寄りじゃない」


大熊「いやいや、そう言ってコケるタイプでしょ天城先生」


天城「……黙れ」


三人は川上へ向けて歩き出した。島の静けさは不自然で、風の流れさえ息を潜めているようだった。


山の頂上。


冷たい風が吹き抜け、太陽の光が陣の線を照らしていた。


黒いローブをまとった3人は、陣の中心に置かれた黒い袋──中に生き物がいるのか、時折ぐにゃりと動く──へ向けて呪文を唱え続けていた。


低く、ざらついた声が響く。


ローブA「……おい。旅館のやつらが動き出したぞ」


ローブB「チッ、やっぱり先に始末する方が手っ取り早いんじゃないか?」


ローブC「そうだな...陣はこのままでいい。奴が完全に起きるのは時間の問題だしね」


3人は顔を見合わせ、うなずく。


ローブA「じゃあ、分散だ。予定通り各地に散る」


ローブB・C「了解」


風がひときわ強く吹き抜けた瞬間、3人の影はスッと山道へ消えていった。


…陣の中心の袋が、ぼすり、と不気味に脈打つ。



天城たちが川沿いを歩く中、足元の石がゴロゴロと転がり、大熊の前を行く天城に声をかけた。


大熊「天城先生ぇ! 二年全員こっち来てるけど、二年担任は来てないのか?」


天城は歩みを止めず、淡々と答える。


天城「今は不在です。不測の事態で、急遽べつの任務に派遣されてます」


福留「え、そんな急に?」


天城「組織の事情は色々ありますからね。……ほら、気を抜くな。妖怪の痕跡は上流付近に多いはずだ。何かあったらすぐ知らせろ」


大熊「了解っす!」


その時1番後ろを歩いていた福留が滑って転ぶ


福留「痛ってぇ!」


福留の悲鳴が尾を引くように森へ吸い込まれた直後、ざわりと空気が揺れた。

前を歩いていた天城と大熊が振り向いた瞬間、周囲の木々の影からぬるりと影が這い出してくる。


湿った足音。泥と苔の匂い。

小柄だが、ギラついた目だけは獣のそれ。


天城「そっちから迎えに来てくれるとはな」


大熊「こいつらって……!」


福留が尻もちをついたまま叫ぶ。


福留「河童だ!!」


天城は冷静に頷く。


天城「こいつらが今回調査しに来た対象だ。どうやら歓迎はしてくれないらしい」


円を描くように数体の河童が包囲を締め、じりじりと距離を詰めてくる。

水気を帯びた指が地面に爪を立て、今にも飛びかかってきそうだった。


大熊「先生、どうするんや!?」


天城が軽く指を鳴らし、口元だけで笑う。


天城「――交渉が無理なら、実力行使だ。構えろ」


河童たちの眼が、一斉に光った。


天城が霊力を解放しようと、一歩前へ踏み込み指先へ力を集めた――その瞬間だった。


ザバッ、と水飛沫を上げて河童の一体が天城に跳びかかる。

大熊が思わず身構え、福留が悲鳴を上げかける。


だが天城が瞬時に防御の構えを取ったその目前で、河童は勢いよく地面へ頭を擦りつけるように土下座した。


河童「ひ、ひぇっ! も、もう供物はありません!

 人間を襲うのも……ほんとに、もう辛いんで!

 だから、お、お手柔らかに!

 どうか……やめてくれませんかあああ!!」


震える背中。

他の河童たちも次々と木陰から出てきて、天城たちを囲んだまま、同じように地面へ額をつけた。


天城は構えたまま、目だけを細める。


天城はゆっくりと霊力を収め、河童の正面にしゃがみ込む。

冷静な目で、しかし威圧も油断も見せずに声を落とした。


天城

「……顔を上げろ。

 いったい何があった?」


おそるおそる河童が顔を上げる。

その目は真っ赤に充血し、恐怖で揺れていた。


大熊と福留も警戒姿勢を解き、天城の後ろで静かに耳を傾ける。


河童「お、おれたち……最近まで、この川で普通に暮らしてたんです。

 人間にちょっとイタズラするくらいで……でも……!」


後ろの河童たちもガタガタ震えながら頷く。


河童「“黒いローブのやつら”が来てから、全部おかしくなったんです!

 供物を持ってこいって言われるし、川の妖気も濁ったし……

 う、山の頂上には近づくなって言われて……!」


天城の表情がわずかに変わる。

大熊と福留も息を呑む。


河童「おれたち……逆らったら殺されると思って……

 それで、人間を捕らえて……無理やり……!」


震える声は途中で途切れ、堪えきれず泣き出した。


そこへ、木陰からもう一体の河童が姿を現し、こちらを険しい目で見つめた。


河童B「お、お前ら……あの黒いローブの仲間じゃないだろうな?」


天城「違う。そのローブ人間のことを知ったのは、今が初めてだ」


二体の河童は安堵したように互いの顔を見合わせ、先に土下座していた方が、おずおずと手を合わせてくる。


河童A「そ、そなら……アンタの霊力を見込んで……ひとつ、頼まれてくれませんかね……?」


天城「……頼み?」


一体目の河童が土下座したまま、声を震わせて続けた。


河童「その黒いローブの奴らを……た、退治してほしいんだ! 礼ははずむ! なんでも差し出す! だから……助けてくれ!」


森の空気がひどく重くなった。

大熊と福留が顔を見合わせ、天城は静かに息を吸って応えた。


天城「……礼などいらん、だが...助けてやる...」


天城は静かに頷き、川面から吹く冷気を受けながら二人へ視線を向けた。


天城「……状況が変わった。大熊、福留、二人は一度みんなと合流して状況を伝えろ。黒いローブの連中——奴らは“外冠死業”の手下だ」


大熊「!? 外冠死業って……あの、禁百目鬼校長が言ってた……!」


福留「ちょ、ちょっと待ってください先生!あいつらがこの島に来てるってことですか!?」


天城「あぁ百目鬼校長から聞いてたんだ、外冠死業の影がこの島にあると。急げ。合流途中の警戒も最大にしろよ」


二人は息を飲み、真剣な表情で頷いた。


大熊「……わかったで!」


福留「気をつけてくださいね先生!」


二人が山道を駆け下りていく背を見送り、天城は再び河童に向き直る。


天城「さて……黒いローブの件、詳しく聞かせてもらえるか」


河童たちは緊張に満ちた顔で互いに目を交わし、小さく頷く。


天城のポケットで携帯が震えた。

取り出して画面を見ると、表示された名前に眉が動く。


天城「百目鬼校長……?」


通話を繋ぐ。


百目鬼(電話)「聞こえるか?」


天城「はい、こちら天城です」


百目鬼(電話)「島に潜んでいる可能性がある──“外冠死業”の件なんだが……」


天城「ベストタイミングです。いま──接触しました」


その言葉と同時に、天城の視線の先。

森の影から“黒いローブの男”が、まるで最初からそこにいたかのように立っていた。

風も音もなく、ただ静かに、冷たく。


黒ローブの男「…………」


突然の出現に、近くの河童が震え上がる。


河童「ひぃぃぃ……!」


天城は電話を握ったまま、相手から一瞬も目を離さずに構えを取った。


黒いローブの男が天城へ襲いかかる。

しかし天城は肩を軽く回すような最小限の動きでその突撃をいなし、流れるようにステップを踏みながら片手でスマホを耳に当て直す。


天城「……で、校長。続きお願いします」


攻撃を受け流され続けた黒いローブの男は苛立ち、再び距離を詰めてくる。

河童たちは木陰に隠れ、震えながらその様子を覗き見ていた。


百目鬼(電話)「確認されている手下は三名だ。額に傷のある男、左目の無い男……そして首に鞭を巻いた女だ」


天城は「なるほど」とだけ呟き、黒いローブの男が再び振りかぶった瞬間、足元を払うように鋭く蹴りを放つ。


巻き起こる突風がフードを弾き飛ばし、隠された素顔が露わになった。


男の素顔を見た瞬間、天城は小さく呟いた。


天城「左目の無い男……」


百目鬼の声が最後に届く。


百目鬼「私が分かった情報は以上だ。健闘を祈る」


天城「はい……ありがとうございます」


通話を切ると、そのまま手元の携帯を後ろの河童へ放る。


河童「わ、わっ! わっ!」

慌てながらも、なんとか両手でキャッチして胸に抱え込む。


その様子を見て、左目のない男が苛立ちを隠せず吠えた。


左目のない男「おいおい! てめぇ何なんだよ! なんで攻撃が当たんねぇんだよ!!」


さっきまでの余裕が薄れ、声にははっきりと焦りが混じっている。


河童「つ、つぇぇ……!」


河童は震えながらも、天城から一歩も視線を離せなかった。天城の周囲だけ、まるで空気が別物のように澄みきっている。


左目のない男が大きく腕を振り上げ、天城の顔面めがけて拳を叩き込む。


左目のない男「よしっ!」


手応えに思わず声が漏れ、勝利の実感が胸をよぎる――が、すぐに違和感に眉をひそめた。


左目のない男「……あれ? いない?」


拳は確かに命中したはずなのに、目の前には誰もいない。

代わりに、周囲の河童たちがぽかんと口を開け、揃って上空を見ている。


左目のない男「あぁ?」


訝しんで視線を上げると、そこには――

逆さまの体勢で空中に浮かび、じっと自分を見下ろす天城の姿。


天城「戦闘経験は乏しいか?」


言い終えるのと同時に体制を変え、鋭い蹴りが男の首筋へ。

鈍い衝撃が響き――男は白目を剥いてその場に崩れ落ち、完全に気絶した。


天城は倒れた左目のない男を一瞥し、ふぅ、と小さく息を吐いた。

その直後、後ろからバタバタと水音を立てて河童が駆け寄ってくる。


河童「お前さん、とんでもなくつよいんやなぁ!!」


感嘆しきりの声に、天城は淡々と男の身体を指す。


天城「こいつ、縛っといてくれ」


手を軽く払うと同時に、淡い妖気が渦を巻き、男の身体に絡める縄が形を成す。河童は目を丸くしながらその縄を受け取り、慌てて頷いた。


河童「あ、あんたはどうするんじゃ?」


天城は川の先、島の中心部を見据えながら静かに答えた。


天城「生徒のところに行く。一刻を争うからな。…俺が霊力を使うまでもない相手だが、1年には荷が重い」


その声音には、焦りを押し殺した鋭さと、指導者としての責任が滲んでいた。

河童の討伐調査――そんな穏やかな任務のはずが、蓋を開けてみれば早速外冠死業との交戦。

しかし天城の圧倒的な力量の前では、手下の一人など瞬く間に行動不能へと追い込まれてしまった。


だが、まだ終わりではない。

残る二人はすでに生徒たちのいる場所へ向かってしまっている。

天城が急行する中、先に遭遇することになる輝たちは、果たしてどう立ち向かうのか――。


次回41話ーー緊迫の遭遇戦

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