表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
霊業  作者: まんらび
2章
38/46

38話:守り人

深い森に置き去りにされた静寂は、まだ誰の胸の内にも沈んだまま揺れている。

失われた糸の気配、胸を刺す予感、そして否応なく迫ってくる“現実”。

逃げたはずの道の途中で、彼らはまだ追いついてもいない——自分自身にも、そして仲間の最期にも。


それでも前へ進まなければならない。

百目鬼が願ったように、誰かがその続きを選ばなければならない。


38話では、彼らの心に残った傷跡が静かに、しかし確実に物語を動かし始めます。

【登場人物】

主人公:気道 輝

気道 慶作

加江田 白哉

篠原 知子

五十嵐 三郎

天城 朔夜

真鴉 隼

水瀬 詩織

神宮寺 泰斗

福留 満

大熊 健二

白川 理人

鴉天狗

アーノルド

漸義

空亡

森の斜面を必死に駆け下りていた加江田の胸を、不意に冷たい刃のような感覚が刺し貫いた。


——ぷつり。


百目鬼と結ぶ“何か”が断ち切られた感覚。

理由なんて分からない。ただ、はっきりと「喪失」だけが全身を打った。


足がもつれ、加江田はその場に膝をつく。

涙が勝手にあふれて視界がぐしゃりと滲む。


加江田「……う、あ……っ」


言葉にならない嗚咽が漏れそうになった、その瞬間。


後ろからついて来ていた慶作が、乱暴なくらいの勢いで加江田の腕を掴んだ。


慶作「加江田ッ!」


加江田が顔を上げるより早く、慶作は片手で加江田の頬についた涙を親指で拭う。


慶作「今はまだ泣くな……ッ! 今は――今だけは、耐えろ!」


その声は震えていた。

歯を食いしばって、必死に何かを押し殺しているような声だった。


加江田の胸を締め付ける痛みは、慶作も同じだと分かってしまう。


逃げなきゃいけない。分かっているのに、二人の足は数秒だけ動けなかった。


慶作の目も、涙で光っていた。


ちゅん、ちゅん──窓の外で雀が鳴いていた。

あの夜、森から生還した慶作たちは、長い事情聴取を終えてようやく解放され、それぞれの家へ帰っていった。しかし心は沈んだまま、五十嵐を除いて全員が学校を休み、暗い部屋でただ時間を過ごしていた。


授業をしている五十嵐も落ちつかない。黒板に字を書いていても、頭のどこかにずっとみんなの顔が浮かび続ける。

放課後になり、いつもの空き教室へ向かった五十嵐は、扉を開けた瞬間に息をのんだ。


五十嵐「え? お前ら……なんで」


教室の中央に、慶作たち全員が揃っていた。

慶作はうつむき、唇をかすかに噛んでいる。

代わりに静かに答えたのは加江田だった。


加江田「俺が呼んだ」


その声には疲労と決意が、同時に滲んでいた。


加江田「百目鬼の事だが…」


その言葉に、慶作と知子の肩がビクリと跳ねた。空き教室の空気が一気に沈む。


五十嵐がゆっくり椅子に腰を下ろすと、加江田は前に組んだ手を見つめながら口を開いた。


加江田「あの後、俺はずっと調べてたんだ。妖怪に関する情報を、片っ端から」


慶作「……なんか、見つかったのか?」


加江田「あぁ。各地で行方不明が相次いでる。その人を探しに行ったやつまで行方不明になってる。特徴は……太陽が沈み、辺りが暗くなる“直前”に消える確率が高いってことだ」


五十嵐「それって……」


加江田は顔を上げ、静かに言い切った。


加江田「俺は、それをあいつ……いや、“あいつら”がやってると睨んでる」


慶作「あいつら?」


加江田「あぁ。各地で起こってる以上、単独犯のはずがない。それに──あいつ、百目鬼と戦っていた時“ひとりじゃない”って言ってただろ?」


慶作「……聞いてなかった……」


知子がぎゅっと制服の袖を握る。

五十嵐も唾を飲み込みながら、続きを促すように目を向ける。


加江田「俺の予想だけど……“鴉天狗”と同じレベル、もしくはそれ以上の妖怪が複数動いてる可能性がある。しかも、人間に紛れて行動してる」


空気が一気に冷たくなる。


慶作「……そんな連中を相手にするつもりなのか、お前は」


加江田「当たり前だ、百目鬼の仇を打たないと…それに、これ以上被害は増やしたくない」


その言葉に、誰も反論できなかった。

重く沈んだ沈黙だけが、古い空き教室に落ちた。


慶作「よし!俺もやる! けど、人間の力であんな奴らに勝てんのか?」


加江田「――それも、話すことがあるんだ」


部屋の空気が一気に重くなる。

加江田はポケットから一枚のメモを取り出し、机の上に置いた。そこには古びた文字で何かが書かれている。


五十嵐「……何それ?」


加江田「妖術についての記述だ」


慶作と知子がごくりと喉を鳴らす。


加江田「この紙によると、人間も霊や妖怪と“同等の力”を扱える可能性があるって書かれてんだ」


慶作「……は? いやいや、どうやったらそんな真似できんだよ」


加江田「そこを今から探っていくんだよ。やり方は分からないが、道がある以上、手は付けなきゃならない」


五十嵐「……だが今日は遅い。頭も回らんだろう。続きは明日だ。明日またここに集まって話し合おう」


その言葉に全員が黙ってうなずき、空き教室を出ていく。

暗くなり始めた廊下で、五十嵐はその背中を静かに見送っていた。


五十嵐が「帰るか」と小さく呟き、職員室へ向かうため廊下を歩き出した。

その瞬間、何かと肩がぶつかった感触がした。


五十嵐(心の声)

「え…? 今、ぶつかった? 前には誰もいなかったはずだろ…」


恐る恐る振り返る。

しかし、廊下には誰ひとりいない。


五十嵐「……気のせい、か?」


そう思おうとしたその時、視界の端を“何か”が横切った。

窓の外――人の形をした影がふらりと通り過ぎる。


五十嵐「!? 今の……」


窓越しに見えた“それ”は、人間だった。

だが――


血で全身が染まり、

片目は飛び出し、

顔は原形を留めていなかった。


五十嵐「れ、霊……!? なんでこんな……」


目を凝らすと、校舎の周囲にも廊下にも、無数の霊がうごめいている。

呻き声を漏らす者、こちらを見つめてくる者――。


五十嵐「どうして急に見えるように……?

まさか……昨日、鴉天狗と深く関わったせいなのか……?」


胸の奥に冷たいものがせり上がる。

霊たちは、まるで五十嵐の存在に気づいたように、ゆっくりと首をこちらへ向け始めていた


翌朝


五十嵐が職員室で書類をまとめていると、勢いよく扉が開いた。


慶作「五十嵐さん!!」


五十嵐「……あ?」


息を切らした慶作が、「いいから来て!」とだけ言い残し、廊下を駆けていく。

嫌な胸騒ぎを覚えながら後を追い、いつもの空き教室の扉を開けた瞬間、空気が変わった。


部屋の中には全員が揃っていた。だが、いつもの輪とは違う。

誰もが蒼白で、肩を強張らせ、視線を部屋の隅へ向けている。


その隅には——ぼそぼそと意味の分からない言葉を呟き続ける霊が、しゃがみ込むようにして佇んでいた。


慶作の喉が鳴る。


慶作「あれ……見えるだろ?」


五十嵐「あぁ……あいつのことか?」


慶作「うん……」


五十嵐は全員を見回す。

恐怖に歪んだ表情が返ってくる。


五十嵐「……お前らも、見えるようになったのか?」


誰も言葉を返さない。ただ、震えた瞳で頷いた。


五十嵐「俺もだ。昨日から……急に見えるようになった」


空き教室の空気は異様なほど重かった。

部屋の隅では、血に濡れた霊が、誰に向けるでもなく「返せ…返せぇ…」と呟き続けている。


慶作の手は震えていた。知子は机の端をぎゅっと掴み、五十嵐は額を押さえた。


五十嵐「……みんな、見えるようになったんだな」


誰も返事はしない。ただ、うなずく。


加江田が、震える声の奥に強い意志を押し殺して言う。


加江田「昨日のあれから…多分、関わったからだ。霊と妖怪の境界線が…俺らの中で壊れた」


知子「もう……普通の生活に戻れないの?」


その声の瞬間、天井を黒い影が走り抜けた。鴉の羽音。

全員がびくりと肩を跳ねさせる。


慶作「鴉天狗か!?」


五十嵐「違う……これは別の霊だ。」


影は、そのまま窓をすり抜けて消えた。


加江田は深呼吸し、皆を見回した。


加江田「…立ち止まるわけにはいかねぇ。百目鬼が命懸けで守ろうとした“俺らの生活”を、ここで手放すわけにはいかないだろ」


慶作は唇を噛み、震える拳を握りしめる。


慶作「……そうだな。怖いけど……逃げたら、百目鬼に合わせる顔がねぇ」


知子も小さく頷いた。


知子「私も、逃げたくない。だって……こんな力、見えるようになった意味が…きっとあるはずだから」


五十嵐は全員の様子を確かめ、ゆっくりと言葉を置く。


五十嵐「……いいか。まずは、落ち着いて“使い方”を知らないと危険だ。力があるなら制御しないと、霊に呑まれる。最悪……昨日の百目鬼みたいに、自分が何かに変わることだってある」


〜〜〜


白哉は静かに天城へ語り聞かせていた。


百目鬼「……それから私たちは、それぞれ独学で鴉天狗に対抗する術を身につけ始めたんだ。」


白哉の声は淡々としていながら、どこか懐かしさを含んでいる。


百目鬼「慶作と知子は妖怪の知識を徹底的に学び、やがては自分の妖力を扱えるようになった。

 三郎さんは霊の研究に没頭し、独自に“呪霊操術”へ辿りついた。

 そして俺たちは、高校を卒業した後も定期的に集まり、それぞれが身につけた術や知識を互いに共有し、高め合っていった。」


天城が言う


天城「百目鬼校長...その名は...」


百目鬼白哉「私が“百目鬼”の名を継いだのも理由がある。

かつての親友──百目鬼を忘れぬため、そして彼の思いを背負い続けるために、

加江田白哉ではなく“百目鬼白哉”として生きる道を選んだ。」


言葉には悲しみと誇りが同居し、

その名に込めた決意は、天城にもはっきりと伝わっていた。


白哉はそこで言葉を切り、かすかに目を細める。


百目鬼「ある日……そう、あれは“いつも通り”のはずの日常だったのだ。

鴉天狗に対抗するための戦力を育てるべく、学校の設立を目指して準備を進めていた。

人と霊と妖怪、その境を越えてしまった者たちが、恐怖に怯えず生きられる居場所を作る。

それが、当時の私の“未来”だった。」


白哉は静かに息を吸い、淡々と続ける。


百目鬼「そんな折――三郎さんがある情報を掴んだ。

『鴉天狗が、とある街に現れた』と。」


天城「……鴉天狗の気配を?」


百目鬼「あぁ。だが、その時の私たちはまだ“準備中”だった。

力は伸びていたが、どこかで“まだ大丈夫だ”“まだ時間はある”と、油断していたのかもしれない。」


指先がかすかに震え、記憶の奥底から苦い痛みが滲む。


百目鬼「……私がその情報を聞いた時には、もう慶作が街に向かった後だった。胸の奥が、焼けるようにざわついた。嫌な予感というやつだ。」


天城は黙ったまま、百目鬼の言葉を受け止めている。


百目鬼「そして——予想は最悪の形で当たった。慶作と知子が……殺された。」


一瞬、語る声が震え、白哉の指が膝の上で強く握り締められる。


百目鬼「その知らせを聞いた私は、三日三晩、何も食べられず、眠れず、ただ天井だけを見て過ごした。あれほど無力を感じたことは、後にも先にもない。」


静かな空気が二人の間に落ちた。


百目鬼「だがな……三郎さんが私を引っ張り上げてくれた。『立ち止まったら、あいつらが浮かばれない』って、そう言ったんだ。」


天城「……」


百目鬼「その言葉に背中を押されて、私は動き出した。鴉天狗に抗える力を持つ人間を育てるための場所——その思いで学校を作った。あいつらの魂を無駄にしないためにな。」


百目鬼は小さく目を伏せる。


百目鬼「……三郎さんにはまだ言っていない。あの学校の名に“百目鬼”を掲げ続けている理由も、慶作達を守れなかった悔恨も。いつか話せる日が来ればと、そう思っている。」


百目鬼は静かに息を吸い込み、天城をまっすぐ見た。

その瞳には、長い年月を抱えた人間だけが持つ深い影が揺れている。


百目鬼「……もう分かっていると思うが、気道 輝は――慶作の実の息子だ」


天城の表情がわずかに動く。

百目鬼は続けた。


百目鬼「ここまで話せば、なぜ私があの子に肩入れするのかも理解してもらえるだろう。あの子の奥底にある霊力……あれは、いずれ化ける。必ず強くなる。私はそれを“希望”と呼んでいる」


百目鬼の声は決して強くない。

だが言葉の一つ一つに、胸を抉る重みがあった。


百目鬼「慶作と知子……あの二人の意思は、輝の中に生きている。私はそれを絶やしたくない。守りたいんだ。だから……あの子には、生きてもらわなければならない」


ゆっくりと、百目鬼は椅子に背を預けた。

語り終えた老人の顔は疲れていたが、その瞳はどこまでも澄んでいた。


百目鬼は、静かに外へ視線を投げた。

いつかの森を思わせる木々が、夕陽に照らされ揺れている。


百目鬼「天城……君がまだ一般人だった頃を覚えているか? 道端で倒れていた君を拾い、保護し、育てた。あの時、君は私に質問しただろう?」


天城「……『なぜ私を助けてくれるんだ?』……ですよね」


百目鬼は小さく笑う。だがその笑みには深い陰があった。


百目鬼「あぁ。あの問いに、ずっと答えていなかったな。

──理由は、ない。助けたかったから助けた。それだけだ」


天城は息をのむ。


百目鬼「ただ……笑えていない奴を見ると、どうしても思い出してしまうんだ。

あの日、二度と笑えなくなった“百目鬼”(ともだち)を──」


かすかに揺れる声。

それでも百目鬼は語り続ける。


百目鬼「助けられるなら助けたい。救えるなら救いたい。

それが、今の私を動かしている…たった一つの衝動なんだ」


天城は初めて、自分を育てた男の“弱さ”を見た気がした。

そして、それが彼の“強さ”になっていることも。


百目鬼は続けて言った。


百目鬼「……君には、私の後を継いでほしいなどとは言わない。

ただ、君には君のやり方で、誰かを救ってやれる人間になってほしい。それだけだ」


夕陽に照らされる百目鬼の横顔は、どこか寂しげだった。

しかし、その背中には確かな覚悟と、長い年月の重みが刻まれていた。


百目鬼が椅子から静かに立ち上がる。

窓から差し込む光が、彼の背中を淡く縁取った。


天城の横を通り過ぎる――その直前、百目鬼がふっと足を止めた。

声の調子が、先ほどまでの回想とは違う。

まるで“試す”ようでもあり、“確かめる”ようでもあった。


百目鬼「輝君が見せた、あの“破裂”だ。妖怪を内部から膨張させ、霊力ごと爆ぜさせた異常な現象……」


ゆっくりと天城に振り返る。


百目鬼「――天城。君は気づいているか?」


天城は息を飲む。

喉の奥で音が鳴るほど、緊張している。


百目鬼「ありゃ慶作が数年かけ手に入れた力なんだ」


天城「……そんな力が、輝に?」


百目鬼は小さくうなずいた。


百目鬼「あれは殴った箇所に妖力を許容量以上流し込むと拒否反応を起こし破裂させるという慶作らしい馬鹿げた技なのだ、なぜあの子が使えたのかは分からないが...必ずあの子の助けになるだろうな」


百目鬼は口角だけを僅かに上げる。

笑っているのか、覚悟を語っているのか分からない表情だった。


百目鬼「輝は、鴉天狗を殺しうる数少ない存在だ。

それだけは確かだ。」


部屋に沈黙が落ちる。

天城の背筋を冷たいものが這い上がってくる。


百目鬼「さぁ、天城。行くぞ。

輝君が次に“目覚める”前に、我々も備えねばならん」



大浴場の引き戸がガラリと開き、

次の瞬間──


ドボォンッ!


勢いよく湯柱が跳ね上がった。


輝が全力疾走のまま湯船へ飛び込んだのだ。


真鴉「おい!! そっと入れやバカ!! 心臓止まるわ!!」


湯気の中、真鴉がバシャバシャと水しぶきを浴びながら怒鳴る。


輝「いやぁ〜〜最高!! 疲れ全部吹き飛ぶわ!!」


真鴉「お前の騒音で俺の疲れが三倍になっとんじゃボケ!!」


湯の表面をざばぁと掻き分けながら輝が笑う。


輝「真鴉さ〜、勉強終わった後くらい騒がせてよ!」


真鴉「……はぁ。まぁ、今日は許したるわ」


と、言いつつ眉間にはしっかりシワが寄っている。


輝がぷかぷか浮かびながらふと天井を見上げた。


輝(……百目鬼先生。なんで俺にあんなこと言ったんだろ)


真鴉「なんや急に黙って。湯の中で寝るなよ、溺死すんぞ」


輝「寝ねぇよ! 考えてただけ!」


真鴉「考える? お前が? 珍し……いてッ!」


輝が湯の中で蹴りを飛ばし、真鴉の脇腹に命中した。


真鴉「てめッ!! 湯の中で攻撃すな!!」


輝「へへっ」


バシャバシャと湯しぶきが上がり、騒がしいのに不思議と心地よい。


二人の声は、広い大浴場に反響しながら、どこか温かく響いていた。


大浴場から上がった輝は、まだ頬を赤くしたまま共同スペースに入った。

湯気の余韻が残る廊下を抜けると、広間ではそれぞれが思い思いの時間を過ごしていた。


神宮寺はソファに深く腰を沈め、分厚い専門書に目を落としている。ページをめくるたび、指先が静かに鳴った。


その横で真鴉が神宮寺の読書姿を覗き込みながら、あれこれと絡んでいた。

真鴉「ねぇねぇ、そんな難しそうな本読んじゃって、頭パーンってならん?」

神宮寺「……帰れ」

真鴉「即答ぉ!?」

ついには腕を振り払われ、真鴉はソファの背にもたれてぷくっと頬を膨らませた。


その騒ぎの向こう側では、大熊が棚をひっくり返す勢いで慌ただしく動いている。

大熊「おかしーなぁ……俺のサングラスどこ置いたっけ……」

床に散らばった荷物を見ながら頭を掻く姿は、もはや日常風景の一つだった。


その横を通り、輝は食堂スペースへ向かう。


輝「お隣いいですか?」

福留の横にトレーを置いて腰を下ろす。


福留は少し驚いたように目を丸くし、すぐに柔らかく笑った。

福留「え?あぁ、いいよ。なんか嬉しいな、輝くんから話しかけてくれるなんて」


輝は照れ隠しのように箸を動かしながら、今日の授業の感想や、福留の得意分野について質問した。

福留は人見知りなのか、最初こそ緊張していたが、話を重ねるたび少しずつ表情がほどけていく。


食堂の奥には小さな賑わい。

そこから離れた廊下の先、個室では――


水瀬が髪を乾かしながら静かに鏡を見つめていた。

彼女は早々に風呂を済ませ、もう寝る準備に取りかかっている。

窓辺に月光が落ち、彼女の横顔を淡く照らした。


白川の部屋では、机の上に教本とノートが広げられていた。

白川は今日の授業を一言一句逃すまいと書き写し、時おり唸りながらページを振り返る。

白川「……あそこ、もう一回先生に聞けばよかったな」


互いに違う場所で、違う時間を過ごしながらも、同じ“目的地”へ向かっている。

この日の寮は穏やかで、どこか温かかった。


どこか知れぬ屋敷の廊下。

コツ、コツ、と乾いた足音が静寂を切り裂く。

鴉天狗が背に手を組み、悠然と歩いていた。


途中、頭のない召使いが無言で布を差し出す。

鴉天狗はそれを受け取り、ついた血を淡々と拭った。


鴉天狗「空亡様はお帰りで?」


召使いはかすかに会釈する。


召使い「はい。先程、お戻りに」


空亡の間へ向かう途中──

廊下の窓辺に、ひとりの男がもたれかかっていた。

薄暗い灯りに照らされた顔が、にたりと歪む。


???「任務ご苦労〜……けっひゃっけゃっ!」


不気味な笑いを響かせる男に、鴉天狗は冷たい視線だけを向ける。


鴉天狗「話しかけるな。ゴミが」


???「ひどいじゃないかぁ。やっぱ君は戦ってる時が一番輝いてるよ」


鴉天狗は一歩も緩めず、吐き捨てる。


鴉天狗「漸義。話しかけるなと言っているのが聞こえないのか漸義。(ざんぎ)」


漸義は肩を揺らしながら、愉快そうに笑う。


漸義「つれないなぁ」


鴉天狗は空亡の間の扉前で静かに立ち止まった。

背後では、漸義が相変わらず存在だけ騒がしい。


漸義「はぁ...数年前に俺たちを壊滅寸前まで持っていったやつレベルのやつ、探しても探しても出てこないよ、」


鴉天狗「あのレベルを見つけれると思っているのかお前は」


二人の召使いが扉を押し開ける。

薄闇に沈む広い部屋の奥で、“何か”がゆっくりと動いた。

形は曖昧。だが圧ははっきりと感じられる。


鴉天狗は膝を折り、恭しく頭を垂れる。


鴉天狗「空亡様……ご帰宅なされるなら、お迎えに参りましたものを」


奥から、掠れた声が響く。


空亡「いや……いいんだ。それより、今日の成果は?」


鴉天狗は一拍置いて、悔しさを押し込んだ。


鴉天狗「……本日は、私に仇なす者を1人始末しました。」


空亡「そうか……。漸義は?」


漸義はにやりと裂けるような笑みを浮かべる。


漸義「俺っすか? 二人ほど仲間ァ増やしときましたわァ〜。けっひゃっけゃっ」


わざと鴉天狗へ視線を送って煽る。


その空気を割るように、甲高い声。


???「んもぉ〜、喧嘩しないの!」


ふらりと遅れて現れた色気のある男が腰をくねらせる。


鴉天狗「アーノルド……遅かったな」


アーノルド「ごめぇ〜ん♡ 好みの男の子がいてさぁ。

Hしてたら遅れちゃっっった♡」


鴉天狗の眉がわずかに歪む。


鴉天狗「気持ちが悪い……」


その時――

空亡の背後の闇が、すう、と形を成した。


影の中から現れたのは、細い目をした青年。

空亡と似た空気を纏いながら、その瞳には空亡よりも冷酷な光が宿っていた。


???「空亡お父さんは疲れてるんだよ。おまえらのくだらない戯言を聞く暇なんて、ないんだよ」


鴉天狗、漸義、アーノルドの三人が同時に視線を向ける。

青年は当然のように空亡の脇へ立ち、まるで“次代の王”を演じているかのようだった。

――空亡の息子。

漸義・アーノルドと並ぶ幹部の一角。


アーノルド「んも〜♡ 出てきた♡ お坊ちゃん、今日はなんだか機嫌よさそうじゃない?」


???「気持ちが悪い……」


即座に切り捨てられ、アーノルドが肩をすくめる。


その瞬間、室内の空気がさらに冷え込んだ。

柱の影がゆらりと揺れ、静かに人影が現れる。


長い金髪、優しげな雰囲気――だが、気配は限界まで薄く抑えられ、存在しているのに“見えない”ような異質さを持つ男。


???「……静かにしようね。うるさいのは嫌いだからね。」


その声に、鴉天狗が微かに眉を寄せた。

空亡の右腕――自身と同格の“もう一つの翼”。


鴉天狗「……貴様が姿を見せるとは、珍しいな」


右腕の男は、興味の欠片もなさそうに空亡へ視線を向けるだけ。

空亡以外には本当に関心がないのだ。


空亡の息子が肩をすくめながら、息を吐くように言う。


息子「何度も言うけど、父さんは疲れてるんだ。だから用件だけ言って早く帰れってこと」


漸義とアーノルドがわずかに表情を締める。

左腕と右腕が揃う状況は、空亡の意志が強く働く時。


そして、空亡が低く告げた。


空亡「――鴉天狗。少し話がしたい。他は下がってよい」


圧をかけていた気配がすっと消える。

空亡は再び奥の闇に沈み、鴉天狗は無言でその後を歩く。


空亡の息子は薄く笑い、扉の方へと向かった。


同じく幹部である漸義、アーノルドも横に並び立つ。


右腕の男は耳栓をしながら三人の前を静かに通り過ぎ、扉を開けて出ていった。


???「あ〜うるさい...うるさいね」


その背を追うように、三人の幹部も無言で続く。


こうして――

歪んだ強者たちの組織が、静かに動き出そうとしていた。

今回描いた一連の場面は、物語全体の勢力図を一気に明確化するための転換点になった。

空亡という頂点の存在、その左右に立つ二人の腕──鴉天狗と、静寂を好む男。

そして一歩下の階層に位置しながらも強烈な存在感を放つ三名の幹部、アーノルド・漸義・空亡の息子。


特に、息子が「空亡お父さん」と口にして姿を現す瞬間は、読者に“血縁が関わる複雑な権力構造”を印象づけるための大きな見せ場になった。

さらに、柱の影から静かに現れる右腕の男は、鴉天狗と対をなす重要人物として、今後の展開で確実に物語を揺さぶる存在となるだろう。


今回のシーンは、単なる敵勢力の紹介ではなく、読者が“この組織、どうなっているんだ?”と興味を抱き、先を読みたくなるための仕掛けでもある。

物語はここからさらに深まり、勢力同士の思惑と因縁が絡み合っていく


次回39話ーー校外学習

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ