35話:霊力
昨日までの騒がしさが嘘のように、朝の寮には独特の静けさが漂っていた――と言いたいところだが、実際はただ腹ぺこの連中が騒いでいただけのようだ。
初日から既に波乱続き、寝不足、奇妙な悪夢、そして飯トラブル。そんな中でも、ついに“本題”へ足を踏み入れる時が来る。
霊力。
この学園に来た以上、避けて通れない力の根幹。
誰もが持っていると言われながら、その性質も発現も十人十色。扱い方ひとつで武器にも枷にもなる、危うくも魅力的な力。
真鴉、輝、神宮寺――そして他のクラスメイトたち。
彼らがこれから向き合うのは、能力の強弱だけではない。
“自分が何者なのか”という、本質に近づく戦いだ。
まだ誰も気づいていない。
霊力を知るということが、この日常の終わりの合図でもあることに。
【登場人物】
主人公:気道 輝
真鴉 隼
神宮寺 泰斗
水瀬 詩織
天城 朔夜
大熊 健二
白川 理人
福留 満
それぞれが自由時間を過ごしていた。
23時からある授業まで、まだまだ余裕はある。
輝は自室の本棚に、本を丁寧に並べていた。
背表紙を揃え、ジャンルごとに整列させるその手つきは、几帳面そのものだ。
そのとき、背後からふっと気配が近づく。
真鴉「……お、気道。本、集めてんのか?」
輝が振り返ると、ドア枠に片肘をかけて立つ真鴉が、興味深そうに部屋を覗き込んでいた。
輝「うん。漫画の方が多いけどね」
真鴉「俺も集めてんだよ、本」
そう言って胸を張る真鴉に、輝は思わず眉を上げる。
輝「え、そうなの?どんなジャンル読むんだ?」
真鴉はふんっと鼻を鳴らし、まるで自慢げに言い放つ。
真鴉「……いや、読まねぇんだよ」
輝の動きが一瞬止まった。
輝「……読まないのに集めてる……?」
真鴉「並べるのが好きなんだよ。雰囲気ってやつだ、雰囲気」
輝「そ、そうか……」
真鴉は気道の本棚に目を向け、一冊手に取って表紙だけ眺める。
真鴉「ほう……色そろってていいじゃねぇか。こういうの映えるんだよ」
輝「色かよ!」
即座のツッコミに、真鴉は肩をすくめる。
真鴉「うるせぇな。いいだろ別に」
先生、整えてお届けします。
輝が本を並べ終え、静かに腰を下ろしたところで、ふと疑問が浮かんだように真鴉へ視線を向けた。
輝「なぁ真鴉さ……なんで最初、学校にいなかったんだ?」
唐突な質問に、真鴉は「おー?」と気の抜けた声を漏らし、頭をぼりぼりとかく。
真鴉「……あぁ、そのことか」
少し間を置いて、気まずそうに口を開いた。
真鴉「3日後に送られるの待てなかったんだよ。だから帰省初日のときに“もう送ってくれ!!!準備はいい!!”って叫んだら、連れてきてもらえたんだよ」
輝「……行動力が爆発してるな」
真鴉は肩をすくめ、苦笑しながら続けた。
真鴉「で、天城のやつがよ。めっちゃ呆れた顔で“じゃあ皆様が集まるまで森の妖怪でも狩ってきなさい”とか言ってきやがって……」
輝「早めの一限目だね」
真鴉「だからサバイバルよ。食えるもん探して狩って、寝床作って……まぁ楽しかったけどな」
輝はぽかんと口を開け、数秒沈黙した後、絞り出すように言った。
輝「……いや普通に死ぬだろそれ」
真鴉「死なねぇよ。オレだぜ?」
自信満々に親指を立てる真鴉に、輝は呆れ半分、感心半分のため息をついた。
静かな寮の部屋に、ふたりの軽いやりとりが心地よく響いた。
教室前の廊下に足音が響く。
22時50分。
輝と真鴉が教室のドアを開けると、すでに全員が席に着いていた。
ざわつきもほとんどなく、重い空気の中でただ天城の到着を待つのみ――。
2人が席に着いた直後、教室の時計が23時を指した。
カツ、カツ、と規則正しい足音。
扉が静かに開く。
天城「……それでは、始めましょうか」
彼が教室中央へ歩み出て、淡々と告げる。
天城「授業の前に、まずは昨日の点数振り分けを行います」
その瞬間、教室の空気がぴんと張り詰めた。
天城は手元の紙を見つめながら名前を読み上げる。
天城「水瀬 詩織さん……20点」
水瀬が小さく息を吐き、肩の力を抜く。
天城「真鴉 隼さん……20点」
真鴉は腕を組んだまま、「まあそんなもんだろ」と呟く。
天城「神宮寺 泰斗様……40点」
神宮寺がふっと得意げに顎を上げる。
天城「気道 輝さん……10点」
輝は一瞬固まった。
視界がぐらりと揺れるような気がして、思わず机を見る。
輝(心の声)「……低っ……」
真鴉が前の席から慰めるような顔で話しかけてきた
真鴉「まあまあ、死んでねぇだけで十分だろ」
慰めになっているのかどうか微妙だが、輝は苦笑を返すしかなかった。
天城は名簿を指でなぞり、次の名前を読み上げていく。
天城「大熊 健二さん……25点」
関西弁の大柄な男――大熊が、腕を組んだまま「まぁまぁやな」と満足げに頷く。
天城「福留 満さん……15点」
食いしん坊の福留は、「え、俺結構倒したやん……」と小声で不満を漏らすが、誰も聞いていない。
天城「白川 理人さん……10点」
分析が得意な白川は、ペン先でメモをコツコツ叩きながら「想定内……次で取り返す」と小さく呟いた。
点数が読み上げられるたび、教室の空気がピンと張る。
誰もが昨日の戦闘を思い返し、そしてこれから始まる“授業”に向けて気持ちを引き締めていく。
天城は手元の資料を閉じ、教室全体を見渡す。
天城「……さて。昨日の実習で 霊力が覚醒した方 が、お一人いましたね。」
視線がちらりと神宮寺の方へ向くが、名指しはしない。
天城「本来、霊力授業はもう少し後の予定でした。しかし急遽、本日行うことにします。」
天城は黒板に触れた。
チョークが勝手に浮かび、文字が描かれていく。
《霊力とは何か》
天城「まず、霊力は誰にでもあります。
しかし扱えるか、どこまで成長するか――それは本人次第です。」
天城「人の体内では必ず心の炎が燃えています。
その炎と霊力が混ざり、体外に放たれることで、初めて霊力は“纏う力”となるのです。つまり」
黒板に次の文字が描かれる。
《霊力の色》
天城「炎の色は人によって違います。
情熱が強い人は赤のような暖色。対して、冷静な者は青など寒色が多い。」
輝が真剣にメモを取り始める。
《霊力覚醒の条件》
天城「覚醒のきっかけも人それぞれ。
死の恐怖、怒り、大切なものを守る意志……極限状態で発現する場合が多いです。」
神宮寺が低くつぶやく。
神宮寺「極限状態……」
天城「霊力は普段、栓をされて封じ込められているような状態です。
その栓が壊れたとき、霊力が解き放たれる。
何度も壊すことで、やがて自由に開閉できる者もいます。」
天城が静かに息を吸う。
天城「言葉より、見た方が早いでしょう。」
教室の空気が変わった。
圧力のような重さが、一気に体を押しつぶすように襲う。
天城「――これが、私の霊力です。」
紫色の炎が、天城の体を完全に包んだ。
天城「1段階目、“霊装”」
福留「す、すげぇ……!自由に解放できんのかよ!」
大熊「うおお……!」
白川「熱く……ないのかな……?」と震えながらメモを取る。
天城「これが 一段階目、身体強化 です。
これだけでも、戦闘力は桁違いになります。」
神宮寺が青ざめた表情で呟く。
神宮寺「……ここまで差があるのかよ。」
天城「次は二段階目。行きます。」
圧がさらに強まった――。
天城の体を包む紫の炎が、ゆっくりと、しかし確実に色を濃くしていく。
教室の空気が振動した。 重力が増したかのような圧迫感が、全員の肺を強く締め付ける。
天城「二段階目、“威圧”」
紫の炎が一瞬、教室全体へと広がる。 だがそれは熱を持たず、触れるわけでもない。 ただ“恐怖そのもの”のように、心臓に重くのしかかる。
大熊「ぐっ……! なんや……体が……動かへん……!」
福留は机にしがみつき、顔を真っ青にする。 白川は震える手で必死にペンを握るが、ノートにまともな線すら引けない。
白川「……息が……浅く……これは……精神圧……?」
神宮寺ですら額に汗を浮かべ、歯を食いしばった。
神宮寺「くそっ……! 足が……勝手に震えやがる……!」
隣で座っていた輝は、喉を強く締められたように息がつまる。 声を出そうとしても、空気が肺に入ってこない。
輝(心の声) 「殺される……! 立ってるだけで……殺される……!」
真鴉も同じように椅子に手を突き、苦笑いしていた。
真鴉「……あー……こりゃ……笑えねぇな……!」
天城はそのまま、微動だにせずに立ち続ける。 まるで動く必要などないというように。
天城「これが二段階目、“威圧”。 相手に触れることなく、精神を圧し潰す能力です。 威圧に耐えられない者は、戦う前に意志を折られる。」
言葉の一つ一つすら刃のように心へ突き刺さる。
天城はすっと息を吐くと、すべての霊力を一瞬で消した。
空気が軽くなる。 全員が一斉に肩で大きく息をする。
輝「はぁ……っ、はぁ……っ!」
福留はへたり込み、大熊は胸を押さえて息を整える。 白川は震える手で汗を拭った。
神宮寺は、拳を握りしめたまま俯いた。
神宮寺「……化け物かよ……」
天城は静かに言葉を落とす。
天城「これが“霊力”。扱い方次第で戦場の流れが変わります。 ゆえに……覚悟だけは持っておいてください」
紫の炎が天城に吸収されていくように消えていく...
天城「二段階目は、戦闘の前段階として使われることが多いです。 敵の動きを止め、判断力を奪い、恐怖で支配する――」
天城「しかし、これはあくまで“入口”にすぎません。」
教室がざわめく。
天城「“霊力”は段階を重ねるごとに、形を変えていきます。 第三段階から先は、全員がまったく異なる姿になります。」
天城「ある者は雷を纏い、ある者は影を操り、ある者は身体を貫通させる。 ――その人間の本質が、能力という形で現れるのです。」
息を呑む音が教室に満ちる。
天城「ただし。第三段階に到達した者は、この学校でも数名ほど。」
天城はゆっくりと視線を教室中へ滑らせた。
天城「いずれ、この中からも出てくるでしょう。 ……その時、何を得て、何を失うかは――自分次第です。」
紫の眼が静かに輝いた。
天城「では、実習に移ります。」
真鴉が片手を上げ、ためらいなく口を開く。
真鴉「なぁ天城先生。実習の前にさ――先生の三段階目ってやつ、見せてもらえねぇのか?」
その言葉と同時に、空気が固まった。
水瀬が息を呑み、 大熊が肩をびくりと震わせ、 白川はペンを落とし、 神宮寺ですら目を見開いて真鴉を見る。
教室の温度が、一瞬で氷のように冷たくなった。
天城がゆっくりと視線を落とす。 長い沈黙が流れた。
輝(心の声)「……やばい。聞いちゃいけないやつじゃん、これ……」
真鴉でさえ、その異様な空気に眉をひそめた。
天城「…………」
顔を伏せたまま、何も言わない。 ただ、静かに息を吐く音だけが響く。
クラス中の誰かが唾を飲み込む音が聞こえるほど、張り詰めていた。
そして、天城がゆっくりと顔を上げた。
表情は――さっきまでの威厳と冷たさが嘘のように消えている。
天城「――今はまだ早いですね」
穏やかな笑顔。 しかしその奥に、深い影が確かにあった。
真鴉「…………そうかよ」
天城「三段階目は能力です。人によって特性が大きく異なります。 攻撃型、防御型、強化型、支援型……他にも分類不能な能力を持つ者もいます。」
天城は黒板に背を向けず、ただ遠くを見るように言葉を続ける。
天城「ですが――その先に踏み込んだ者は、皆が幸せになるとは限りません」
濃い紫の光が一瞬、天城の瞳に宿った気がした。
天城「だからこそ、焦らないでください。 三段階目は、“覚悟”を持って初めて触れられる力ですから」
誰も声を発せず、動けなかった。
ただ重い沈黙だけが、教室に落ちていた。
天城「……さて。校庭に出ましょうか」
そう言って天城は手を叩き、教室の扉を開けた。
全員が席を立ち、それぞれ無言のまま廊下へ歩き出す。
重い空気のまま階段を降り、玄関を通り抜け――校庭へ出た、まさにその瞬間。
ぞわり、と背骨が凍りつくような感覚が輝の全身を刺した。
圧。
息が詰まるほど濃密で、鋭い殺気にも似た――異様な“威圧”。
輝「っ……な、なんだ……これ……」
足が止まり、思わず振り返る。 さっき出てきた校舎の方をじっと見つめるが――そこには誰の姿もない。 ただ闇と静寂が広がるだけだった。
霊力の威圧……なのか?
それとも、ただの錯覚か。
輝は眉を寄せ、頭を振ってその感覚を振り払った。
輝(心の声)「……気のせい、だよな」
仲間たちはすでに校庭の中央付近に集まり始めている。
輝は小走りでその輪へ戻った。
真鴉「おいおい、どこ行ってんだ気道。置いてくぞ」
輝「わ、悪い……少し、変な感じがして」
真鴉「はあ?気のせいだろ。ビビりかよ」
そう笑う真鴉の声が、いつもより少しだけ強張って聞こえたのは――気のせいではなかった。
天城「皆さん、準備はよろしいですか?」
天城が校庭の中心に立ち、全員が静かに向き直る。
天城「今から行う実習は、霊力の“制御”。
昨日のように暴走させるのではなく、使いこなすための第一歩です」
輝の視界の端で、神宮寺が拳を強く握りしめる。
天城「――それではやっていきましょう」
空気が震え、緊張がさらに高まっていく。
しかしその裏側で。
校舎の2階の窓から、誰かが静かにこちらを見下ろしていた。
その存在に、まだ誰も気づかない――。
天城「制御できなくても構いません。私がいますので、安心してください」
その言葉に、神宮寺の肩がわずかに震えた。
昨日の戦闘の光景が脳裏によみがえる。
圧倒され、恐怖し、それでも力を解放した――あの瞬間。
神宮寺は静かに目を閉じ、意識の深いところにある“栓”へと触れようとする。
その様子を見ていた真鴉も、唇を吊り上げた。
真鴉「……やるか」
目を閉じ、両拳をゆっくり握る。
隣で輝も深く息を吸い、瞼を下ろした。
水瀬も目を閉じ、意識を集中させる。
白川はペンを置き、メモを閉じて目を閉じた。
福留も緊張した面持ちで息を整える。
ただ一人。
大熊だけは腕を組んだまま、興味深そうに周囲を眺めていた。
大熊「……ふん。わざわざ目ぇ閉じんでもええやろ」
誰も反応は返さない。
全員がそれぞれ、自分の内側と向き合っていた。
校庭の空気が徐々に変わっていく。
静けさが張り詰め、風すら止まったように感じられる。
天城は彼ら一人ひとりの様子を見渡し、ほんのわずかに口角を上げる。
天城がふっと大熊に視線を向けた。 その表情は、どこか確信めいた落ち着きがある。
天城「……大熊さん。気にせずそのままで構いませんよ」
腕を組んだまま微動だにしない大熊が、片目だけ開き、照れくさそうに笑う。
大熊「気遣い、あんがとさん。――先生の足元にも及ばんけどな」
その瞬間だった。
ゴウッ――!
地面から突き上げるように風が吹き上がり、大熊の髪がふわりと浮いた。 周囲にいた者たちが、一斉に目を開く。
白川「……っ!?霊圧……!」
福留「あっつ!?なんだよこれ!!」
次の瞬間――
ボウッ!!
眩いオレンジ色の炎が、大熊の全身を包み込んだ。 炎は荒れ狂うように揺らぎ、地面を焦がしそうなほどの熱を放つ。
大熊「ふぅ……悪ぃな、みんな。ちぃと、うるさかったやろ?」
その声は、先ほどよりもはっきりと響いた。 荒々しく、脈打つような霊力。 地響きを伴うような圧。
天城は腕を組み、満足げに頷く。
天城「――これが、大熊さんの“第一段階の霊力解放”です。 炎の性質は攻撃にも強化にも優れていますね。素晴らしい」
輝は、全身を震わせながらも目を離せなかった。
輝(心の声)「……すごい……これが……これが霊力……!」
真鴉が横で口笛を吹く。
真鴉「派手に燃えてんな。羨ましいぜ」
神宮寺は目を細めながら、大熊の霊力の質を観察していた。 水瀬は息を呑み、ただ圧に耐えている。
炎がふっと消え、大熊が肩を回す。
大熊「はぁ……ちぃと張り切りすぎたわ。燃費悪いなぁ、これ」
天城が微笑み、続ける。
天城「皆さん、これで分かったでしょう。 霊力には――“色”があり、“個性”があり、“特性”があります。 同じ炎でも、同じ色でも、能力は全く違う」
天城は一歩前へ出る。
天城「霊力には三段階あります。 今見せた大熊さんの状態は“第一段階”。霊装。 大熊さんはまだ行けてないみたいですが次に“第二段階”――威圧、ですが時には領域とも呼ばれます」
先ほどの紫の威圧を思い出し、全員の背筋がぶるりと震えた。
天城「そして“三段階目”。」
天城は口を閉じ、一拍置く。
天城「“能力・特性の解放”。人により全く異なり、世界で同じものは二つとありません。 その段階に達した者は――ごく僅かです」
空気が張り詰める。 誰も息をする音すら聞こえない。
天城は、意味深な笑みを浮かべた。
天城「焦る必要はありません。ですが、いつか皆さんも目にするでしょう。 ――その“異能”と呼ばれる力を。」
風がサァ…と吹き抜け、緊張をさらに煽る。
まるで、これから先に待つものすべてを暗示するように。
波乱の予感しかしない今話、いかがでしたでしょうか。
ついに“霊力”という強者への核心部分へ踏み込む回となりました。
各々の炎の色、段階、そして隠された可能性――
ここから先、誰がどんな力を開花させ、どんな地獄をくぐり抜けるのか。
初めて炎を纏った天城と大熊。
それを見て、これから目覚めていくであろう仲間たち。
そして、決して触れようとしない天城の“第三段階”。
まだ誰も知らない。
どれだけの惨劇と進化が、この場所で待っているのか。
次回36話ーー強者への道




