39話:校外学習
静かに蠢き始める敵組織の影──その動きは、まだ誰も知らないところで確実に形を成しつつあった。
一方その頃、輝たちにはまったく別の「試練」が迫っていた。
学園生活の一大行事、校外学習。向かう先は“幻想の島”とも呼ばれる郷里島。
豊かな自然に包まれた、どこか神秘めいた場所だ。
だが、その地で彼らを迎えるのは果たして安らぎか、それとも嵐の予兆か──
交錯する思惑の中、物語は新たな局面へと踏み込んでいく。
【登場人物】
主人公:気道 輝
真鴉 隼
神宮寺 泰斗
水瀬 詩織
大熊 健二
白川 理人
福留 満
黒瀬 雷牙
黒瀬 翠馬
天城 朔夜
百目鬼 白哉
朝6時。
寮の洗面所には、まだ眠気の抜けきらない輝が寝癖だらけの頭で歯を磨いていた。鏡に映る自分の髪を見て、思わず「今日やばいな…」と心の中で呟く。
そこへ、ダボっとしたシャツに短パンという完全に夜の名残を引きずった格好の真鴉が、のそのそと現れた。目の下にはっきりクマがある。
真鴉「はぁ〜…昨日4時まで授業受けてたのに…今日から“朝7時授業”に変更ってよ…」
どこか遠くを見るように天を仰ぎ、息を吸い込む。
真鴉「いきなりすぎんだろ!!眠すぎるってぇぇぇ!!!」
輝「お、おぉ……(朝から元気だな…)」
そんな二人の横を、整えられた髪とキレイに着こなした服装の神宮寺が静かに通りすぎ—るはずだったが、真鴉の叫び声に眉をひそめて足を止める。
神宮寺「朝からうるせぇ。黙って準備しろ。朝に変更された理由、ちゃんとあるらしいぞ?」
水瀬も疲れた顔で駆け込んでくる。
水瀬「そうですよ!二人とも急いで!天城先生が呼んでるんですって!」
真鴉「あの人が朝から?なんでまた……」
輝「とりあえず行こ。どうせ理由はロクでもないんだろうけど……」
真鴉「それな!」
三人は急いで共同スペースへと向かう
天城「今日は…校外学習だ。場所は“郷里島”。二泊三日で行う。必要な荷物をまとめて、七時に再集合だ」
輝「いきなりすぎるってぇぇぇぇぇぇ!!!!」
真鴉「おい天城先生ぃ!昨日の深夜授業の後にこれって鬼畜っすよ!?俺たち寝てないんすけど!」
天城「知ってる。だから“体力も試験項目”だと伝えただろう?」
真鴉「言ってねぇよ!?!?」
水瀬は呆れた顔で肩をすくめる。
水瀬「お二人とも文句ばかり言っても仕方ありませんよ。向こうでの学習内容、昨日のうちに職員会議で決まったらしいですし」
神宮寺「諦めろ。どうせ行くしかねぇ」
輝は歯ブラシを片手に、寝癖がさらに跳ねるほどの勢いで振り返る。
輝「てか郷里島って“幻想の島”って呼ばれとるあそこか!?なんでわざわざあんな場所に…」
天城「それは行ってのお楽しみだ。ほら、急げ。遅れたら置いていく」
真鴉「置いてくなよ!?絶対寝落ちしないようにしますから!!」
天城が去ると同時に、寮内は急にざわつき始める。
“校外学習”という言葉だけでは済まない、妙な空気が漂っていた。
輝「(…なんか嫌な予感しかしねぇ)」
時計はちょうど7時。教室にはそれぞれが大きな荷物を抱えて集合していた。
福留「お腹空いた〜…」
大熊「ほい! カロリーメイトや! チーズ味残ってたで!」
白川はすでにテンションが上がっており、分厚い本を片手にページをめくり続けている。
白川「郷里島……別名“幻想の島”…! 古くから妖怪伝承が多数残されていて――あっ、この“水鏡の祠”は実際に――」
真鴉が白川の興奮を背に、開いたドアへと手を上げかける。
真鴉「天城せんせぇ、ちょっといいっ――」
言いかけたところで、入ってきた人物は天城ではなかった。
百目鬼「おはようございます!」
にこやかに挨拶しながら、しかしその視線は――なぜか一点、輝の顔に釘付けだった。
まるで何かを読み取っているかのように、じっと、瞬きもせず。
輝「……お、おはよう?」
数秒の静寂。
百目鬼はようやく満足したようにふっと表情を緩め、今度は落ち着いた調子で教室全体へと視線を巡らせる。
百目鬼「皆さん、準備は万全ですね。では、天城先生が来るまでそのまま待機をお願いします。」
ざわつく教室。
真鴉は肩をすくめ、大熊と福留は勝手に食べ物の話に戻り、白川はまた“幻想の島”の伝承ページへ没頭していく。
そんな中――輝だけが、百目鬼のさっきの“凝視”が妙に胸の奥に引っかかっていた。
百目鬼が満足げに挨拶を終え、そそくさと教室を出ていく。
その扉の外――廊下の壁にもたれ、腕を組んで待ち構えていたのは天城だった。
天城「……気道輝に肩入れする理由は、まあ理解はしましたよ。ですが――さすがにあからさまです。控えてください」
ぴたりと足を止めた百目鬼は、一瞬でしょんぼりと肩を落とし、小さく縮こまる。
その様子を見て、天城は深いため息をついた。
天城「はぁ……分かりました。
このあと少し時間を空けます。皆さんに何か話したいことがあるなら、その時にしてください。ただし、節度は守るように」
顔を上げた百目鬼の表情がぱぁっと明るくなる。
天城はこめかみを押さえながら、ふらりと教室の方に入っていった。
教室に入った天城が教卓に立ち、軽く咳払いして全員を見回す。
天城「さて……今回いきなり郷里島に行く理由なんだが――古くから島に巣食う“とある妖怪”が、人間に害を及ぼし始めた。学院に正式に討伐依頼が来た。だからだ」
ざわっと教室が揺れる。
真鴉「どの妖怪だ?」
天城「それは現地でのお楽しみだ。予習として頭に入れとけ」
真鴉「はーい……」
天城はプリントをトントンと揃えながら、次の説明に移る。
天城「郷里島まで直接転移させるほどの技術はまだない。だからまず、近くのバス停まで俺が転移で飛ばす。そこからバス→電車→船……という順で島へ入る」
大熊「おお〜なんか冒険って感じするな!」
白川はすでにノートを広げてペラペラめくりながら震えている。
白川「郷里島……別名“幻想の島”…伝承だらけの未解明領域……!あぁ資料もっと持ってくればよかった……!」
そんな中、輝はというと、椅子の上でほぼ跳ねる勢いのキラキラした目。
輝「うおお……!島やん!ほんまに島やん!!妖怪おる島やん!!」
天城は疲れたように眉を押さえつつも、どこか微笑んでいた。
天城「……まあ、楽しむのはいいですが。任務だということを忘れるな。全員、準備ができたら玄関前に集合するように。以上」
生徒たちがわっと立ち上がり、ざわざわと荷物を持って動き出す。
天城は教卓から降りながら、ぼそっと付け足す。
天城「……騒いでる場合じゃないってのに、ほんと元気だな」
その言葉に、輝と真鴉は顔を見合わせて大笑いした。
玄関に辿り着いた輝と真鴉は、そこで異様な光景を目にした。
普段騒がしいクラス全員が石のように固まっている。
輝「ん?みんなどうしたの?」
不思議そうに首を傾げて前を見る。
そこには――百目鬼校長が立っていた。
輝に気づくと、校長は控えめに、小さく手を振る。
輝「??????」
真鴉は思わず輝の肩を掴む。
真鴉(小声)「お、お前…あの顔に気づいてねぇのか…?」
その横で、完全に胃を痛めている天城がぐったりした表情で言う。
天城「はぁ…百目鬼校長…早くしてください」
百目鬼「そ、そうだな……こほん…」
俯いて軽く咳払いする。
だが次の瞬間――顔を上げた百目鬼の空気が、一変した。
ふわふわした雰囲気は微塵もなく、
その瞳は鋼のように固い意志を帯び、
声には揺るぎない決意が宿っていた。
その変化だけで、玄関にいた全員の背筋が伸びる。
百目鬼「私から貴方達に、三つ伝えることがあります」
その声は静かでありながら、誰の胸にも重く響いた。
百目鬼「一つ……いつか話そうとしていた“我々禍津学園が対立している組織”について、ここで話しておこう……」
その声はいつもの柔らかさが消え、玄関ホールの空気が一瞬で張りつめた。
百目鬼の背後、壁にもたれかかる影が二つ。
気配を完全に殺しているため、輝たちは気づけない。
天城だけがちらりと視線を向け、ため息をつく。
百目鬼「我々が撲滅しようとしている組織の名は──外冦死業。」
その名を口にした瞬間、輝は小さく喉を鳴らした。
百目鬼「ボスである空亡を筆頭に、この世界を掌握し、妖怪だけの世界を作ろうとしている……そんな危険極まりない組織だ。」
真鴉が眉をひそめ、大熊はごくりと唾を飲む。
水瀬と白川は顔色を変え、神宮寺は無言で腕を組んで百目鬼の言葉を待つ。
百目鬼「お前たちがこれから向かう郷里島……あそこは古くから外冦死業が触手を伸ばしてきた場所でもある。だからこそ、お前たちに伝えておく必要があった。」
再び後ろの二つの影が、まるで百目鬼の言葉に同意するように微かに頷いた。
その動きにも、生徒は誰ひとり気づけない。
真鴉「しょ…詳細とかって…?」
と縮こまりながら問う。
百目鬼は一度だけ静かに息を吸い、皆の顔を見回す。
百目鬼「ほぼほぼ調べはついています……外冦死業の上層部の説明をしておく」
その場の空気が一段階、重く沈む。
これから戦う“敵の幹部”——全員が覚悟を固めるように姿勢を正した。
百目鬼「まず1人……“無痛”のアーノルド。坊主頭のふざけた男だが、実力は疑いようもない。2つ名の通り完全に痛覚がない。
だからこそ、攻撃が通じているのかどうかも分からんほどタフだ。」
大熊「……」
百目鬼「2人目……“不死身”の漸義総司。
こいつは何度殺しても、何度潰しても、ゾンビのように立ち上がってくる。
肉体が再生しているのか、それとも別の理屈なのかは不明だが……とにかく厄介極まりない。」
神宮寺「……」
百目鬼「3人目……“無貌の幼な子”ケサランパサラン。空亡の実子だ。
存在自体が霞のように掴めず、姿を捉えることすら難しい。…誰が見ても姿形が違って見えると言われていて、観測した者の精神状態によって見え方が変わるらしい」
全体がひやりと冷たい空気に飲まれる。
その“子供”が、自分たちの命を平然と奪う可能性がある——その事実が全員の背筋を固くしていた。
百目鬼「以上3名が幹部層だ。そして……そのさらに上。空亡の“両翼”とされる最高幹部が2名いる。」
その言葉に、天城の表情がわずかに強ばる。
生徒たちも息を飲み、百目鬼の次の言葉を待った。
百目鬼「一人は――静める者...静瀬 新道。極度に“音”を嫌う男だ。常に耳栓やイヤホンで外界の音を遮断し、誰の声も聞こうとしない。」
百目鬼の視線が少しだけ揺れ、苦い記憶が蘇るように目を伏せる。
百目鬼「……かつて、私の弟子がひとり、あいつに殺られている。任務中、部隊が静瀬と遭遇してしまい……為す術もなく全滅した。」
生徒たちの中に緊張が走る。
百目鬼「遺体には傷ひとつなかった。争った形跡すらない。何が起き、どうやって殺されたのか――今も分かっていない。静瀬 新道の戦闘方法は“完全不明”だ。」
重く冷たい空気が玄関を満たした。
百目鬼が「そして……」と低く呟いた瞬間、空気が震えた。
次の刹那、百目鬼の足元から黒い霊圧が立ち上り、教員玄関一帯を包み込む。
“霊力二段階目・威圧”――その場にいた生徒全員の身体が石のように固まり、一言の声すら漏らせなかった。
輝(やっぱりだ...!あの圧は百目鬼校長のッ...!)
ただ一人、理由を知る天城だけが必死に踏みとどまり、百目鬼の肩を掴んだ。
天城「百目鬼校長!! 落ち着いてください!!」
その声が響いた瞬間、重しのような霊圧がふっと消える。
百目鬼は眉間を押さえ、小さく息を吐いた。
百目鬼「……ふぅ。すまない、取り乱した」
天城「代わりに私が話しましょうか?」
百目鬼は首を横に振った。
百目鬼「いや……これは私が言わねばならん。
二人目――鴉天狗ッ……!」
その名を口にした瞬間、百目鬼の声に“怒り”が露骨に混じった。
百目鬼「……あいつは、かつての“親友”を……三人も……殺したッ!!」
拳が震える。
生徒たちの胸にぞわりと冷気が走る。
天城は目を伏せながら、ただ静かにその怒りを受け止めていた。
百目鬼「……あの日から私は、私の手であいつを“討つ”と決めている」
百目鬼「あいつは空中を飛び回りながら、逃げ場を奪い……ゆっくり、じっくりと獲物を狩る。あれほど冷酷な妖怪は他にいない。奴の二つ名は——『狩人』。」
天城がわずかに眉をひそめた。
おそらく、当時の現場を知っているのだろう。
百目鬼「……私が“戦っているところを見たことがある”唯一の最高幹部だ。」
大熊ですら言葉を失っている。
百目鬼「——以上が、空亡を中心に動く《外冦死業》の幹部層だ。」
場に重苦しい沈黙が落ちた。
白川が喉を鳴らし、恐る恐る手を上げる。
白川「……あの、その空亡っていうのは……どんなやつなんですか?」
百目鬼は静かに首を振る。
百目鬼「空亡に関しては……“全くの不明”だ。姿形すら誰も知らない。幹部ですら、直接見たことがあるか怪しい……そういう存在だ。」
真鴉「……マジかよ……」
輝の胸の奥にも、冷たいものが落ちていった。
百目鬼「そして二つ……郷里島に行くに当たり、助っ人を二人呼んでいます。……入ってください」
先ほどまで後ろの壁にもたれて話を聞いていた二人が静かに前へ歩み出る。
姿を見た瞬間、輝が目を見開く。
輝「え! 貴方たちは!」
天城「輝さん以外は初めましてですね。この二人は禍津学園二年──黒瀬兄弟です」
黒瀬 雷牙が大きく肩を揺らしながら手を上げる。
雷牙「おう! よろしくなぁ一年坊!!! まぁオレの足引っ張んなよ?」
その反対で、弟の翠馬はおどおどとしつつも、丁寧に頭を下げた。
翠馬「よ、よろしくお願いします……」
輝「雷牙さん! 翠馬さん!」
雷牙「お、てめぇまだ生きてたのかよ。根性だけは一級品だなァ?」
翠馬「よかった……輝くん、本当に受かったんだね……心配してたんだ」
輝「うん!」
真鴉が横目で輝を見る。
真鴉「知り合いなのか?」
輝「入学前に会ったんだよ。」
百目鬼「2年にも経験を積ませたくてね…もう1人の2年はもう向かってるみたいだから、向こうで合流ですね」
輝「3年の方達は?」
天城「3年生は別任務に当たっています。実力的にも最前線で動くことが多いので、あなた達と会うのはもう少し先になるでしょうね」
雷牙「ま、いずれは顔合わせすんだろ。あの人らマジでレベチだからな、気合い入れとけ一年坊」
翠馬「で、でも…焦らなくていいよ。強くなるタイミングは人それぞれだから…」
輝「うん!頑張る!」
真鴉「なんか急に登場人物増えてきて頭パンクしそうなんだけど!?」
大熊「ワクワクしてきたで!」
白川「黒瀬兄弟…早く実力を見たいところですね」
百目鬼は一同の反応を確認し、静かに頷いた。
百目鬼「これで二つ目は以上だ。そして——」
天城が息を飲む。
百目鬼「三つ目…皆さんには来てもらいたい所があります。黒瀬さん達も同行をお願いします」
雷牙と翠馬が互いに顔を見合わせ、小さく首を傾げる。
黒瀬兄弟「?」
百目鬼に案内され、一行は校舎裏をさらに進み、寮の裏手へと抜ける細い道に入った。普段来ることのない場所。風が吹くたび木々がざわめき、どこか冷えた空気が漂う。
そして――その先に広がる光景を見た瞬間、全員の背筋が凍りついた。
広大な墓地が、静かにそこに存在していた。
真鴉「こ、これって……」
百目鬼「ここに眠っているのは、今までこの学園で命を落とした者たちです。ひとり残らず、きっちり全員の墓を作っています」
静寂が落ちる。
輝が周囲を見回すと、ひとつの墓が目に止まった。
――橘の名が刻まれていた。
輝は胸の奥に鋭い痛みを感じながら、深く頭を下げた。
それにつられるように全員が手を合わせ、静かに祈る。
百目鬼は墓地を見渡し、どこか遠い表情で語る。
百目鬼「…できることなら、もう犠牲者は出したくない。しかし、どうしても避けられない死がある。それでもせめて――亡くなった者たちに懺悔するために、私がこの墓を作り続けているのです」
風が吹き、墓石の影が揺れた。
その静かな揺らぎが、まるで無数の魂の返事のように見えた。
後ろで天城がパン、と手を叩いた。
一瞬でその場の空気が切り替わり、全員の視線が天城へ向く。
天城「百目鬼校長…話は以上ですね。転移の準備、整ったのでいつでもいけます」
百目鬼「そうか…ありがとう。――さて、みんな。健闘を祈る」
その言葉に、一人ひとりが静かに頷く。
輝は深く息を吸い、胸の内で気持ちを固めた。
その時、ふと視線を感じて顔を上げる。
百目鬼校長と目が合った。
さっきまで威圧と悲しみをまとっていた男が、ほんの少しだけ柔らかい表情を見せる。
百目鬼「――死なないように…!」
その声音は強く、願いのようで、命令のようでもあった。
輝は思わず背筋を伸ばし、拳を握る。
輝「……はい!!」
それを合図に、天城が転移陣を展開し始める。
淡い光が足元に満ちていく中、全員の表情には覚悟と緊張、そしてわずかな高揚が混じっていた。
天城が皆を送ったあと、転移陣の余韻がまだ地面に淡く残る。
静まり返った校舎裏で、百目鬼がゆっくりと天城へ向き直った。
百目鬼「天城さん…郷里島に貴方を同行させる理由が一つ、あります」
天城「え…?」
百目鬼の声が低く沈む。
百目鬼「郷里島で――外冦死業の気配を確認しました」
天城「……!?」
百目鬼「幹部クラスではない…だが奴らの“配下”が動いている。
静瀬も、鴉天狗も、当然敵側だ。あの子たちだけでは荷が重い。
貴方が…導いてあげてください」
天城は息を整え、迷いなく頷いた。
天城「はい。必ず守ってみせます」
その身体を転移光が包み込み、次の瞬間には光の粒となって消えた。
残された百目鬼は、静かに朝空を仰ぐ。冷たい風がひとつ吹き抜けた。
百目鬼「……頼みましたよ、天城さん。
そして――どうか、皆が無事でありますように」
百目鬼の足元、木々の影の奥で ふたつの小さな影 が現れた。
囁き合うように肩を寄せ、誰にも気づかれることなく転移陣へ歩み寄る。
小さな影(片方)「……行こ。置いてかれる」
小さな影(もう片方)「うん……」
淡い光が二人の輪郭を包み込み、瞬く間に空気へと溶ける。
陣は静かに輝きを弱め、まるで初めから存在しなかったかのように消え去った。
百目鬼はまだ空を見上げていた。
その足元で起きた異変にはまるで気づかぬまま──。
バスを降り、全員がぞろぞろと電車へ乗り込む。始発に近い時間帯の車内は静かで、揺れる振動が眠気を誘う。
ガタン——ゴトン。
規則的な揺れに身を任せながら、一年達はそれぞれ思い思いの姿勢で席に座っていた。窓の外を流れていく景色は、徐々に街並みから海沿いへと変わっていく。
真鴉「……くぅ……いや寝たら死ぬ……死ぬ……」
横で舟を漕ぎながら独り言を言っている真鴉を、輝は横目で見る。
輝「寝たら死ぬって何と戦っとんねん……」
福留は早くもお菓子を取り出し、大熊と分け合っている。
福留「バスも電車も揺れると腹減るんよなぁ……」
大熊「わかる!腹減ったら戦えん!」
白川は分厚い本を開き、ページをめくりながら興奮気味に呟く。
白川「郷里島……古い結界技術が残ってる可能性あるって文献も……!やっぱ楽しみ……!」
神宮寺「はしゃぎすぎんな。まだ島に着いてもねぇのに」
黒瀬雷牙は窓にもたれながら欠伸をし、翠馬は緊張気味にきょろきょろしていた。
翠馬「……一年生ってこんなに騒がしいんだね……」
雷牙「まぁ、悪くねぇだろ。こういう任務前の空気ってな」
天城は離れた席で眠る生徒達を静かに確認しながら、常に気配を探っていた。
——外冦死業の影が島にある。
百目鬼の言葉が脳裏に響き続けていた。
電車の揺れは次第に大きくなり、車内アナウンスが流れる。
《終点、港前駅。港へ向かう方は——》
真鴉「……お、起きた……!船!船や!!」
輝「テンション上がるの早ッ」
車窓の向こう、朝日に照らされた広い海が広がっていた。これから向かう幻想の島——郷里島が、はるか先に霞んで見える。
港に着いた一行は、そのまま大きなフェリーへと案内された。
海風が顔を撫で、まだ朝だというのに潮の匂いが濃い。
輝と真鴉は、乗り込んだ瞬間からテンションが最高潮だった。
真鴉「うおおお!!船や!!デッケェ!!ほんまに海浮いてるやつや!!」
輝「すげぇ!!あっち波でプカプカしてる!!見ろ真鴉!なんかめっちゃ揺れてる!!」
まるで遊園地に来た子どものように甲板を走り回る。
そんな騒ぎを背に、大熊と福留は座席に陣取り、持ってきた菓子をテーブルに広げていた。
大熊「ほれ福留、このチョコ味うまいぞ」
福留「サンキュー……いやマジ助かる……腹減りすぎて死ぬとこだった」
白川はというと、テンションだけは鬼のように上がっていたが――
白川「こ、これは……海原……! 未知の土地へ航海する……歴史的……ぐぅっ……オエッ……!」
気持ちに身体が追いつかず、船酔いで早くも死亡していた。
一方そのすぐ近く。
神宮寺と水瀬、天城は落ち着いて席に座り、島に着いてからの行動予定を確認していた。
水瀬「まず宿舎で荷物を置いて、その後は島の残りの2年生と合流……でしたよね」
天城「ああ。島の地形が複雑だから、まず全体の地図を共有する」
神宮寺「戦闘があるかどうかは分からんが……油断しなけりゃ問題ないだろ」
その真面目な打ち合わせをよそに、甲板では依然として輝と真鴉が騒いでいる。
輝「真鴉!海って近くで見るとこんな青いんだな!」
真鴉「なぁ輝!!これ船から落ちたらどうなんのかな!!泳いで帰れんのかな!!」
輝「死ぬぞ!!」
黒瀬兄弟もその横を通りながら呆れ半分、楽しそうに笑っていた。
雷牙「一年坊どもは元気だなぁ!」
翠馬「落ちないように気をつけてね……?」
フェリーは白い波を切りながら、ゆっくりと郷里島へと向かっていった―。
フェリーが大きく汽笛を鳴らし、波を割って桟橋へと寄せていく。
ポォォォォォ……。
島に着いたことを告げる低い音が響いた。
輝「来たぞ……」
真鴉と輝が同時に前に乗り出し——
真鴉&輝「郷里島ォォォォォォォォ!!!!」
白川「おええええええ……っ」
フェリーの揺れにやられた白川は、最後の最後で盛大に吐いた。
雷牙「お前……きったねぇぇ!!」
翠馬「兄ちゃん!!」
船着き場に降り立つと、潮風が吹き抜ける。興奮する者、疲れ果てる者、酔い潰れる者——反応はさまざまだ。
そんな騒ぎの中心で、後方の三人だけが妙に冷静だった。
天城「……よし。まずは合流地点の確認だな。二年とはすぐ連絡する。おい、水瀬、こいつらまとめとけ」
水瀬「えっ!? む、無理ですよ!!こんな動物園みたいな状態……神宮寺さん!」
神宮寺「悪いが断る」
天城「はぁ……もういい。俺がやる」
呆れたように額を押さえながらも、天城は手早く全員を整列させていく。
真鴉「せんせーーー!島の匂いするゥ!」
輝「見て雷牙さん!海がめっちゃ綺麗!!」
雷牙「はしゃぎすぎだ一年坊!!落ち着け!!」
翠馬「ふ、二人とも子どもみたい……」
騒がしい生徒たちを前にしながら、天城はスマホを手に取って短く息を吐いた。
天城「さて——ここからが本番だ。二年と合流し次第、まずは宿泊地へ向かうぞ」
大熊と福留は、周囲の混乱などまるで耳に入っていない様子で、島に着くなり海の香りに誘われるように歩き出した。
水瀬「ちょ、ちょっと!勝手に行かないでくださいよ!!」
慌てて追おうとする水瀬の肩を、天城が押さえる。
天城「水瀬さん、無理に追うと君が迷子になる。今は放っとけ、連絡は取れる」
水瀬「む、無責任じゃないですか天城先生ぇぇ!」
神宮寺は肩をすくめ、ため息をつきながらスマホを弄る。
神宮寺「行動力だけは羨ましいわ…」
そんなやり取りを背に、2人は看板に描かれた巨大な海鮮丼の絵に釘付けになっていた。
大熊「福留…見ろよ…!“海鮮丼・特盛あります”だってよ…!」
福留「これはもう行くしかないっしょ!今日の任務?知らん!!」
子供のような顔でうなずき合うと、勢いよく扉を開けた。
大熊「やってるかァァァ!!」
店主「あいよ、やってるよ!ったく元気な客だねぇ。観光かい?」
福留「まぁそんなところっす!海鮮丼、特盛三つください!」
大熊「俺はそれを二つ!!」
店主は一瞬固まった。
店主「……ほほう。面白い胃袋してるねぇ。よーし任せときな!腕が鳴るよ!」
威勢よく奥へ消えていく店主を見て、大熊と福留は満面の笑みで席についた。
大熊「いや〜最高の旅の始まりやわ!」
福留「島の幸…!今から震える!」
外ではまだ水瀬の叫び声が響いていた。
突如として幕を開けた校外学習――。
禍津学園の面々は不穏な空気を感じつつも、いざ旅が始まればいつもの調子。
テンション爆上がりの者、船酔いで瀕死の者、飯屋へ一直線の者まで現れ、
肝心の“外冦死業”の影などどこ吹く風と言わんばかりの大騒ぎだった。
だが、その浮かれた喧噪の裏側で、確実に迫る魔の手。
彼らがまだ気づいていない脅威が、静かに郷里島へと忍び寄っていた――。
次回40話ーー嵐の前の静けさ




